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469 切り札


 頭を抱えているエルグランドは、どうにもこうにも進退しんたいきわまるという表情をしていた。


「どうすればいいというのですか……」


「どうすりゃあ良いんだろうね」


 と俺は適当に言う。


 そしたら睨まれた。おー、怖い。これはあれだ、ギャンブルとかで負けが混んできた人の目だ。どうしようもなく、破れかぶれになる手前の人間の目。


「そもそも、貴方が! 貴方がルオからの援軍を呼べると豪語したのでしょうが! それがなんですか、ルオからは援軍を断られる!」


「それについてはすまなかったと思ってる」


 まさか断られるとは思わなかった。


 それに今でも……俺はもしかしたらティンバイが来てくれるのではないかと思っているのだ。


「エルグランド、あまり榎本さんを責めないであげてください。私たちだってルオには手伝いを頼みました。べつに榎本さんだけの責任ではありません」


「しかしガングー!」


「しかしではなくですね。ここに来て仲間割れは良くないですよ」


「……それは、分かりますが」


「そうだぞ、エルグラさん。ほら、庭の方にはみんな集まってるんじゃないか? ここはビシッと格好いい訓示くんじでもたれてやれ」


「腹のたつ言い方ですね。しかし間違ってはいません。行きますよ、エノモト・シンク。ガングーもお願いします、兵の士気を上げるようなことを」


「わ、分かっているよ」


 ガングー13世はまた緊張しているようだ。


 俺たちがいるのは宮殿の執務室。野郎3人で仲良く談笑――しているわけではない。


 いまからドレンス東部に兵が送られる。そのための送別をするのだ。


 けっきょく、攻めてくるグリースに抵抗するためにパリィから兵を送ることになった。そうすればさらにドレンスの兵力は減ることになり、負けも近づく。


 しかしそうしなければならないだけの理由もある。だってそうしなければ、グリースはどんどんパリィに向かって侵攻してくるのだから。


 苦肉の策。


 しかしその防衛戦に俺は行かない。エルグランドもだ。


 では、誰がその指揮を執るか――。


 フェルメーラだ。


「あの男ならなんとかこの状況でも持ちこたえることはできるでしょう……」


「特別部隊は全部出すんだよな?」


「そういうことになります」


「なら俺も行ったほうが良いんじゃないか?」


「いいえ。それはしません」


「どうしてだよ?」


 自慢じゃないが俺はパリィに残っていてもなにも役に立たない。足手まとい、とまでは言わないが暇をもてあますことになるだろう。


「先日、貴方からの報告にあった魔王軍の四天王――ベルファストと言いましたか?」


「ああ」


「私たちはそれを聞いて、思ったんだよ」と、ガングー13世が話を引き継ぐ。


「なにを?」


「榎本さん、貴方を切り札にしようと」


「切り札?」


「そうだよ。いざとなったら榎本さんにもう一度グリースに行ってもらう。そしてキミが魔王を討伐したまえ」


「おいおい……」


 けっきょくそうなるのかよ。


 いや、俺としてはどんな過程であろうと結果的に金山を殺せればそれで良いのだが。


 だが……そんな方法に頼らなければいけないほどドレンスは危機的状況とも考えられる。もちろん俺が失敗する可能性もあるのだし、そうなれば、戦争そのものに負けるのだろう。


 ――この戦争に。


 いざとなったらのときの切り札なんて言うけれど、そこまで責任重大なことはしたくない。


 本気かよ、と俺はエルグランドとガングー13世を見た。2人の目はあくまで真剣なもので。いざとなればというよりも、そういう可能性も高いと言っているようだった。


「負けそうだから相手の大将を潰して、はい終わりってどうなのそれ?」


「しかし有効な手段でもあります。普通は魔王の元まで単身たどり着くことなどできない。しかしエノモト・シンク。貴方はそれをやってのけた」


「ただ最後の最後で詰めを誤ったんだ、俺は」


 そういう意味では、この戦争が引き起こされたこと自体が俺の責任であるとも考えられる。


 いや、それは考えてはいけない。


 そんなことまえ俺は責任がとれない。俺は悪くない。


「次はできますよ」と、エルグランドは無責任に言う。


 俺はそのことに対して否定をすることはしなかった。


 なぜならそんなことをしても意味はないから。やれと言われれば俺は行くだろう、グリースに。だってこのまま戦い続けてもドレンスは負けるのだから。


 まさかドレンスに愛国心を持ったわけではない。


 俺はただ金山を殺せればそれで良いのだ。


「ドレンスの東はなんとか守れたとして、また南――つまりはテルロン方面を攻められたときはどうしましょうか。あそこに待機させている兵だけではどうにも防衛は難しい」


「そもそも相手……えーっと、つまりグリースの兵力ってあとどれくらい残ってるんだろうな」


 俺が聞くと、2人は顔をそむけた。


「まったくの不明です」とエルグランドはいまいましそうに言う。


「どうも攻勢の規模から見て、相手の兵力は少なそうという予想はたてているんだけど」


「ガングー、そういった希望的観測で相手を見るのはいけないとあれほど言ったでしょう」


「う……うむ。だけど魔族はそう数を作れないというのもまた本当のことだろう?」


「しかし1人の魔族がこちらの何人分もの戦力になることもまた事実で――」


 あー、話が長くなってきた。


 俺はどうでもいいよとかぶりを振る。だって最終的に全部倒してしまえばいいのだから。


 あるいは俺が金山を倒すか。


「榎本さん、しょうじき我々には手が残されていません」


「降伏もありえません」


「となると、徹底抗戦しかないわけだな。それが地獄みたいな本土防衛だとしても」


 俺は冗談のつもりで言うが、2人は笑わない。


 ただ頷いた。


 やれやれ。本気で言っているのだろうか。このまま戦争を続ければもっとたくさんの人が死ぬって言うのに。それは……嫌だよな。


 けっきょく会話に結論らしい結論もないまま、俺たちは執務室を出た。


 そして庭園の方へ行く。


 美しい庭園にはむさ苦しい兵隊たちが整列していた。


 俺はその整列に加わる。ガングー13世とエルグランドは出征しゅっせいする兵士たちに応援の言葉をやるのだが、俺はそんなことしない。


 それなのに前に立っていたら、なんだあいつと思われそうだったので、俺は兵士たちと一緒に並んだ。


「やあやあ、榎本くん」


 俺の横にはフェルメーラ。


「フェルメーラ……ごめんな」


 俺は思わず謝ってしまう。


 だって彼は俺のかわりに戦場に行くようなものなのだから。


「なんだい、やぶから棒に」


「いや、だってあんたも大変だろ」


「いいさ。どうせこれが仕事だ」


「革命はどうしたんだよ?」


 もともとフェルメーラはこのパリィで革命を起こそうとしていた。最終的になにを狙っていたのかは分からないが、おそらくガングー13世の政権に反対しての行動だったと思う。


「いまはそれどころじゃないだろ。革命ってのは国のためを思ってやるものさ。そりゃあその気になればこの国を転覆てんぷくさせることはできるかもしれない。それだけを目指すならばいまがチャンスさ」


「だろうね」


 どこもかしこも不満の火種はくすぶっている。


「けれど、その後がない。ならばさっさとこの戦争を終わらせるべきさ」


「なるほどね」


 フェルメーラにはフェルメーラなりの考えがあるということだ。それは矜持きょうじとも言える気高さだ。


「そこ、うるさいですよ! いまからガングーが喋ります、私語は慎みなさい!」


 フェルメーラがいきなり叫んでくる。俺たちはまるで学校の集会で怒られた生徒のようだ。俺は肩をすくめて笑い合う。なんだか懐かしい気もした。


 それから、ガングー13世の長い演説がはじまった。


 そのあとえエルグランドの演説。


 俺たちはずっとそれを黙って聞いていた。


 それが終われば兵士たちは戦場へと出発する。どうやら街の方ではお祭り騒ぎになっているらしい。凱旋パーティーがあるのだ、出撃パーティーもあるだろうさ。


 さて、いままさにエルグランドの演説が終わった。


「行くぞ、出陣だ!」


 と、フェルメーラがよく通る声で叫ぶ。


 今日はとうぜん酔っていない。


 俺は戦場に行く友人になにかを言おうとする。けれど何を言えばいいのか分からない。


 その前に――。


「行ってくるよ」と、フェルメーラが俺に言った。


 なにか言わなければ。


 頑張れよ、というのは違う気がした。


 だから俺はフェルメーラにこう言った。


「頼んだぞ」


 その言葉で、フェルメーラは「頼まれたよ」と力強く笑う。


 そして俺の戦友は、戦場へと向かった。


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