458 ルオへのチャンネル
俺の言葉に会議場の人たちは一瞬、黙った。
なにを言っているのかわからないとそういう感じだ。
ガングー13世は目を白黒させて俺を見ている。
――滑ったか?
時間が引き伸ばされたかのような感覚。1秒が10秒にも100秒にも感じられる。
ここで日和ってしまっては台無しだ。俺はいかにも大物ぶってその場に仁王立ちする。
逃げたい。
そういう感情はある。
けれどガングー13世だって逃げていないのだ。満を持して出てきたのだ、ここで逃げれば男がすたるというもの。
「ルオへのチャンネルを、やってくれるのですか榎本さん?」
「もちろん」
「し、しかし外交をやってくれるといっても――」
まあいきなり言っても信用もクソもないだろうな。ただこれを説明するにはかなりの時間がかかる。だから簡潔に言う。
「俺はあの国の総大将と義兄弟だ」
義兄弟、という言葉の意味が理解してもらえるのか分からなかった。
「義兄弟、ですか?」
「ああ。だから信用してくれ」
ガングー13世は納得した、というふうに頷いてくれた。
しかし他のやつらは――。
「誰だお前は!」
「無礼だぞ!」
「野蛮人が!」
もうそりゃあ好き勝手に言ってくれちゃって。あんまり言うと俺ちゃん泣いちゃうぞ。
なにか言い返してやりたいと思うのだが、なにも言えない。なのでそれっぽく笑ってやる。こうやって笑っておけば底知れない男っぽい演出ができると思ったのだ。
いきなり壇上に上がってきた俺に対して、強制的に退場させようと2人の男たちが席を立ち、向かってきた。
この国の貴族っていうのは喧嘩っ早いやつばかりか?
本当は貴族様なんて殴りたくない。とはいえ対処するしかない。2人が向かってきたといっても連携のある同時攻撃ではなく、それぞれが激昂して向かってくるだけだ。 つまり――。
「1対1の延長ってことだな」
右からくる1人がストレートで殴ってくる。それに対してクロスカウンター気味に顎を打ち抜く。良いのが入った。貴族の男はその場にのびてしまう。
『武芸百般EX』のスキルをなくしたって、これくらいのことはできる。いままでどれだけ命をかけて戦ってきたと思うのだ。
もう1人は左から。
でもこっちは前の1人が倒されたのを見て、足が動かなくなる。臆したようだ。
「べつに向かってこなきゃ、こっちだって痛いことはしないぞ」
俺は構えもとらない。戦う意思はない、とそう示した。
そうすると、貴族の男はやりかたを口撃に切り替えたようだ。
「お、お前は何者だ!」
「榎本シンク」
名前を言ってみる。
何者だと聞かれてそう簡単に答えることはできない。そもそも自分でも自分が何者であるのかというのが分からないのだから。
俺たちは何者であるのか。どこから来たのか。どこへ行くのか。
昔シャネルと一緒に見た絵画のことが思い出された。
「この場は神聖な場所だぞ! ドレンスの政策を決める由緒正しい国民議会である!」
「神聖っていうけどよ、あんたらの神様は誰だよ?」
意味が分からない、って顔をされる。
「おおかたディアタナとかいう女神様だろ? その女神様はイジメを良しとするのかい?」
それなら復讐を手伝ってくれるアイラルンのほうがマシってもんだ。あいつが女神であるのか邪神であるのかはこのさいどうでもいい。
というか、ちょっと気になった。
国民議会って言ったか? こんなあからさまの貴族院みたいなものが国民議会?
どこに国民の意思があるというのだろうか。分からない……おおかた初代ガングー関係の伝統というやつだろうな、またしても。
「お前のようなわけの分からないやつが勝手に入ってきてもいい場所じゃない!」
「うるせえ! ならこんなくだらねイジメみたいなことすんな!」
相手は俺の勢いに呑まれたのだろう。言葉につまる。
誰も文句を言わなくなった。だってそうだろう、いきなり現れた意味のわからない男。しかもその男が喉から手が出るほどほしかったルオとの外交ルートを持っていると言い切ったのだ。
この話、飛びついて良いのかすら判断できないはずだ。
しかしこの会議にいるのは大半がなんだかんだと言って戦争には賛成なのだ。
誰もが黙った。
その瞬間に、よく通る声が会議場に響く。
「その方はエノモト・シンク! Sランク冒険者にしてこの私、エルグランドの戦友。ドレンス陸軍の軍事顧問です!」
エルグランドがここぞという瞬間に声を上げた。
雰囲気が変わった、と思った。
これにより誰だか分からない男が一転して信頼を得た。そういう気がした。
「エノモト・シンク……」
「あの男が?」
「冒険者のエノモトといえば、単身グリースに攻め入った?」
おや?
もしかして俺のこと知ってるのかな。
有名人? あはは、照れるなあ。
いや、そんなことに喜んでる場合じゃなくてさ。
「なら、大丈夫か?」
「いや、あの男がルオにルートがあると思えないが……」
「任せてみるのもありかもしれません。あのエルグランドも認めているようですし」
なんだかんだと、好意的な雰囲気になってきた。
エルグランドが壇上に来る。こいつ、自分が一番格好よく登場できる場を待っていたんじゃないだろうな。
なんだか俺はうまいこと使われた気がする。
ま、いいか。
「我々は勝ちますよ、この戦い。ルオからの協力を得られます! それはガングーの下でのみできる作戦だと理解してください。彼、エノモト・シンクはガングーの友人です!」
まあ、それでもいいけどね。
いや、やっぱりダシに使われている気が……。
俺は壇上のガングー13世と握手した。見せつけるように。
「なあ、エルグランドっていつもこうなの?」
と、小声できく。
「こう、とは?」
「自分が前に出ればいいのに、後ろで色々やってる。卑怯なやつ」
「ははは、私たちを持ち上げてくれるのさ」
なるほどね。神輿は軽いほうが良いってことか。
でもまあ、エルグランドの言う通りに動いてやるよ。やらなくちゃいけないことならばやる、そう決めたのだから。




