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467 突然の雨とルオからの返事


 また雨が降っているな、と俺はゴミゴミした――言い方が悪い――部屋から猫のひたいほどの庭を見た。


「それにしてもなあ……エルグラさんよ」


「その呼び方はやめなさいと言っているでしょう」


 俺はさきほどメイドさんから渡されたタオルで濡れた髪を拭いている。


「この雨ってのはいつまで降るんだろうな。雨季か、いまは?」


「雨季というまでではありませんが、まあ例年秋の訪れの頃は雨が多くなりますね」


「えっ、いま秋なのか?」


「まあ晩夏というところでしょう」


 そうか……そろそろ秋か。


 俺の誕生日は冬なので、もしかして俺もそろそろ19歳か? なんだろう、19歳という年齢には特別な雰囲気がある。ナインティーン。大人でも子供でもない、最後の時間。


「それにしてもシトシトと、陰鬱な雨だな。まるであんたみたいだ」


「貴方はわざわざ悪口を言いにこの屋敷に来たのですか?」


「いや、そんな暇じゃないよ。俺ちゃんも」


「ではなぜですか、いきなり来て」


「ただの雨宿りだよ」


 シャネルと遊びにでかけていて、いきなり雨に降られた。傘も持っていなかったので、近場に逃げ込むことにした。うまい具合にエルグランドの屋敷の近くだったのでお邪魔することにしたわけだ。


 ちなみにシャネルはいまごろフミナと遊んでいる。どうもエルグランドの部屋はセンスが独特すぎて入りたくないみたいだ。


 まあ、ここはいろいろな国の美術品みたいなもののチャンポンだからな。ヴェルサイユ宮殿はとてもお洒落で統一感もあるのだが、こっちはもう無茶苦茶だ。


「人の家を雨宿りになどつかって……」


「いいだろ。それよりエルグラさん、戦局はどうなってるんだ?」


「どう、とは?」


「ドレンスはいまどういう状況だ、勝ってるのか、負けてるのか?」


「勝ってはいません。しかし大敗もしていません。緩やかに局地戦で負けているという状況でしょうか。しかし問題も……」


「問題?」


「このままいけば我々は敵に対して打って出るタイミングがありません」


「打って出る?」


「我々――つまり私と貴方という意味ですが。またテルロンの時のように出撃する。それが我々ドレンスのとれる切り札です」


「ふむ」


 褒められているというよりも、おだててまた戦争に駆り出そうとしているように思える。


 警戒する俺。


「しかし切り札はそう安々ときるものではありません。ここぞというときに――しかしそのタイミングがつかめない」


「もたもたしている内に負けがこんで取り返せなくなる、と?」


「その通りです。現在、グリースはドレンス東部から、ここパリィを目指して進行を続けています。ただドレンスの東部は山々の多い堅牢な土地です。相手も攻めあぐねている状況でしょう」


「なるほどなー。にしても雨が酷いな」


「そうですね。どうせこの雨は夜中まで続きますよ。どうですか、エノモト・シンク。一杯飲んでいきますか?」


「そりゃあ良いけど……あんたこの前、大丈夫だったのか?」


「はて、なんのことでしょうか」


「この前の晩餐会だよ。しこたま飲んでただろ」


「さあ、まったく覚えていませんね」


「それ飲みすぎだよ」


「触れるな、と言っているのですよ」


「バカだなあ」


 まあ、人間酒での失敗なんて何度かするものだ。俺だって財布無くしたことあるしな。


 エルグランドが鈴を鳴らす。


 するとどうやって聞いていたのか、メイドさんが部屋に入ってきた。


「はい、ご主人様」


「ワインを、2人で飲みますので」


「かしこまりました」


 メイドさんはなかなかに美人だ。エルグランドの趣味だろうか?


 それにしても――


「エルグランド、ワインなの今日は?」


「良いのが入ったんですよ。1人で飲むのも寂しいものですからね」


「まあ、もらえるものはもらっておくよ」


 しばらくすると、また扉が開いた。


 今度はさっきと違うメイドさんだ。白い髪に、大きな胸。ちょっと勝ち気な意思の強そうな瞳……って、あれ? シャネルさん?


「どうぞ、シンク」


「あ、ありがとう。あの、なんでメイド服着てるの?」


 どういうわけかシャネルはエルグランドの屋敷に何人かいるメイドさんたちと同じ、メイド服を着ていた。メイドさんってのはいろいろな服があるけれど、ここで着ているのはクラシカルなビクトリア朝のメイド服。


 あまりコスプレっぽさのない仕事着だ。


「この服、可愛らしかったから1度着てみたかったの。どうかしら、似合う?」


「う、うん」


 とびきり似合っている。


 メイド服ってのはそもそも巨乳だとエロさが倍増するものだからな。ちなみに貧乳なら可愛さが倍増だ。つまり誰が着ても可愛い。


 それをもともと美しいシャネルが着るもんだから、もうすごいことになってる。


 俺は、好きだ、メイド服が。


 ゴスロリみたいなのはあんまり興味がないのだけど、メイド服は好きなんだよな。あんまり派手すぎる服は好きじゃないってことだね。


「私の分はどこですか?」


「えっ、貴方の分? そんなものないわよ。私はシンクのためにワインとコップを持ってきたの。じゃあシンク、ごゆっくり。私はフミナちゃんとファッションショーをやってるから」


 それだけ言って、シャネルは出ていった。


「なんなのですか、あの女は相変わらず」


「まあ、そういう子だから」


「貴方、あんな人とずっと一緒にいて疲れないのですか?」


「どうだろうな。相性はいいんだと思うよ」


 と、いうよりもシャネルが俺に合わせていてくれるのだろうか。


 まあいいや。


 しばらくするとまたメイドさんがグラスを持ってきた。すいません、と謝っている。「あの人が持っていくと言ったものですから……」シャネルさん、他の人に迷惑かけないでね。


「いいんですよ」


 エルグランドは笑って許す。


 とりあえず乾杯して、俺たちはワインを飲んだ。


 話す内容はいきおい、この戦争の話になる。それにこの前、ルオに送った手紙だ。


「そろそろ届いたかな」


「どうでしょうか。しかし前回あの国へ手紙を送ったときは、驚くほど返答が早かったのを覚えています。もっとも、その返答はつれないものでしたが」


「今度は大丈夫さ」


 ちなみに手紙は俺――というかシャネル――が書いたものと、ドレンスの国として誰か文官が書いたものが同封されていた。


 さすがに友達への手紙だけの気楽さで、一国を動かすことはできないというエルグランドの判断だ。ま、それには俺も賛成した。


 2通の手紙はいまごろルオの国で、ティンバイやスーアちゃんに読まれているだろうか?


 返信が待ち遠しい。


 久しぶりにあいつらに会えるかもしれないと、俺は少しだけワクワクしていた。


 そういう楽しみもあってワインは進む。2人ですぐに瓶をからにした。


 エルグランドが呼び鈴を鳴らすと、またシャネルが来た。


「はい、どうぞ。おかわりです」


「ありがとう」


「あんまり飲み過ぎちゃダメよ」


 そう言って出ていく。エルグランドはまるでいないかのような態度だ。まあエルグランドの方もそういう塩対応には慣れたのだろう。なにも気にしてなさそうだ。


 しばらくすると――。


 ドンドンドン。


 と、なにか叩くような音がした。


「雨だけじゃなくて風も強くなってきたようですね」と、エルグランドは言う。


 けれど俺は違うと思った。


 風の音ではない。


「いや、これ誰か来たんだぞ」


「誰がこんな雨の日に?」


「さあ、それは知らないけど」


 俺たちはいぶかしみながらも部屋を出た。こんな雨の日じゃ、泥棒も来ないと思うけど。


 玄関の方に行く。すでにメイドさんたちが来訪者を出迎えていた。


 兵士だ。


 俺の知り合いではない。年齢は俺と同じくらいで、まだ若そうだ。


「閣下!」


 と、兵士はエルグランドに叫ぶように言う。


「なんでしょうか?」


「ルオからの返答が来ました!」


「おお、そうですか。それでなんと?」


「返答――援軍の要請を拒否するということです!」


 その瞬間、稲光が。


 俺の目がくらむ。そして目の前が真っ暗になったような感覚が……。


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