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473 上空の魔力


 深夜に目を覚ます。それがなにかしらの合図であることは確かだった。


 隣に眠るシャネルは、まるで死んだように動くことはない。


 俺たちがいるのは2人で寝ればそれでいっぱいいっぱいのテントだ。シャネルは少し厚手の毛布をかぶって、猫のように丸まっている。


「シャネル」


 と、俺は彼女の名前を呼ぶ。


 寝ていたはずのシャネルはすぐさま答えた。


「なあに?」


 寝起きがよろしいことで。


「嫌な感じがする。もしかしたらなんかあるかも――」


「あら、そうなの。私てっきり夜這いでもしかけられるのかと期待したのだけど」


 俺は少しだけ頬を赤くしてしまう。


 ウブな童貞をいじめる、悪い女だ。


「冗談言ってる場合かよ」


 モーゼルの弾を確認する。とっさのときに残弾がないじゃ話にならないからな。


 準備完了だ。


 シャネルはすでに準備をおえているようで、いつの間にかテントの扉を開けていた。


 ちなみに、このテントをたてたのはシャネルである。いちおう俺たちは冒険者だからね、外での野宿も慣れたものだ。そのさい、テントをたてるのはシャネルの仕事だった。ついでに料理とかもシャネルの仕事だった。あとはその他もろもろ。


 では俺の仕事は?


 そりゃあもちろん戦闘だ。街の外で盗賊や、へたしたら同業者である冒険者に襲われることもある。そういうときは俺の出番というわけ。


 べつにシャネルが戦えないわけじゃない。


 シャネルがやると相手を殺してしまう可能性が高いから、俺がやるのだ。


「閑話休題」


「え、なにいきなり?」


「いや、言ってみたかっただけ」


 とりあえず言っておけば話が進む便利な言葉である。いつかリアルの友人にも使ってみたいなと思っていたのだが、悲しいことに俺はボッチの引きこもりだったのだ。


 閑話休題!


「よし、とりあえずエルグランドを叩き起こすか」


「あらシンク、ずいぶんと楽しそうね」


「そりゃあそうさ。人の嫌がることを率先してやりましょうってね、そう親に言われて育ってきたからな」


 こんな夜中にいきなり起こしてやれば、あいつ嫌な気分だろうな。


「それはそれは、徳の高そうご両親で」


「ま、嘘なんだけどさ。俺の親、べつに俺のことなんて興味なかっただろうしね」


 本当に本当に、酷い親だったと思う。


 俺が異世界に来てホームシックにならないのはあの親の育てのたまものだね。ある意味では感謝。……なんて、強がってもしかたない。


「シンク、お互い親の話なんてするのはよしときましょう。それよりいまは大事なことがあるわ」


「そのとおりだな」


 それに戦場で親のことを思い出すなんて死亡フラグみたいだしな。


 俺たちはテントを出る。


 星もない夜だった。、少し離れた場所から波の音が聞こえてくる。


「ふむ……」


「どうしたの?」


「嫌な感じが強くなってる。すぐに来るかもしれない」


「なら急ぎましょうか」


 エルグランドのテントはすぐ近くにあった。


 俺たちのものより数段大きいテント。しかもこれ、部下にたたてさせていた。なんてやつだ、と批判してやりたいが、俺も人のことは言えないのでやめにする。


「エルグランド、入るぞ!」


 見張りの1人も立てずに寝ているエルグランド。


 寝相が悪いのか、布団から離れた場所に倒れるようにしていた。


 とりあえず耳元で叫ぶ。


「起きろ、色男!」


「ぎゃっ! な、なんですか!」


「おうおう、早く目ぇ覚ませ」


「な、なんですか。歩哨ほしょうが敵でも見つけましたか?」


「いいや、なんの報告もないと思うぜ」


「ではなんですか!」


「なんか嫌な予感がするからな、起こしたんだ」


「嫌な予感ですって? そんな不確かな理由で私の安眠を妨害して!」


「俺の勘を信じたくないならそれでも良いけどよ、どうなっても知らないぞ」


「遅きに失したくなければシンクの言うことを信じるべきだわ」


「むう……」


 エルグランドは少し悩んだ。しかし素直に頷く。


「分かりました。いますぐ準備にかかります。なにもなければ、そうですね……意地悪な軍事訓練だったということにでもしましょう」


「よしよし、即断即決。良い事だぞ、エルグラさん」


「貴方に褒められても嬉しくありませんよ」


 こいつめ、せっかく人が褒めてやったというのに。


 まあいい。


「エルグランド、あんたは軍を動かす準備をしておけ。俺はシャネルとあたりの偵察に出る」


「偵察ですか? なにか考えがあって?」


「考えってほどじゃない。ただシャネルがいる以上、団体行動ができないと思っただけだ」


「なるほど、そういうことですか。良いでしょう、そもそも貴方は軍隊の枠におさめにくい微妙な立場ですからね。好きに動いてください」


「ありがとう」


「ただし、条件があります」


「なんだ?」


 作戦の邪魔をするな、とかかかな?


「死なないでくださいよ」


 なにかの冗談かと思ったら、エルグランドは真面目に言っているようだった。


 だから俺も真面目に返す。


「死ぬわけねえだろ。そういうスキルもってんだから」


 そうですか、とエルグランドは笑った。


 お前も死ぬなよと俺は言っておく。


 伝えることは伝えたのでもう1度外に出る。


「他の人たちはまだ寝てるのかしら?」と、シャネル。


「たぶんね。こんな時間に起きてるのは物好きだけさ」


 それもいまに起こされることになるのだろうが。


 さて。俺たちはどうするべきか。


「シンク、私たちは自由にやっていいのよね?」


「そういうことらしいけど……」


 しかしまだ敵の姿は見えない。


 そもそも敵はこの場所に来るとは限らない。


 ノルマルディ地方にはたくさんの海岸がある。そのうちのいくつかが敵が上陸する可能性のある海岸らしい。どうも大軍勢というのはどこからでも現れるわけではなく、ある程度の広さのある海岸からしか上陸できないものだという。


 まあ、それは当たり前のことか。


 ここ、モン・サン=ミッシェルは敵の来る海岸ではないとされている。それでもエルグランドがここに布陣した理由は、この場所は2箇所の海岸に睨みを効かせられるからだ。


 左右の方向に敵が上陸する可能性のある海岸がある。


 さて、敵はどっちからくるだろうか。


「あらっ?」


「どうした、シャネル」


「……変な感じね」


「なにがだ」


「上の方にね、なんというか……魔力があるのよ」


「上の方?」


 意味が分からなかった。


 俺は真っ暗な闇夜を見上げた。


 そこらへんのテントからチカチカと明かりが灯りだす。どうやら連絡が行って、兵士たちが起き始めたようだ。


「おかしいわね……こんな魔力の量ありえないわ。というか誰も気づかないのかしら?」


「いや、というかその魔力の感知ってやつさ。シャネルしかできる人見たことないぞ」


「あら、たぶん皆できるわよ。魔法が使える人なら」


「皆って誰だよ」


「そりゃあ具体的な名前はちょっと出てこないけど。ああ、でもお兄ちゃんとかもできたわ」


「……そうですか」


 あの人もスペシャルな人だったからな。ココさんができたからと言って、誰でもできるというわけではないだろう。


「でもなんで上なのかしら……?」


「さぁ、なんでだろうな」


 その瞬間、俺は嫌な予感を抱く。


 ――なにかが落ちてくる!


 でもどこに!?


 ゴトリ、と音がした。


 背後からだ。


 恐る恐る振り返る。そこには、いままさに落下してきたのだろう。いままでも何度か見たことのある鎧を着込んだ魔族の兵隊が頭から埋まっているのだった。



昨日更新お休みしました、すいません

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