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460 飲みすぎエルグランド


 なんでもいいけど、リーザーさんはかなりの長身だ。長身というよりも巨漢というべきか。


 半人というからには半分が人間でもう半分は他の生き物なのだろうけど、ドレンスではあまり見る存在ではないので物珍しくある。


 だからといって無遠慮に視線を向けるのはいかがなものか。


「自分でしたら1人でいきましたのに」


「いいんですよ。あそこの女子トークにはどうせ入れません」


「しかし自分といればいたずらに目立つことになりますよ」


「リーザーさんは身長が高いからな。俺もべつに小さい方じゃないけどさ」


 リーザーさんはなにか言おうとしたが、やめたようだ。かわりに目頭を抑えた。


「ありがとうございます」


「はて、なんで感謝されたのかな。おっ、あそこでワイン配ってるぞ」


「ですね。もらっていきましょう」


 メイドさんがワイングラスを渡してくれる。俺はいやいや、と首を横にふった。そして瓶ごともらっていく。


 えっ、という顔をされる。


「リーザーさん、コップもらって」


「いくつくらい必要でしょうか」


「シャネルは飲むかな?」


 分からない。


「人数分、5つもっていっておきますか」


 リーザーさんは両手の指の間に器用にワイングラスの脚を掴んだ。


 よしよし、これでアルコールを手に入れたぞと意気揚々とシャネルたちのいる壁の方へ戻ろうとする。


 しかし、呼び止められた。


「エノモト・シンク!」


 この微妙にイントネーションの違う榎本の呼び方。


 そうだね、エルグランドだね。


「なんだよ、エルグラさん。俺たちいまから楽しい飲み会を開催するんだから」


「なんですかそのワイン瓶は、恥ずかしい。フェルメーラのようなことをしないでください」


「うるさいなぁ。いきなり来たと思ったら文句かよ」


「文句ではありません。貴方を紹介したい人がいるのです、こちらに来てください」


「えー」


「えー、じゃありません。貴方はこの晩餐会を何だと思っているのですか」


「何って、美味しいものが食べられるパーティーでしょ?」


 あるいは可愛いメイドさんを見ることもできるよ。


「いいですか、このパーティーは我々主戦派が国内貴族に戦争継続を納得させるための大切な場なのですよ」


「分かった分かった」


 と、言いながらも俺はエルグランドを無視して壁際の方に行く。


 シャネルたちはまだ楽しそうにお喋りしている。なんだかワインを飲むって雰囲気じゃなさそう。


 俺はリーザーさんからワイングラスを2つ受け取り、1つをエルグランドに渡す。


「あ、どうも」


「とりあえず乾杯」


 俺たちはワインを飲む。なんだかんだでエルグランドも飲んだ。


「これを飲んだら行きますよ」


「はいはい」


 面倒なのでこのまま呑ませて酔い潰そう。


 ということでエルグランドのグラスがからになるたびにどんどんワインをついでやる。そうするうちにあら不思議、いつの間にかエルグランドの顔が真っ赤になった。


「こんなワイン程度では酔えませんね! ちょっとブランデーでももらってきます」


 なんだか爆弾発言をして、エルグランドはどこかへ行く。


「だ、大丈夫なのでしょうか?」と、リーザーさん。


「平気だよ、エルグランドもけっこうアルコールに強いから」


 でもいつもより酔いが回るのが早そうだ。疲れてるのだろうか?


「それでさ、リーザーさん」


「なんでしょうか榎本さん」


 俺たちはグラスに入れたワインを飲む。瓶の中はもうからっぽだ。


「実際、どうなの? この戦いは」


 俺はちょびりとワインを飲む。


「……はっきり言っても良いのですか?」


「どうぞ。どうもこの国にいるといま現在自分たちが置かれている状況ってのが分からないんだ」


 新聞は大勝、圧勝、完勝だと毎日のように報じている。


 ということは俺の知らないところで戦いはおこっているのだろうか?


「はっきり言ってまずい状況ですね。テルロンは榎本さんたちの活躍でなんとか持ちこたえましたが、その後もじわじわと領土がとられております」


「そうなのか!?」


 それは知らなかった。


 ますますパーティーなんてしている場合ではないんじゃないか?


「とくに東からの進行が怖いですね。ドレンス本国にはまだ敵は入ってきておりませんが、ポーレットはすでにグリースに降伏しておりますので」


「ポーレット?」


 おそらく、そういう国があるのだろう。


 というか降伏してるのか。つまり金山の世界征服は順調に進んでいる。


「エルグランド氏は大急ぎで兵を集めているようですが、思ったよりも徴兵は進んでいないようですね。ここだけの話――」


「うんうん」


 俺ちゃん、ここだけの話とか大好き。


「あまりに国民に対して嘘をつきすぎております。地方の人間は報道が嘘であると知っております」


「だろうね」


 よく革命とか暴動とかおこらないもんだ。そういう国でしょ、ドレンスって。


「逆に中央の人間は自分たちが勝っていると思っています。そのため、わざわざ自分が戦場に行かなくてもと思っているのです」


「なるほどね」


「本当は、国民の方から願って徴兵に参加する程の世論感情があればいいのですが」


「俺、ちょっと思ったんだけどさ。やる気のあった人間はすでに兵隊になってるんじゃないかな?」


「そういう可能性もありますね」


 なんにせよ新しく兵隊を増やすというのは難しいのかもしれない。


 だからエルグランドはまた他国に力を借りようとしているわけだ。


 エルグランドはしばらくして帰ってきた。その手にはなんだか高そうな瓶が持たれていた。茶色い液体が入っている。まさかお茶ではあるまい。


「さあ、持ってきましたよ。続きといきましょう」


「いや、まあ俺はいいけどさ……」


 なんか目がすわってきてないか? エルグランドの。


 エルグランドはその液体をワイングラスに入れる。水や氷で割ろうとしない。俺たちの分もストレートだ。


 えらく上機嫌でエルグランドが乾杯を言う。


 俺たちはグラスをぶつけ合う。


 見ればシャネルたちはなんだか美味しそうなケーキを食べていた。女の子はみんなケーキが好っていうのは偏見だろうか?


「リーザー殿、本日は来ていただきありがとうございます」


 エルグランドはいまさらながら挨拶する。


「いえ。こちらこそお招きいただきありがとうございます」


「アメリア軍のみなさんがドレンス南方ににらみをきかせてくれているおかげで、我々としても助かっておりますよ」


「いえ、そのようなことはありますまい。ドレンス海軍の足を引っ張らないだけでこちらとしては精一杯ですよ」


 なんでもいいけど、ドレンスには海軍もあるのか。俺は見たことないな


 エルグランドは強いアルコールをごくごくと飲む。まるでビールかなにかのように。見ているこっちが心配になるのだが――。


「エノモト・シンク。貴方も飲みなさい」


 なんかうざい絡み方をしてくる。


 やめろ、肩を叩くな。


 いちおうはエルグランドはそれなりに偉い人だ。壁際にいたって話しかけてくる人もいる。


「エルグランド閣下」


 と、貴族の男がエルグランドを呼ぶ。


 閣下と呼ばれたエルグランドはバカに上機嫌だ。


「ああ、元気そうですね。こちらの彼はエノモト・シンクです」


「どうも」


 なんか俺も紹介されてしまった。


「そしてこちらがアメリア軍のリーザー殿です」


 リーザーさんはにこやかに挨拶するが、相手の貴族の男は顔をしかめた。


 エルグランドはそれにまったく気づかず話を続ける。


 なんだかいかにも友達を紹介するみたいで。もしかしたらエルグランドのやつ、半人差別をやめたのかな? それはいいことだ。


 それからも何人かエルグランドに話しかけてくる人はいたが、エルグランドはむしろアルコールを飲むことに夢中みたいで。


 最終的にぐでんぐでんになってしまった。


「えっ? お兄様?」


 これに驚いたのはフミナだ。


「どうした?」


 と、エルグランドはふらふらになりながら言う。


「あ、いえ……その……そうとう酔っているみたいなので」


「私は酔ってなどいません! エノモト・シンク! まだ飲みますよ!」


「いや、辞めとけよ」


 俺はそう言ってエルグランドの頭を叩く。するとエルグランドはばたりと倒れた。


「あらシンク、殺しちゃったの?」


 と、地味にエルグランドのことが嫌いなシャネルはとんでもないことを言う。


「違うよ! ただちょっと小突いたら倒れたの!」


「なんだよそいつ、酔っぱらっちまったのか?」


 と、ローマがエルグランドの顔を覗き込む。


「大丈夫ですか?」と、ミラノちゃん。


 じつは晩餐会が始まってからまだそう時間はたっていない。1時間と少しくらいだ。エルグランドのやつ、そうとうなハイペースで飲んでいたのだ。


「お兄様をどこかほかの部屋につれて行く……」


 フミナは少し困ったように言う。


「自分が手伝いますよ」と、リーザーさん。


 しかしフミナはいま初めて会うリーザーさんを警戒しているようだ。なのですかさず「俺もついていくよ」と言う。


 エルグランドを運ぶのはリーザーさんに任せるとして、俺もいた方が安心だろう。


 リーザーさんがエルグランドをかつぐ。


 エルグランドはその手からアルコールの入ったグラスを落とした。それが床に落ちて割れる前に、俊敏しゅんびんなローマがひろった。


「なんだよこいつ、偉そうなくせにだらしないな」


「疲れてるんだよ、いつもはもっとちゃんとしたやつだ」


 いちおうフォローしておいた。


 べつにエルグランドをかばう必要もないけどな。


 ただまあ、こいつも色々と大変なのだろう。だからいまだけは、ゆっくり眠ると良いさ。


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