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498 シャネルの咲顔


 圧勝だった。


 相手のグリース軍、おおよそ1万は全滅。戦車2両に砲台8門を破壊。これによりドレンス内陸部に進行していた敵はいなくなった。


 対してこちらのドレンス軍だが、死者は2500人程度。負傷者は多かったが、重傷者の数は割合として少なかった。


 ひとえにティンバイの騎兵突撃の成功のおかげ。


 もちろん右翼で持ちこたえた俺たちの部隊も頑張ったんだけど。


「兄弟、俺様の活躍は見たか!」


「あー、見た見た。すごかったぞ」


 白馬に乗ったティンバイは嬉しそうに俺に話しかける。


 俺はバカ馬の横っ腹を足で蹴りつける。


 どうもこのバカ馬、ティンバイの白馬に頭が上がらないようで。その場からすぐに離れようとするのだ。なんというか、苦手な相手の前で緊張しているみたいに。そこらへん、馬も人間も同じだよね。


「言った通り、13分だっただろう」


 それ見たことか、とティンバイは睨むように俺を見つめる。


 褒めれば良いのか、それとも謝れば良いのか分からず、俺は曖昧に笑う。


 それはティンバイにとってあまり好ましい態度ではなかったようで、少しへそを曲げるようにそっぽを向かれた。


「お前が1番だよ」と、俺は適当に褒める。


 なにごとも適当な男だ、俺は。


「まあいい。兄弟、それより仲間たちをねぎらってやりな」


「うん?」


辛苦シンクー、ご苦労さまって言ってやるんだな」


 なんだそれ?


 と、思っていると馬賊たちがまるで順番に整列するように俺の元へとやってきた。


「副攬把、俺も頑張りましたぜ!」


「あ、うん。ありがとう」と、言ってから。「辛苦」と、付け加える。


 すると言われた馬賊は力こぶを作って喜んだ。


 そして次の馬賊も、また次の馬賊も。まるで俺から「辛苦」と言われるのをねだるように、自分の活躍について話してくる。


 俺は律儀に全員にご苦労さま、と言葉をかけてやった。


 そんな俺の姿を、ティンバイは薄く笑いながら見ていた。


 やってくる馬賊たちが一段落してから、俺はティンバイに聞く。


「なんだ、いまの?」


「流行ってるらしいんだよ。兄弟の名前がシンクだろ。だからその兄弟から『辛苦シンクー』って声をかけてもらうとゲン担ぎになるとかでよ」


「なるほどねぇ」


 馬賊というのは信心深い人間が多い。目の前にいるティンバイなどは例外だが、女子高生みたいに占いを気にしているやつも多いのだ。


「まあ、これであいつらも喜んだろうぜ。それより兄弟――」


 ティンバイがあごをしゃくる。


 あっちを見ろ、ということか。


 視線を向ければ、シャネルがどこかつまらなさそうに後ろで手を組んでいた。地面に視線を向けて、アリでも見ているのだろうか? いや、違う。小さな野花を見ているようだった。


「シャネル!」


 と、俺は声をかける。


 シャネルは言葉では返事をせずに、なあに? とでもいうように大きな目で俺を見た。


 いつだったか、シャネルが愛の世界には言葉はいらないと言っていた。


 俺はなにも言わずにこっちに来いよと視線だけを向けた。


 シャネルの顔がぱっとほころんだ。


 いつだったか、物の本で見たことがある。


 笑顔とは2種類あって。大声をあげて笑うようなことを笑顔えがおとし、花が咲くがごとく静かに微笑むことを咲顔えがおとするのだという。


 その言い分によれば、シャネルのものはあきらかに咲顔であり、言葉のいらぬ愛の世界にふさわしいものに思えた。


 シャネルは無言のまま俺の馬の後ろに乗った。


 そうすると女好きのバカ馬はいきおいやる気を出し始めた。


 馬の2人乗りは長距離においては推奨されないが、少しくらいなら問題ない。感覚的には自転車の2人乗りのようなものだと思えばいい。ま、俺は自転車に2人乗りするような青春をおくってこなかったが。


 言ってて寂しくなってきた。


「とりあえず兄弟、ここの戦闘は終わったが次はどこに行く?」


 ティンバイが聞いてくる。


「それは俺の決めることじゃないな」


 俺は答える。


 シャネルはニコニコと笑いながら俺の後ろに乗っている。え、どうして背後にいるのにニコニコ笑っているか分かるかって?


「ニコニコ」


 だって自分で口に出して言ってるもん。


 やれやれ、愛の世界に言葉はいらないんじゃなかったのかよ。


 いや、これ擬音か? オ・ノ・マ・ト・ペ。


 俺たちは馬を並べて中央部隊の方へと行く。


 戦闘は終わり、兵士たちはそれぞれ喜び合っている。このあと、近くの村まで移動してちょっとしたうたげをもよおすらしいが。


 まあ、勝てばそうだよね。飲めや歌えの宴会くらいするよね。


 きっとその場ではフェルメーラもハメを外すだろう。パリィにいたころは酔っていないところを見なかったフェルメーラだが、戦いが始まれば見違えるほどの指揮官としての貫禄を見せてくれた。


 そのフェルメーラは兵士たちを集めてなにやら話をしていた。


 どうも勝利の美酒を祝おうという顔には見えない。どこか緊張した、勝って兜の緒を締めよという感じの顔をしている。


「おおい、フェルメーラ」


 俺が声をかけると、フェルメーラは安心したように笑った。


「やあ、ご両人」


 そのご両人が俺とシャネルか、あるいは俺とティンバイを指すのか分からなかった。


 フェルメーラの周りにいた兵士たちが俺たちに向かって敬礼をする。


 ティンバイは手をおろしなとジェスチャーしてから、馬を降りた。俺もそれに習って馬を降りる。


「大勝利だな、まずはおめでとうと言っておくぜ」


「いいや、キミたちのおかげだ。最後の騎兵突撃はすさまじかった。ドレンス史に残る歴史的な快挙だよ」


「なあに、後世の歴史家はガングーの猿真似としか言わねえさ。それよりも次の戦場だ。俺様が思うに次の一手は決まっているがな」


 お前はわかっているか、とばかりにティンバイはフェルメーラを睨む。


「次の一手か。ま、決まってるよね」


 決まってるのか?


 なんだか2人は笑っている。


 シャネルを見て、たずねた。


「分かるか、シャネル?」


「まあだいたいね。国の中に侵入した敵は駆逐したんでしょ。それなら次はただ1つよ」


 俺は察した。


「なるほど、反撃に移る番ってことだな」


「ご明察、シンクは相変わらず察しが良いわね」


「えへへ」


 シャネルに褒められた。嬉しいな。


「だがエルグランドがなんというか、だね。この戦いが終わったら1度通信を送ってくれと言われてるんだよ」


「通信? そんなものがあるのか」


 ならさっさと使えばいいのに。


「高価な使い捨てのマジック・アイテムだから1つしかないけどね。今晩、通信を送ってみる。2人とも、その際には一緒にいてくれよ」


「分かった」と、俺。


「了解だ」と、ティンバイ。


「なんせそのときには僕は泥酔でいすいしてるかもしれないからね」


 あっはっは、と笑うフェルメーラ。


 ちょっと洒落にならない。


「――シンク」


 シャネルが釘を刺すように冷ややかに言う。


「な、なんだい?」


「貴方も気をつけてね」


「……はい」


 そう、2つの意味で洒落にならなかったのだ。


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