493 ティンバイの思い
俺はティンバイと一緒に、明日の戦場となる場を確認していた。
「あそこのな、山があるだろ? あそこなんだよ、あそこにガーッと駆け上がる。できるか?」
と、俺はしたり顔で言う。
「はんっ、愚問だぜ。俺様を誰だと思ってやがる。どんな悪路だろうが翔ぶが如く走り抜けてやるさ」
「それで、何分くらいかかりそう?」
「あん?」
なんでか知らないが、ティンバイは怒ったように三白眼で俺を睨む。
「いや、だって時間をできれば聞いてこいってフェルメーラが」
こういうときに人のせいにする。
見たまえ、これが悪い大人というものだ。
「聞きてえんならてめえの口で聞けってんだ」
「まあまあ。いちおうほら、フェルメーラの方だって大変なんでしょ」
明日の作戦、部隊は大きく4つに別れる。
中央部隊、右翼部隊、左翼部隊。そして必殺の騎兵部隊。
この中で一番柔軟な動きをしなければいけない中央部隊、そこをフェルメーラは指揮する。右翼、左翼をよく見なければならない。作戦を成功させるには要の部隊だ。
そして俺は右翼を守ることになる。
最初は弱体を装う部隊。相手にたいする撒き餌だ。そのため敵とかち合うのは右翼からだ。頑張って持ち越えなかればならない、大変な仕事だ。
そしてティンバイは騎兵隊を指揮する。
といってもこれはティンバイの指揮下である精鋭馬賊たちだ。
他の馬賊たちは左翼を守る。中央までの後退を演出する必要もある、なかなかに面倒な仕事。これを指揮するのはフェルメーラの副官である男だが……馬賊たちが素直に言うことを聞くとは思えない。
ここはティンバイがきちんと言い聞かせるしかないだろう。
「それで、俺様が登り切る時間だったな――」
「うん」
なにせティンバイがいっきに山を駆け上がり、電撃的に高地をとることこそがこの作戦の本質だ。言ってしまえば天地をひっくり返すような作戦である。
そのための時間が長ければ作戦は失敗に終わるかもしれない。
「15分だな」
と、ティンバイは答えた。
「おいおい、ティンバイ」
「なんだ」
無理だと思った。
どう見積もっても15分で登れるような山じゃない。
「ふざけてるつもりか?」と、俺は聞く。
「あいにくと俺様は生まれてこの方、おふざけというものをしたことはねえ。だがまあ、たしかに15分じゃあねえか」
「だろう?」
俺の勘では、いかなるティンバイでも20分はかかるだろう。そもそも登ると言っても戦闘をはさみながらなのだ。もちろんティンバイもそれを理解しているだろう――。
「厳密に言う、13分だぜ」
「冗談じゃないのか?」
「くどい、13分だ」
俺はティンバイの言うことを信じることにした。
こいつが13分といえば本当に13分なのだろう。
しかし、どうにもこうにもティンバイは焦っているようにも感じられた。
「なあ、ティンバイ。スーアちゃんから伝言があったんだった」
「なんだ」
「あんまり焦るな、ルオの民はそれほど弱くないだってさ」
その言葉だけでティンバイは理解したようだ。
「ふんっ、べつに俺様は焦ってなんていねえさ。それにな、民草のことは信じてる。いまさら張天白の1人がいないところで、あの国はどうにかなるほどやわじゃねえよ」
「分かってくれたならいいけど」
ティンバイはだいたいの下見を済ませたのだろう。
「日が沈む前に帰るぞ」と、宣言するように言う。
「了解だよ、攬把」
俺は少しだけおどけて言う。
「にしても兄弟、ちょっと気になってんだがあの魔族ってのはいったいぜんたいどうなってやがるんだ? 俺様の銃弾はまだしも、モーゼルの弾をしこたま打ち込まなけりゃ死なない兵士たちだぜ」
「なんか人間の体を魔法で加工しているみたいだけど」
言ってから、デリカシーにかけた発言だったなと気づいた。
「なるほどな」
ティンバイはなにかを考えるように黙ってしまう。
俺は茶化すことをしなかった。俺も無言になる。
歩きだしたティンバイについていく俺。
「俺様はな、べつにグリースって国のことを憎んでるわけじゃねえぜ」
ぽつり、と言う。
「ああ」
「ただな、リンシャンがグリースと戦うために龍にされた、そのことは憎い」
「分かってるから、言わなくてもいいよ」
辛い思い出だった。
ティンバイは国を良くしようとして国体を破壊した、そのさいに愛する人を殺すことになった。いや、実際にそれは生きていたのかは分からない。魔力の器として龍にされた人が、生きているとは言い難いものがある。
それでもティンバイにとっては辛いことだ。
「誰にも言ってないがな、兄弟――」
「ああ」
「実際には俺はこの戦いを、兄弟の手助けであると同時にリンシャンの弔い合戦でもあると思っている。リンシャンが対グリース用に作られた兵器であるならば――!」
「うん」
「俺様がそのかわりをやってやるってんだよ。どうだい、文句あるか?」
「いや、まったく異議はないよ。ティンバイ、お前のやりたいようにやるんだな」
「そのために民を困らせて、部下の命を使おうとする俺様は英雄失格か?」
ティンバイはは俺に質問しながらも、しかしその心はもう決まっているようだった。
ではなぜそんなことを俺に聞くのか。
そう、ティンバイはまた俺を試しているのだ。
「英雄だって人間さ。みんな英雄という偶像についてきたんじゃない、張天白という大攬把についてきたんだ。文句なんてでるわけないさ」
「そうだな。兄弟、俺はいまはっきりという。兄弟は英雄じゃねえ」
「い、いきなりなんだよ。はっきり言うなぁ……」
ティンバイは薄く笑った。
「ただな、俺様はお前のことが好きだぜ。後にも先にもお前だけだ、肩を並べて戦いたいと思えたのは。さて、帰るか」
ティンバイは、俺が自分の隣に立つ人間か試した。
俺は英雄にはおもねらない。
ただ友人としてティンバイを評価している。
これはまったくの想像でしかないけど、ティンバイはそれが嬉しいのだろう。
そして俺も嬉しい。
だってティンバイは――俺の友人なんだから。




