477 ミナヅキくんとの会話
「この世界にとばされて、何年経ったかな。榎本、お前いま何歳だ?」
「えーっと、18かな」
17の最初のほうにこっちに来て、18ももう終わりがけ。足掛け2年……いや、3年くらいこの異世界にいるのだろうか?
「若いな。俺はもう20年はいるよ」
ということは、ミナヅキは30代の後半か? 人の年齢というのはよく分からない。とくに元は同級生だった男の年齢というのは。昔の面影が残っているから、それを頼りに年齢を考えてしまうのだ。
「あのさ、こんなこと聞いていのか分からないけどミナヅキくん、結婚ってしてる?」
「いいや、してない。若い内にしておけば良かったとも今になれば思うがな。けど若いときは、もしかしたら元の世界に帰れるかもしれないって思っててな。どうにもこうにも、タイミングを逃したよ」
「元の世界、か」
「お前はどうだ、榎本? 帰りたいか」
「どうだろう。あいにくと帰りたいって思ったことは1度もないけど」
「それだけ充実してるってことか」
なにもせずに立ち話をしているのもあれなので、俺たちは散歩がてらモン・サン=ミッシェルの外周を回る。
いまは潮も引いており、陸地に向かって道ができている。
陸地の方には兵たちがかなりの数、控えている。この前の戦いのあとでエルグランドの判断が正しかったことが理解されて、いつでも外に兵士を控えさせたのだ。
しかし――。
「どうにもこうにも、海岸沿いの警備っていうのは大変だよな」
俺はべつにミナヅキに言ったわけではないが、思ったことを口にだす。
「そうなのか?」
「いままでやったことのないタイプの戦いだよ。あっちもこっちも守らなくちゃいけないなんてさ。敵がきたらほいほいっと行かなくちゃならないんだからな」
「榎本、お前よく戦いに出てるんだな。軍人は大変だ」
「軍人じゃないよ、いちおう冒険者。それなりに評価もされてるんだぜ」
なんせS級なんだぜ。俺、自分以外にそんなやつ見たことないもん。まあ冒険者なんてならず者が多いから、人から正当に評価されるような人間は少ないとはいえ……。
そういうことを、いっきにミナヅキにまくし立てそうになって、やめる。
自分がつまらない虚栄心から自慢話をしようとしているのが分かったからだ。
久しぶりに会った知り合いに『いま調子良いのよ』なんて言うことほど、つまらないことはない。聞いている方だってつまらないのはもちろん、言っているほうだってあとで惨めになる。
「この前はルオに行くと言ってたな、そのあとはどうしたんだ?」
「いろいろ行ったよ。ルオのあとはへスタリア、そのあとはグリース。で、この戦争じゃテルロンにも行った。どこでも大変な思いをした」
「そうか、お疲れ様」
えっ? と俺は驚く。
お疲れ様、か。悪い言葉じゃない。というか言われて嬉しかった。
よく考えてみれば俺はだれかにそうして労われたことなどなかった。いつも感謝はされていたが、気を使ってもらったことはなかったように思える。
「う、うん。ありがとう」
たぶん俺の顔は赤くなっているだろう。照れているのだ。
「この世界に来てから、何人か同級生に会った」
と、ミナヅキは昔を思い出すように目を細める。
「俺もだよ」
俺の場合は出会った同級生の多くは復讐の対象であり、容赦なく殺してきた。目の前にいるミナヅキや、あとは刀をくれたドモンくんなど、一部の人間だけは例外だが。
そもそも俺の旅は復讐の旅だ。俺が通った道にはなにも残らないのかもしれない。
「その中でも榎本、お前はいちばんよくやってると思う。そりゃあ水口みたいに商売で成功したやつもいたが、榎本みたいにみんなのために戦ってる人間はいないさ」
「あんまり褒めるなよ」
調子にのるぞ?
「なあ、榎本。お前はこの世界でなにをなすつもりだ?」
「難しいこと聞くなよ」
答えられないぞ?
――我々はどこから来て、何者で、どこへ行くのか。
そんなこと分からないんだ。ただ俺はやりたいこと、つまりは復讐を果たすためにここにいる。そのあとは? そのあとのことはその時に考えることにした。
ある意味では、もう迷いはない。
戦って、戦って、戦って、最後の1人である金山を殺す。
俺は金山のことをミナヅキに伝えたかった。あいつが諸悪の根源で、この戦争を引き起こしたのだと告白したかった。
けれどそれはいけないことのような気がした。
ミナヅキにそんなことを言って、なんと返して欲しい?
また感謝されたいのか、労ってほしいのか、それとも慰めの言葉でもほしいのかよ。
バカバカしい。
これは俺の戦い、俺の復讐なのだ。誰かになにかを言われなくてもやってみせる。
「榎本、俺は俺なりにこの世界について考えてみたんだ」
「うん」
「この世界の成り立ちは分からない。だけど経緯は分かる。さいわい、パリィには図書館もあるからな。調べ物をするにはうってつけだった」
「ねえねえ、話の腰を折るけどもしかしてミナヅキくんって文字読める感じ?」
「……? そうだが、どうしてだ」
「いや、偉いなと思って」
こっちの世界に来てから新しい文字を覚えたわけか。なんていうかなあ、いまだに文字も読めずにシャネルに頼りっぱなしの自分が情けなくなる。
ミナヅキは結婚をしていないらしいから、たった1人で生きているのだ。それと比べて俺はシャネルに頼りっぱなし。ま、いまさらこんなこと嘆いてもしかたないか。
「そこで俺は調べたんだ、この異世界の歴史を」
「うん」
俺たちが歩く前方に修道女たちが集まっている。どうやら家庭菜園をしているらしい。修道女たちはちらちらとこちらを見てくる。
いきなり修道院を駐屯にするなんて言ったので、俺たちはあまり歓迎されていないようだ。当然か。
けれどミナヅキは軍医であり、あまり修道院たちに嫌われていないようだ。頭を下げて挨拶をしている。何人かの修道女たちも嬉しそうに手を振っている。
「むむむ……」
「どうした?」
「いや、ミナヅキくんじつはモテるでしょ?」
「なにを言ってるんだ、榎本?」
不思議そうな顔をされる。
けれど俺には分かる。モテない男として言わせてもらうが、ミナヅキくんは優良物件だ。物価の高いパリィで治療院を経営できている。おそらく持ち家だ。治療師ってのはつまり医者だよな、高学歴だ。いかにも渋いロマンスグレーの髪も好きな人からすれば最高だろうし。
なによりぶっきらぼうに見えてなかなかに優しい男だ。
「お前はモテる」
と、俺は断言した。
「おい、それよりこの世界の話をしてもいいか?」
「いいけど、ただこれだけは最後に言わせてくれ」
「なんだ?」
「ミナヅキくんは結婚できないんじゃなくて、結婚しないだけだろ」
なに言ってんだ、と苦笑いされた。
その笑顔も余裕があるように思えた。




