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457 至誠にもとるなかりしか


 ガングー13世が登壇にしたとたん、大ブーイングが始まった。


 それはまさしく罵詈雑言の嵐だ。


「おいおい、いちおうガングーさんって執政官なんだろ? あんなふうに悪口言っても良いのかよ」


「ここは会議の場ですので。ある程度の発言は許容されます」


「でもさぁ……」


 引っ込めだとか、金食い虫だとかはまだしも、さっさと退陣しろっていうのは酷いんじゃないか?


 あ、いま誰かが死ねって言ったぞ。


 ダメなんだよ、人に死ねなんて言ったら。


 ガングー13世を擁護する方も声をあげだして、もう会議は無茶苦茶だ。


 さすがに許すことができなくなったのだろう、最初に開始の宣言をした議長が叫ぶように言った。


「静粛に! 静粛に!」


 おー、あれ本当に言うんだ。


 なんか裁判官とかがよく言うイメージだけど。あのカンカンって叩く小さなハンマーみたいなものはないな。


 さすがに怒られて、みんな静かになった。


 これでやっとガングー13世も発言できるだろう。


「えー、ごほん」


 咳をするガングー13世。


 なんだか雰囲気が少しだけ違うように思えた。本番に強い、というエルグランドの言葉が思い出された。


「まず、この戦争の趨勢すうせいでありますが――はっきり言います。私たちは現在、世間一般で言われているような圧勝をしているわけではない」


 ガングー13世の言葉に、会議場にいた人間たちがざわつく。


 俺はそのざわつきに、むしろ驚いてしまう。


「なんだよ、ここにいる人たちも新聞に書かれてるようなことが嘘だって知らないのか?」


「もちろん知っている者もいます」と、エルグランド。「しかし、彼らは貴族です。貴族が戦争のことなどを知る必要はないと考える者も多いです」


「なんだそれ」


「戦いは軍人のやること、とそう思っているのでしょうね」


 なんだそれ、と思いながらも俺はガングー13世の言葉の続きを聞く。


「しかし、このまま勝てない。我々にはいま現在、兵力がない!」


 自らの急所でもあるところを堂々と言ってのける。


 なるほど、こうして見ればガングー13世という人間は世紀の大人物にも見える。あのガングーの子孫だと言われても納得だ。


 しかし――。


「かなり緊張してるな」


 と、俺は言う。


「どうして分かります?」


「勘だけどね。しいていうならまばたきの回数がいつもより多いかな」


「よく見ておりますね。それを他人に察することができないようにしているつもりなのですがね」


「いや、たぶん俺じゃなくちゃ分からないよ」


 基本的には勘で言ってる部分が多いからな。


 それに、俺はさっきまでこの会議に出るのを嫌がっているガングー13世を見ていたんだ。この状況でも、内心は逃げ出したはずだというのを知っていた。


「兵がいないのに戦争ができるのか!」


「金もないぞ!」


「そんな状況で勝てるのか!」


 もっともなヤジがとぶ。


 ガングー13世はそれをいなすように目を閉じて聞いてから、ゆっくりと語り始めた。


「このままでは勝てません」


 なら辞めちまえ!


 と、誰かが言う。


 ガングー13世の顔色が変わる。少しだけ青白くなる。けれど誰も気づかないだろう。


「ですので、我々は兵を増やす必要がある。ついては追加の徴兵を行うことと――」


「これ以上国民に負担をしいるか、ガングー!」


 ガングー13世は唇を噛む。怒りだろうか、あるいは雰囲気に呑まれている?


 まずいな、と思った。


 なにを言ってもガングー13世の発言を否定する流れができている。


 それからもガングー13世は戦争継続の意思を示すが、そのたびにヤジがとぶ。それらのヤジはむしろ戦争云々とは関係ない部分に対してものだった。


 ガングー13世に対する個人攻撃になっている。


「おい、エルグランド!」


 前の方の席がうるさいので、俺は大声をだす。


「なんですか」


「お前もなんか言ってやれよ! ヤジじゃなくてもさ、ガングーさんを擁護するような発言を!」


「私が言っても意味はありませんよ。私が言っても、お友達の仲良しこよしでしかありません。この会議の雰囲気はすでに決しております」


「そんな!」


 エルグランドを見れば、彼もまた悔しそうな顔をしていた。


「どうにもならないのか?」


「……無理でしょうね。まさかガングー反対派の結束がこんなに固いとは思いませんでした。やつら、もしかしたら前もって計画をたてていたのでしょうか」


「むしろこっちは計画してなかったのかよ!」


 まさかぶつけ本番でガングー13世は発言しているのか?


「質疑応答の準備くらいはしていましたが――」


 まわりからのブーイングがさらにひどくなる。今度は議長も止めない。それでもガングー13世は発言を続けた。


「この戦い、すでに我々ドレンスとグリースだけのものではなくなっており、そのためドレンスは各国への協力要請をして――」


「それで来てくれたのはアメリアの艦隊が少しだけだろうが! 他に断られた。そんなことも覚えていないのかアンポンタン!」


 ヤジ。


 ヤジ。


 ヤジ。


「バカバカしい」


 腹がたってきた。


「どうしました?」


 エルグランドは俺の雰囲気に気付いたのだろう。心配しているようだ。


「なんだよこれ」


「なに、とは? ただ会議ですが」


「いいや、違うね。これはイジメだ」


 寄ってたかったて。ガングー13世を批判している。


 酷いとは思わないのか、お前たちは。可哀想だとは。


 こんなふうに発言をすべて否定するなんて。人間をすべて否定することと同じだ。


 俺は思わず立ち上がる。


 自分になにかができるわけではない。けれどなにかをしようと思った。


「落ち着きなさい、エノモト・シンク」


「俺は冷静さ」


 怒って激高することも、逆に冷静になることもある。怒りというのは不思議だ。


「ならばせめて武器は置いていきなさい。ここで武器を抜けば問答無用で死刑ですよ」


 え、止めるんじゃないの?


 むしろ推奨してる?


 あるいはエルグランドは俺がこの場の雰囲気をかえることを期待しているのかもしれない。


 段と段の間にある柵を見る。


 その気になれば簡単に飛び越えることができる、俺の腰くらいの高さまでの柵だ。


 刀を腰からはずし、モーゼルを懐から出す。それをそっと置く。


「見逃せないよな、見逃したくない」


 イジメなんて大嫌いだ。


 ガングー13世はそれでも壇上で発言している。強い人だな、と思った。俺だってらあんなに否定されたら逃げるだろう。


 逃げることは悪いことじゃない。


 無理をして戦うことが必ずしも正しいことではない。


 ただ、自分が逃げないことを正しいと思っているならば、それは強さであり正義である。その正義を俺は尊重するだろう。


「我々は各国に支援の要請をします。とくに大国たるルオには今一度の協力要請を送るつもりであります。グリースからの驚異はいま現在、世界中で手を結ぶことでしか対処できないことであると――」


「一度断られた相手に!」


「そもそもルオ相手に交渉のチャンネルがない! あの国はすでに前までのルオとは違うぞ!」


 わちゃわちゃと、叫んでいる男たち。


 おそらくこの雰囲気ならば、浮動票もガングー13世の退陣を支持するはずだ。


 イジメの結果、追い出される。


 俺はかつての自分を、壇上のガングー13世にダブらせる。俺だって昔は頑張ったんだよ、いちおう。


 でも、そのときは誰も助けてくれなかった。手を貸してくれなかった。


「それでも誠意を持って頼めば、協力をしてくれるかもしれない。兵の派遣だって――」


「そのための交渉を誰がやるというんだ、夢みたいなことばかり!」


 それを言ったのは、先程戦争賛成派でありまがらガングー13世個人には反対していた男だ。


 その男は立ち上がり、柵を越えようとする。いまにもガングー13世につかみかかっていきそうな勢いだ。


 だが運動不足なのか、もたついている。


 その間に、俺は軽やかに柵を越えた。


 俺とエルグランドが座っていたのは後ろの方の席で、立ち上がった男がいたのは前の方の席。前にばかりみんなの視線が行って、俺は目立たなかった。


 男がなんとか柵を乗り越えて、ガングー13世のすぐ近くまで迫った。


「ちょっとごめんよ、どいてくれよ」


 俺はどんどん柵を越えて、男の後ろに到達した。男は俺に気付いていないようだった。


 ガングー13世に殴りかかろうとする男。


「誰もお前のことなんて助けてくれないんだぞ!」


 そう叫んで、拳を振り上げた。


 ガングー13世はずっとその男ではなく、俺を見ていた。驚いた目で、俺を。


 助けてくれるのかい、と目が語っている。


 俺は男の拳を後ろから掴んだ。


「いいや、助ける人間ならここにいるさ」


 俺は男の手を掴み、そのまま捻り上げる。男の体勢が崩れたところで、足をはらってその場に倒した。


「ぎゃっ!」


 会議場にいる全員の目が俺、榎本シンクに向く。


 その場で俺は宣言した。


「ルオへのチャンネルだったか? この俺がやってやる!」


 言い切った。


 こうして俺は間違いなく主戦派の一員として、この場に立ったのだ。


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