486 みんなで焚き火
出てきたスーアちゃんはおどおどと恥ずかしそうにしながら、俺とは一定の距離をたもちそのまま近づこうとはしない。
警戒心の高い小動物のように、しかし興味はとてもあるようだ。
「やあ」
と、俺が声をかけると恥ずかしそうにつばの広い帽子を目深にかぶった。
「シシシ――シンクさん! こ、こんに、ち、は!」
スーアちゃんはいかにもどもりながら、なんとか俺に挨拶をしてくる。
「はい、こんにちは」
「シャ、シャネルさんも、お元気そうでう、嬉しです」
「ごきげんよう」
シャネルが俺の手を掴んでいる力を強くした。まさか他の馬賊たちに見せつけているわけではあるまい。シャネルが見せつけている相手はスーアちゃん個人だ。
俺はどちらかといえば鈍感な性格だが、最近シャネルの嫉妬深さというのが分かってきた。
こういうとき、シャネルは俺が心惹かれそうな女の子に対して警戒しているんだ。
警戒心の強い動物にも2種類いる。
スーアちゃんのように怯えるタイプ、とシャネルのように露骨な敵対心を示すタイプだ。
「鳳先生はわざわざ兄弟に会いたくてついてきたんだぜ」
「張攬把!」
スーアちゃんは顔を真っ赤にしながら抗議の声をあげる。
ティンバイは「はっはっは」と豪快に笑うと、俺の肩を叩く。埒が明かないから迎えに出てやれとそう言っているのだろう。
俺はシャネルの手を離そうとして、けれどシャネルは手を離さずに、しょうがなく手をつないだままスーアちゃんの方に歩く。
そして開いている手をスーアちゃんに差し出した。
「来てくれてありがとう、キミがいれば百人力だよ」
「は、はい……」
褒められて照れているのだろう、スーアちゃんは俺から目をそらす。
「実際、鳳先生を連れてくることはさすがの俺も反対だった。先生は国の維持には必要不可欠な存在だからな」
「あの……私は戦争屋ではなくて政治屋ですので」
「とはいえ、俺様たちの国で軍旗をとらせて一番上手なのが先生なのもまた事実だ」
「だろうね」
なんせティンバイがわざわざ迎え入れるために自ら出向いた相手だ。
政治屋だなんて自分で言っているが、本当のところはこと国の運営に対して万能の人間だ。
ドレンスの国でたとえればガングー13世とフェルメーラを足して2倍にするような。もっとも、それくらいの才覚がなければ広大なルオの国を統治することなどできないだろう。
「あとは個人の決めることさ。先生が来たいと言った、だからつれてきた。兄弟、俺がから言うのもなんだが、その決意を褒めてやりな」
「もちろんさ。褒めるし、感謝もしてる」
「野に下る覚悟で出てきました……こんなことするから馬賊上がりはって言われるんですけどね、議会の人たちから」
「議会制度にしたの?」
と、シャネル。
「はい。と言っても、まだまだ平等には程遠い誰の目から見ても未熟な国民議会ですが」
「さあ、難しい話は終わりにしようぜ。野郎ども、まずは寝床の準備! そのあとに宴会の準備だ! おらおら、早くしやがれ!」
ティンバイの号令でみんな一斉に動き出す。
寝床の準備、というのは簡易式の移動テントのようなものを建てることだ。馬賊の中には各地を転々とする者たちもいて、そういう者たちはゲルと呼ばれる簡易的な寝床を作るのだ。
どうやら今回、ティンバイたち馬賊部隊はそのゲルを大量に用意してきたようだ。
もとは遊牧民が使っていたテントだから持ち運びには適しているらしい。
「すごいもんね」
と、シャネル。
大勢の男たちが一斉に動く様は、見ているだけで汗臭さを感じる。久しぶりに見た感じだな、こういうの。
すぐさま寝床はつくられて、そうこうしているうちに誰かが開けた場所で大きな火をたきはじめた。篝火というよりもキャンプファイヤーのような規模で、それがいくつも作られていく。
「シンク、俺たちもあっちの方に作ろうぜ」
と、ダーシャンが提案してくる。
「そうだな。シャネル、頼んでいいか?」
「いいけれど、なにか燃やすものがないとそのうち消えるわよ」
「部下たちに集めてこさせよう」と、ダーシャン。
「いや、俺たちも集めよう」
そこらへんから枯れ木みたいなものを拾ってくる。
それを一箇所にまとめて、シャネルが杖を取り出す。
「どれくらいの規模でやる?」
と、シャネルが聞いた。
「派手にやんな!」
と、ティンバイが答える。
「えっ――ちょっと待って!」
俺は止めようとしたが、もう遅い。
シャネルが使った魔法で、いっきに炎が吹き上がった。
周りの火よりもひときわ大きな。
というかこれ火事だっ!
「やりすぎ、やりすぎだってシャネル!」
「えっ? だって派手にやれっていうから」
「加減をしてくれ!」
あかん、このままいけば火が増えすぎてそこたら中が火事になるかもしれない。
「あっはっは!」
ティンバイはなんか喜んでるしよ。
「しょうがないわね……」
シャネルは水魔法で火を少しだけ弱めた。自分でつけ火して自分で消す。なんだか可哀想だけど、シャネルが悪い。
火はなんとか弱まった。それでも他の焚き火よりは大きいのだが。
何人かの馬賊がその火の周りに集まる。何人か、というけどそれこそ100人単位だ。
やってきたエルグランドも輪に入る。
「なんというか……すごいですね」
「そうだな。ティンバイ、ずっとこんなことしてここまで来たのか?」
「んなわけねえだろ、目的地についたからな。盛大にやってるだけさ。パリィじゃ民衆には歓迎されたが、政治家どもには邪険にされたからな」
「パリィに行ったのですか?」
「ああ、行ったよ。兄弟がそこにいると思ったからな。だがこっちにいるって言われてな。いやはや苦労したぜ」
「なるほどな」
「おかげで兄弟に会うのに時間がかかっちまった。まあ、もとより覚悟の上だったがな」
「ルオからここまで来るのだって、なかなか大変だったんだ」
と、ダーシャンが言う。
「だろうな」
パリィからテルロンへの行軍だってひどいもんだった。馬が使えるとはいえルオからドレンスまで……考えたくもない。
「泣き言を言うんじゃねえよ。ちょっとした旅行だとでも思いな。ああ、そういやドレンスに入りしな、軍隊と共闘してきたぞ。フェルメーラとかいう、まあなかなか骨のあるやつがいたんだ」
「フェルメーラ!」と、エルグランドが叫ぶように言う。
「そいつ、俺たちの仲間なんだよ」
「だろうな」
そういえばフェルメーラも俺たちがドレンス北部に来たことを知らないのか。
というか……。
「なあ、もしかして東部戦線の方はすでに終わったのか?」
「ん? ああ、まあな。ある程度は片付けてきた」
俺とフェルメーラは顔を見合わせる。
「目が出てきましたね」と、エルグランド。
「あっちが終わったとなると、フェルメーラもかえってくるのか」
「エノモト・シンク。貴方の援軍はすさまじいですね」
「俺のじゃない、ドレンスのさ」
火をたけば、次は飲み食いの時間だ。
そこらじゅうから食料が運び込まれてくる。捕獲された動物や、あるいは小型のモンスターみたいなのが焼かれる。ルオにはほとんどモンスターのたぐいはいないのだが、恐れ知らずの馬賊たちはどんなものでも食べるようだ。
腹が膨れはじめ、酔いが回ってくると、次にみんな騒ぎ出す。
そこらへんから歌が聞こえ、余興の声があがり、なんならケンカが始まる始末。
だとしてもみんな楽しそうで――。
「シンク、あれやってくれよ!」と、ハンチャンが赤ら顔で言ってきた。
「あれ?」
「そうだよ、飛ばした饅頭をモーゼルで撃つやつだ」
「おおう、そりゃあ良い!」と、ダーシャンも腹をさすりながら言う。
まずいな、と思った。
昔は『武芸百般EX』のスキルがあった。
けれどいまはない。
簡単にできたことが、できなくなっている。しかし馬賊は実力社会だ。格好の良いリーダーとしての風格を見せなければ部下たちはついてこない。
できないです、ではすまされない。
「ほら行くぞ!」と、饅頭が飛ばされた。
まだモーゼルも抜いていないのに。
慌てて懐からモーゼルを取り出して――。
撃つ。
それはなんとか命中した。ある程度は勘に頼った射撃だが、なかなかどうした上手くいったようだ。
「好! さすが我らが副攬把だ!」
俺は当然だ、という顔をする。
しかし内心は心臓がバクバクだった。
首の皮一枚つながる。
だが、そんな俺をティンバイは三白眼でもって見つめているのだった。




