491 シャネルの作戦
俺たちが合流した場所は青々と馬たちの食料が生い茂る牧草地だった。
ここで休憩――ではなく次の作戦に対しての準備をしている。
俺たちは4人。
つまりは俺。シャネル。ティンバイ。そしてフェルメーラの4人だ。
は、集まって会議をしていた。
なんだか知らんが、俺もこの軍隊のまとめやくの1人なのだという。嫌だね。
「明日だね」と、フェルメーラ。
「なぜ分かる?」
ティンバイはまるで怒ったように聞くが、違う。素の状態でこれなのだ。
「簡単だよ。魔族の軍勢はどこまで行っても一定の速度で進軍を続ける。そうなれば明日の朝にはこの場所へと到達する」
俺はすぐに察した。あまりに一定すぎる速度であれば、敵がどれだけの距離を1日に歩くのか、予想することは簡単だ。
「なるほどね、あいつらは疲れることもないし恐れることもない。言っちゃえばマシーンみたいなもんだからな」
「マシーンって?」と、シャネルが聞いてくる。
「ロボットって言ったほうが良かったか?」
シャネルが首を傾げた。
この異世界、ときどき通じない言葉がある。
「あい分かった。つまり俺様たちは明日の朝までにそこの山の上に布陣するわけか」
「まあ、定石で言えばそうなるよね」
フェルメーラは疲れたように首をたてにふる。頷くというよりも首を支えていた力がなくなったようだだった。
なんだか少し見ない間に老けたように思える。特徴的な鷲鼻も今日はなんだかしぼんでいるようだ。
俺たちがいるのは天幕の中だった。
陽は沈みかけており、いまから山登りをするのは大変そうだった。
しかし兵法の基本として、高地を取るという行動は味が良いということくらい俺も知っている。俺ごときが知っているのだ、兵士たちだって全員知っているだろう。
つまり文句はでないと思うが……。
「さて、どうかしらね」
シャネルはじつにどうでも良さそうに文句を言った。
こういう、自分は興味ないけれど貴方の言っていることには反対よという言い方をシャネルはよくする。
それはシャネルなりの忠告であり、その忠告はだいたいの場合耳をかすべきことなのだ。
「どういうこと?」と、俺はシャネルに聞いてみた。
「気になる物言いですね、お嬢さん」と、フェルメーラも興味を持つ。
「べつに。私は兵学校を出たお偉い先生じゃないから。ただ思うことがあるのだけど」
「おいおい、女が戦場のやり方に口をだすんじゃねえよ」
ティンバイが釘を刺す。
あー、そういうのダメなんだぞと俺は思う。女性軽視、ダメゼッタイ!
「ふんっ。スーアちゃんだって女の子よ。私が口をだしちゃダメなんて誰が決めたの、ディアタナ? それともアイラルン?」
「口のうまい女は嫌いだぜ」
ティンバイはたじろいだわけではないだろうが、これ以上シャネルと話していても面倒だと思ったのだろう。勝手にやりな、と部屋のすみでタバコをふかし始めた。
「そもそもね、お山の上に布陣して敵を待ちましょう。敵が来たら一斉に降りて、高低差を利用して攻撃。はい、素敵。それじゃあつまらないわ」
「つまらない?」
なに言ってんだ、シャネルのやつ。
シャネルは俺に微笑みかける。
「そもそも相手が逃げたり、遠回りしてこっちを無視してきたらどうするの? 私たちはこの場所を死守しなければいけないのでしょ。ここを抜けられたらパリィまでは一本道なのだから」
「その通りだね」とフェルメーラも同意する。「ここが僕たちの決戦場だ」
「ならね、相手をここに縛り付けなければないんじゃないの?」
ティンバイが薄く笑う。「作戦はあるのかよ?」と、試すように聞いた。
「まあ、ちょっとくらいはね」
「シャネル、もったいぶるなよ」
「せっかちさん。じゃあ簡単に言うけれど――山の上に布陣するのはやめにしましょう」
「はっ?」と、俺。
「はっ?」と、フェルメーラ。
「はっ?」と、ティンバイ。
「そんな場所、相手にくれてやりましょう。私たちは山の下に兵を揃えましょう」
「意味がわからねえぜ。頭がおかしくなったのか? 兵は基本的に高台に布陣するほうが良い。それが地の利を得るってことだぜ。それをわざわざ捨てるだ?」
「ええ、そうよ」
「シャネル、俺はキミの言うことは間違っていないと思う。思うけど……いや、どうなんだそれ? その、相手の意表をつくってそういうことか?」
「まあそういうことね」
「意味が分からねえぜ」
ティンバイは苛立つように煙を吐いた。
吐き出された煙は部屋の中にくすぶる。シャネルは組めたそうにパタパタと手をはらう。
俺は考えてみる、だけど答えはまったくでなかった。
「なるほど……そういうことか」
しかし、フェルメーラはなにか理解したようだ。
「さすがドレンス軍の現役将校さんね。私がなにを言いたいのか、理解できた?」
「なるほど……たしかに。いや、できるのか? たしかに状況は似てるね」
「決めるのは貴方よ、私はただ提案しただけお好きにどうぞ」
「ちょっと、フェルメーラ。俺たちぜんぜん理解できてないんだけど」
「俺様にも分かるように説明しな、さっさとな」
俺とティンバイはフェルメーラに詰め寄る。
「つまり、『アイザレルロットの戦い』を再現しようと彼女はそう言っているんだよ」
「アイザレルロットの戦い?」
やめてよ、歴史用語! 俺ちゃんこの異世界の歴史とか知らないんだからな。
「あー、そりゃあなんだったか。寝物語に聞いたガングーの話だな」
どうやらティンバイは知っていたようだ。
知らないのは俺だけか……。
なんだか仲間はずれになった気分。
「しかしあの作戦を完遂するには地形だけじゃなくて、兵にも条件がある。つまり、強靭な耐久をしてみせる兵士たち。そして精強な騎兵たち――」
シャネルが胸元から杖を取り出して、俺を指す。
そして次にティンバイを指した。
「いるでしょう?」
「シンクくんと張攬把か。たしかにこれなら――」
なんかよく知らないけど作戦は決まったらしい。
やれやれ、俺は言われたことをやるだけだが……。
「良いねえ、派手そうな作戦は好きだぜ」と、ティンバイ。
「まさか僕がこんなフェルメーラ好みの作戦を使うことになるとは」と、フェルメーラ。
「頑張りましょうね、シンク」と、シャネル。
俺はため息をつく。
「誰でもいいから、とりあえずその作戦とやらを説明してくれ」
つぶやくのだった。




