500 船出
ル・マロンの港は思ったよりも小さい、寂れた場所だった。
ちかくにはいくつか村があるようだが、港自体に併設された街はないようで。ではこの港はなんのためにあるのかと考えたら、どうやら物資の運搬ようの港らしい。
木材が無数に置かれていた。
それをティンバイは見て「質が良いな」と呟いた。
「そういうの、見て分かるもんなの?」
「まあな、俺様も駆け出しのころはよく木材の仕入れをやったもんだ。利益はあまりでねえけど、確実に儲かるからな」
木材ねえ。
ルオの国は木造建築が多いからね、そういうのもあるのだろう。
でもドレンスではあんまり木造の家は見ないけど。いったいこの木材は何に使うのだろうか? 考えても分からないことは考えない、それが良いよ。
そんなことよりも、いまは船のほうだ。
アメリアの船を見るのは初めてではないし、なんなら乗ったこともある。テルロンからパリィに帰ってくるときにだ。
けれどいま、改めて見るとなんて大きな船だろうか。
「なかなか派手な船だぜ」と、ティンバイ。
「船に派手だのなんだのがあるのか知らないけど、まあデカイよね」
「あれも木造船か? 帆はどこにある?」
ティンバイは矢継ぎ早に俺に質問するが、答えられない。
「シャネル、教えて」
馬の後ろに乗るシャネルに助けてもらうことにする。
「帆船なわけないじゃない。あれ、魔石で動いてるのよ。シンクってらこの前乗ったのに気づかなったの?」
「いやあ、そういうのには疎いもんで」
魔法関係に関しては本当に分からないのだ。
「魔石か……」
ティンバイは少しだけ苦い顔をする。
ルオの人間は魔石の採掘権などをかけてかつてグリースと戦った。その戦いのせいで国がダメになりかけたのだ。
それをティンバイたち若い世代が革命により立て直したのだが――。
立て直している途中というべきだろうか。
そんなこんなで船まで近づく。
港の外ではたくさんの兵隊たちが控えているが、この人たちは船に乗れるわけではない。
グリースに渡るのは少数精鋭――といえば聞こえは良いが、ようするにたくさんの軍隊を輸送できないから、少ない数で暗殺しましょうということだ。
そんなに数を送れない。半端な数を送っても相手に気づかれ、迎撃されるのがオチ。ならば少人数で、まあ納得できる考えだ。
だから今回は捨て駒だとは思わない。それでも――。
「緊張してきた」
2度目の渡航だ。
今回はもう失敗できない。
「落ち着いて、シンク」
シャネルが言ってくれる。
ふわりと甘い匂いがした。シャネルの匂いだ。その甘い匂いには俺を安心させる効能があるみたいだ。
船の前ではリーザーさんとフェルメーラが話をしていた。
2人とも真面目そうな顔。
俺も口元を引き締める。
「じゃあ、行くから。ティンバイ」
「あん?」
俺はまたしばらく会うことのなくなるであろう友人に、別れを告げたつもりだった。
けれど、ティンバイはなに言ってるんだこいつ、という顔をした。
「えっ?」
「ほうけたこと言ってねえでさっさと行くぜ、兄弟」
なんだか話がかみ合ってない気がする。
でも俺はなんとなく頷いて馬を前に進めた。
「榎本さん、お久しぶりです!」
俺を見てリーザーさんはごつい手を差し出してきた。俺は馬から降りて握手に応じる。
「リーザーさん、今回もよろしくお願いします」
「はい。グリースまでの海路はわがアメリア軍におまかせくだい。そちらの方は?」
「張作良だ、字は天白という。よろしくだぜ」
「はい。自分はアメリア軍所属のリザー・ド・ゴロンド大佐であります」
「俺様は海を渡るのは初めてだ、頼んだぜ」
「はい、おまかせください」
その会話で俺は察した。
「ティンバイ、お前?」
「なんだい、兄弟」
「一緒に来てくれるのか?」
まさか、と俺は思う。
だってティンバイはルオの代表としてドレンスに援軍に来てくれたわけで。まさかグリースに少人数で攻め入る特殊作戦にまで参加してくれるとは夢にも思わず。
「当たり前だろ。文字通り乗りかかった船だ」
「でも――」
危険なんだ。死ぬかもしれない。
「もっとも鳳先生には内緒だがな。言えばかならず反対される。ああ、だけど心配するな。部下どもは俺様の意見に全員賛成だとよ。むしろ自分が行きてえと言い出す奴らが多くて困ったくらいだ」
ティンバイはそう言ってからからと笑った。
言い出したらきかないやつだ。どうしても考えが変わることはないだろう。
ならば、ありがたくその申し出を受けるべきだ。
「感謝する」
「しなくていいさ。義兄弟の契を結んだ関係だぜ」
そうだったな、と俺は笑った。
「良かったわね」とシャネルが言う。俺は照れくさくてなにも言わなかった。
船の方を見れば、タラップを降りてくる2人の影が。
「お・お・お!」
その内の1人が、なにやら騒いでいる。
お?
「なんだぁ?」
ティンバイが警戒して懐のモーゼルに手を伸ばす。だが、それよりも早く――。
「遅いぞぉ!」
ローマが叫んだ。
タラップと地面の高低差を利用して、ローマが飛び上がる。そのまま蹴りを繰り出してきた。
飛び蹴りを俺はなんとかかわす。
ローマはひらりと着地すると、小さなダガーナイフを抜き放った。
「いったいどれだけ待たせれば気が済むんだ!」
「べつに待たせたつもりはないぞ」
「僕は待ってない! ミラノが待ってたんだ!」
「なんだ、このケモノ。自分のこと『僕』って言ってるぞ」
「なんだよ、お前。おっかない顔しやがって」
「うるせえ、大きなお世話だ」
ティンバイとローマは睨み合って、しかしどちらからも攻撃はしなかった。
いさかっているように見えるが、嫌い合ってはいないという感じだ。
「シンクさん、元気そうでなによりです」
ミラノちゃんは2人を放っておいて俺に声をかけてくる。
「やあ、そっちも元気そうだ」
「はい。シャネルさんもお元気そうで」
「まあね」と、シャネル。
「さて、さっそく出港しましょう。フェルメーラ氏、よろしいですか?」
「ええ。シンクくん、頼んだよ」
「頼まれました」
俺たちは馬を引いてタラップを上っていく。
船の上から見れば兵士たちがこちらを見ていた。手を振っている者もいる。出港か、と俺はなんとない不安を覚えながら思った。
けれどその不安はすぐにぬぐえた。
シャネルがいる。
ティンバイがいる。
ローマがいる。
ミラノちゃんがいる。
俺の周りには仲間がいた。
そしてこの海の向こうには金山――。
俺の最後の復讐相手がいるのだ。
覚悟を決めた。
この先に最後の戦いがあった。




