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478 ミナヅキいわく、この世界のこと


 修道女たちがやっている家庭菜園を少し越えたあたりに、2人がけのベンチがあった。そのベンチは海の方を向いていた。たぶんここで休憩するために備えられたのだろう。


 オーシャンビューのベンチに座ると、ミナヅキはまたタバコに火を付ける。


「1日にさ、どれくらい吸うんだ?」


 と、俺は聞く。


「日によりけりだな。今日は久しぶりに友達に会ったから多いんだ」


 なんだか上手くダシにされた気がするな。


 そもそも俺たちは友達なのか?


 じっとミナヅキを見つめる。冗談を言っている様子はなく、無表情でタバコを吸っている。なんだかなぁ……。


 俺の視線が物欲しそうなものに見えたのだろうか、ミナヅキは「吸うか?」と一本、タバコを差し出してくる。


 いらない、と断った。


 アルコールは好きだがタバコは嫌いだ。いかにも体に悪そうだし。体というか肺?


「それでこの世界の話だ」


「そうだったね」


「俺が独自に調べたところによると、この世界はたった1人の神によって作られた。ディアタナ。この世界において唯一にして無二の神」


「ああ、知ってる知ってる。ディアタナさんね」


 会ったことはないけど。


「と、言われいるが実際は違う」


「おいおい、いきなり設定ブレさすなよ。ディアタナって女神様がこの世界の神なんだろ? 俺だってそれくらい知ってるよ」


 なんどか偶像崇拝としての像を見たこともある。たいてい、地面までつく長い髪をしている。


「ああ、そうだ。そしてこの世界の人間もまたそう思っている。だが榎本、お前は知っているはずだ。この世界には他にも神と呼ばれる存在がいる」


 俺は少しだけ考える。


 そしてすぐに察した。


「邪神だ」


「そう、アイラルン。俺たちをこの世界に送り込んだ女神だ。彼女の目的は俺などでは分からない、だがしかしアイラルンもこの世界でたしかに神としての地位を持っている」


「俺、へスタリアで教皇選挙コンクラーベっての見てきたんだ。いや、見てきたっていうかエトワールっていういまの教皇の護衛をしてたんだけど……」


「ほう、エトワール猊下げいかの護衛か。すごいんだな、榎本」


「でも、そのとき異教徒たちとも知り合ったんだ。地下で隠れ住んでてさ、あきらかに差別された」


「そうだろうな。この異世界で異教徒、つまりアイラルンを信望している人間たちはそれだけでまわりからうとまれる」


「うん」


「ここからは仮設だが、もしもディアタナが全知全能の神ならば、どうしてアイラルンなんぞを作った?」


「えっ?」


「俺たちは実際に神が存在することを知っている。なにせこの異世界に来る時に会ったのだからな」


 まあ、俺の場合はいまでもたまに会うけど。


 いや、でもアイラルンのやつ最近本当に顔をみせないな。なんか会うたびに大変だ大変だと仕事が嫌な大人みたいなこと言ってたけど……。


「あれじゃないかな……バグみたいな感じで勝手にできちゃったとか」


「その可能性もある。そもそもこの世界を作ったのがディアタナであるというのも、あくまで信仰上の設定かもしれないしな。だが、もしもそれが本当だとしたら――俺はこう考える。アイラルンはディアタナが作ったのではなく、最初からそこに居たのだ」


「そこに居た?」


「そうだ。榎本、お前は自分がディアタナに作られた存在だと思うか?」


「いや、そうは思わないけど……」


 これでもいちおう、俺には両親がいたんだ。


「それとは少し違うが、アイラルンもディアタナに作られた存在ではないのだと思うんだ。どうも文献なんかを調べるかぎり、かつてからディアタナとアイラルンの二柱にちゅうはある程度、対等のものとして考えられていたようだ」


「それはつまり、光と影みたいな?」


「そういうことだ、察しが良いな」


 俺はいつもいきなり現れて、なんか思わせぶりなことを言って帰っていくアイラルンを思い出す。あいつって美人だけど、ちょっとだらしない笑い方するんだよな、どうでもいいけど。


「褒めてもなにもでないからな」


「分かっている。それよりも、この世界のことだ。ここまでは前提、この世界には唯一神であるディアタナと、邪神アイラルンがいる。それを踏まえて榎本、お前はこの世界のおかしさを理解できているか?」


「えっ? いや、まあファンタジーだなとは思うけど」


 モンスターがいる。


 魔法がある。


 スキルだってある。


「そう、ファンタジーだ。けれどな、この世界がたどってきた歴史は不気味なくらいに俺たちがもといた世界のそれをたどっているんだ」


「もといた世界の歴史?」


「そうだ」


「つまりそれって、えーっと石器時代、縄文時代、弥生時代みたいな?」


「そこまで古くもないが、逆に言えば新しくもない」


「どういうことだよ」


「この異世界の歴史は緩やかに進み続けて、ある一定の場所で一度止まった」


「止まった?」


「そう、それは1000年ほど前だ」


「ふーん、それで?」


「だが歴史の停滞は500年前に突如として終わりを告げた。分かるか?」


「500年……あっ、初代ガングーだな!」


「そうだ。ガングーによってこの世界の時代はあきらかに進歩を見せた。ドレンス革命がおこり、ガングーが台頭たいとうし、人民皇帝となりドレンスを治める。その後、大陸を席巻せっけんし、しかし最後には島流しにあう。なあ、榎本。お前はこんな歴史上の人物を知っているか?」


「さあ、知らんけど」


 ミナヅキはため息を付いた。


「勉強くらいしておけ」


「だって引きこもりだったもん」


 ミナヅキは少しだけ気まずそうな顔をした。


「それは……すまない。じゃあ答え合わせだ、ナポレオン・ボナパルト。知っているか?」


「ああ、ナポナポ! それなら知ってるぞ」


 ソシャゲのキャラで見たことあります!


「進まなかった時代が動き出した。だがそれはガングーの死後、また止まってしまう。それも500年もの間」


「つまりこの500年、この世界の時間は動かなかった?」


「もっとも、その500年で幻創種みたいなわけの分からないものもでてきたわけだがな」


「魔法とかもそうだよね」


「そうだ。だがな、俺はこう考える」


「なに?」


「これはすべてディアタナが、この世界の時代を進めないためにとった対策だ。つまり、科学を進ませないための――」


「ちょっと待ってくれ、ミナヅキくん!」


「どうした?」


 俺はベンチから立ち上がり、生唾を飲み込む。


 この男はどこまで知っているんだ?


 アイラルンが昔言った、歴史を進めるという計画。それをこの男はたった個人で見破ってみせたというのか? そりゃあ俺たちはこの異世界の人間と違い、いろいろなことを知っている。


 ガングーという人間がナポレオンに似ているというのも、知識があれば分かるのだろう。


 神というものが本当にいるというのも。


 そしてもう1つの世界があるというのも。


「ミナヅキくん、あんたすげえな」


「なにか知っているのか、榎本」


「ずばり、アイラルンの計画を」


「ほう? それはどんなものだ」


「ディアタナの逆。つまり――」


「なるほど、この世界の時間を進めるわけか。さしずめ俺たちはそのためにこの異世界に送られた生贄いけにえか。いや、俺たちじゃないな。あの5人か?」


「あの5人……」


 つまり曜日野郎ども(いちおう1人は女)。


 月元。


 火西。


 水口。


 木ノ下。


 金山。


「アイラルンから直々にスキルをもらった5人だ。あのときはなぜそんなことをするのか分からなかったが、いまなら理解できる。あのスキルはこの世界を引っかきまわるためのものだ」


 俺は、背中に冷たい汗を感じた。


 スキルをもらったのは5人ではない。6人だ。俺が『女神の寵愛~シックス・センス~』のスキルをもらっている。


「俺たちはアイラルンに利用されていた?」


「そういうことだろうな。榎本、どうした。顔色が悪いぞ」


「あ……いや」


 アイラルンは俺のことを朋輩ほうばいと呼ぶ。


 それは復讐を司るアイラルンが俺にシンパシーを感じているから。


 俺が復讐したい相手はあの5人。


 では、アイラルンは?


 そんなの決まっている。


 アイラルンは、ディアタナに復讐をしたいのだ――。


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