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484 天白推参


 白馬から降り立ったティンバイは、俺たちを睥睨へいげいするように見た。


 まずは俺を、次にシャネル、最後にエルグランドを。


 エルグランドを見た時点でティンバイは目をとめた。


「なんだいなんだい、辛気臭そうな顔しやがって」


 まるで叱りつけるように言う。


「あ、貴方は何者ですか!」


 エルグランドは精一杯の虚勢を張るように食って掛かった。


 ティンバイは薄くわらう。


「人に名を尋ねるならば、まずは自分から名乗るのが仁義ってもんじゃねえのかい?」


 ごもっともである。エルグランドもそう思ったのだろう、悔しそうに自己紹介をした。


「私の名前はエルグランド・プル・シャロン。かのトラフィク・プル・シャロンの直系子孫にして現在のドレンス陸軍総司令。さあ、ここまで名乗ったのです。貴方も名前を教えなさい」


 いちおうさっきまでティンバイの名前呼んでたんだけどな、俺が。


 でもエルグランド、緊張して聞き逃してたのだろう。


「おうおう、自分の名乗りあげでご先祖様の威光をかさに着るとはふてえ野郎だ。そんな三下に名乗る名前なんぞありゃしね――と、言いたいところだが、なんだお前さんがドレンス陸軍の総統かい」


「そ、そうです」


 どうだ、私は偉いのだとばかりにエルグランドは胸を張る。


 だがティンバイは相手の立場に臆すような小心者ではない。


「なるほど、俺様と並び立つには少々物足りないが、そちらの大将が出迎えに出てきたというのならば礼儀としては十分か」


「な、なんですと!」


「いいか、耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ!」


 天が割れんばかりの大恫喝だいどうかつにエルグランドは押し黙る。


「俺様のことをルオの王と、東満省の王と呼ぶ人間は数多い。だがな、俺様はそんな地位には興味がねえ。俺様は張天白チャンティンバイ! ルオを統べる馬賊の総攬把ソンランパだ。我が勲はすべて民のために、そんじょそこらの英雄様とは格が違うぜ!」


「張……天白ですって? まさか、ルオの?」


「だからそう言ってんだろうが、何度も同じことを言わせるんじゃねえ!」


 エルグランドは信じられないというふうに俺を見る。


 俺はただ頷いた。


「さて、兄弟。つもる話もある、時間をもらうぜ」


「もちろんさ」


 部屋にでも案内しようか。それとも小舟でも使ってあちらの海岸にでも渡るか。後者のほうが良い気がした。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 行こうとする俺たちをエルグランドが引き止める。


 ティンバイはまだなにかあるのかとエルグランドを三白眼で睨みつけた。普通ならここで言葉を繋げられない所だが、エルグランドも一軍の大将だ。言うべきことは言う、とばかりに声を張り上げる。


「ルオからの援軍は来ないと、そう聞いておりました」


 ティンバイは良い質問だと笑う。


 とはいえ、ティンバイが笑ったところで親しみはない。考えても見て欲しい、人食い獣が笑いかけてきて、安心する人間がどこにいる? 普通なら不気味に思うものだ。


「ああ、ルオからの援軍はねえぜ」


 ティンバイは答える。


「しかし張作良の馬賊隊といえば実情のルオの正規軍ではありませんか! どうしてそんな大軍勢が援軍に来てくれたのですか!」


「ほう、それを知っているのか。この地の果にまで俺様の名前は通ってるのかよ」


 愉快愉快というふうにティンバイは笑う。


「ふ、ふざけないで答えてください!」


「それを知ってるなら、これも覚えておけ!」


「な、なにをです」


「良いか、ルオの馬賊は決して仲間を裏切らねえ! そこの兄弟は俺様右腕、副攬把だ。助けにこねえ道理はあるまい!」


「エ、エノモト・シンクが、馬賊の副攬把?」


 エルグランドのやつ、さっきから驚いてばっかりだな。


 いや、まあ俺もかなり動揺してるのだけど。むしろ驚きすぎて冷静になってるくらいだ。


 だってまさかこんないきなりティンバイが助けに来てくれるとは思わなかったから。


 いつかは来てくれる、そう信じていた。だけどこうして目の前に来るまで自分でも半信半疑だった。俺は愚かだったな。


「エノモト・シンク、貴方はいったい何者なのですか」


「俺は俺だよ、ただの冒険者」


 謙遜ではない。本当にそう思っている。


 それにしてもティンバイのやつ、にくい演出をしてくれる。俺はティンバイの言っていることの意味を察することができた。そう、ティンバイは馬賊なのだ。


「じゃあこれで行くぜ、エルグランドさんよ」と、ティンバイは軽く手をふる。


「ま、まってください! まだきちんとした説明を――」


「野暮な男ね」


 いままで喋らなかったシャネルが、ポツリとつぶやく。


「ぐっ」


 エルグランドは悔しそうに黙った。


 やれやれ、とティンバイは呆れたようだ。


「あんたには1から10まで全部説明してやらなきゃいけねえようだな。いいか、1度しか言わねえぞ。ルオからは軍隊は出せねえ、これは本当だ」


 俺は頷く。


「いまのルオは他の国に兵を貸す余裕はないからね」


「そうだ。閣議決定だのなんだのを待つまでもなく、派兵は却下されるだろうな。だから!」


「だ、だから?」


「だから俺様が来た」


 エルグランドは意味が分かっていないようだ。


 言葉が通じないのではないかとすら疑っている。


「ど、どういうことですか?」


「ここにいる馬賊たちはすべて俺様の私兵であり、ルオの国はまったく関係ないものだ! 分かったらとっとと俺の部下たちに飯でもなんでもたらふく食わせてやる指令を出しな!」


 すさまじい詭弁きべんだ。


 たぶんルオの国はいまごろ大騒ぎだろうな。


 兵を出さないと決定して、しかも手紙まで返したのに総攬把であるティンバイが勝手に配下を引き連れて出撃したんだから。


 だが嬉しくもある。


 俺のためにティンバイは無理を通して通りを引っ込ませた。


「なんて無茶苦茶な男だ!」


 思わず、というふうにエルグランドが言う。


「おうおう、無茶むちゃだの苦茶くちゃだの言ってるがな、それをやらなくちゃいけないことも男にはあるだろうよ! 女々しいこと言ってんじゃねえ!」


「分かりました。もう細かいことは聞きません」


「おう、それで良い。まあせいぜい上手くやろうぜ、エルグランドさんよぉ」


「粗暴な男のようですが、腕は確かなのでしょうね」


「ふんっ、この俺様を捕まえて腕はたしかか、だと? そんなことを聞いてきたのはあんたが初めてだ。なるほど、よっぽどの大物か、あるいは鈍感か。どっちだ?」


「大物です」と、エルグランド。


 自分で言うか、普通?


「そうかい、鈍感なようだな」


 ティンバイもそれ、初対面の相手に失礼じゃないか?


 とはいえ、この2人。そこまで相性が悪いわけじゃなさそうだ。それだけは良かった良かった。



チャン作良チャンヅォリャン天白ティンバイ


「第三章・女帝」に登場した馬賊の攬把ランパ。弱きを助け強きをくじく、義のために生きる大丈夫。腐敗したルオの政権を民草のために打倒し、新たな政治体制を作る革命を起こした。

シンクのことを買っており、のちに彼を副攬把とする。

恋人のリンシャンは魔法の実験のために龍にされた。それは魔族を作る方法と同じようなもの。ルオの国はかつてグリースに敗北しており、再戦のための準備をしていた。奇しくもその龍を討伐したのはティンバイとシンクたちである。


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