456 発言者たち
メガネをかけたヒゲの男は、壇上でしきりに現在の財政問題のことを語っている。
どうやらドレンスの財政の大半は現在、戦争費用に当てられているらしい。もともとドレンスはガングー13世のおこなった技術革命により豊かな財源をもっていた。
しかし、それで稼いだお金は底を尽きようとしている。
稼いだのもガングー13世ならば、浪費したのもガングー13世。
いい加減、この特別扱いをやめて違う人間を執政官にするべきだと言っている。
「うーん、あのヒゲ。どこかで見たことがある気がするぞ。どこだったかな?」
細い三日月みたいなヒゲが鼻の下から生えている。∀ガ○ダムみたいだ。でも違う、もっと偉人みたいな。
「なにがですか?」
「あのヒゲだよ、ヒゲ」
「カイゼル髭ですか?」
「そんな名前なの!?」
はじめて知ったぞ。なんて強そうな名前。
ヒゲの左右がぴょんとジャンプしているようなヒゲ。
「とはいえあれは細すぎますがね。センスがない」
エルグランドはコケにするように言う。
ちなみにエルグランドはヒゲをたくわえていない。それどころか顔面にはムダ毛どころが産毛の1本すらないように見えた。脱毛でもしてるのかしらん?
カイゼル髭の男は発言をしながらヒゲの先っぽの部分を触る。その瞬間、ピンときた。ああ、あれはダリだ。スペインの画家、サルバドール・ダリに似ているのだ。
なるほどなるほど。
思い出してすっきりした気分になった。
カイゼル髭の男は必死でガングー13世を批判している。どんどん怒り出して、とうとう目の前の台を叩く。それに呼応するように「そうだそうだ!」と声があがる。見れば頷いている人もいる。なんだかガングー13世の旗色が悪そうに見えた。
「私が心配しているのは戦争の後です! 勝つにしろ負けるにしろ、終戦後に財政支出がもとの状態に戻る保証はない! このまま最悪の高いあたいを維持するのではないでしょうか!」
とうとう拍手までおこってしまう。
これはエルグランドが言っていた心配が、的中したのではないだろうか。
半分くらいの人が壇上の男の意見に賛同しているように思えた。
「バカバカしい。戦後のことですって? それはたしかに大事ですが、いまはそんなことを議論している場合ではない。まずは目の前の敵を倒すことを考えるべきだ」
エルグランドが忌々しそうに言う。
「あんたもヤジをとばしたらどうだ?」
それなりに通る美声をしている男だ、ヤジをとばせば目立つだろう。
「いま飛ばしても品の無さをさらすだけです。もっと意味のある場面ならば私だって声をあげますよ」
「そうですかい」
そんなノンキで良いのかな。みたところ、いますぐに裁決をとればガングー13世は執政官の地位を降ろされそうなくらいだ。
カイゼル髭の男は満足そうに壇上をおりた。どうやらかなりの手応えを感じたらしい。
次に壇上に上がった男も、どうやらガングー13世が執政官であることに反対しているらしい。しかしこちらは戦争継続には賛成のようだ。
「この戦争をいまやめることはできません! そうなれば我々の国ドレンスはグリースに蹂躙されてしまう!」
身振り手振りでいかにグリースという国が野蛮かを語る男。まるで見てきたかのようだ。
戦場についても語っている――我々は勝ったのだ――と。
しかし俺はテルロンで壇上に立つ男の姿を見ていない。そういう意味では隣にいるエルグランドは最前線で戦っただけ、まだマシに思えた。
「なあ、戦友よ」と、俺はエルグランドに言う。
「なんですか」
「ドレンスの人間ってのはどうしてみんなこう、自分たちが戦争に強いと思ってるんだろうね」
「初代ガングーの大陸軍が強かったからでしょうね」
「またそれかよ」
いいかげん、ガングーのことは忘れたらどうだろうか。
壇上の男の発言内容をまとめてみる。
我々ドレンスは強い。だからこの戦争には勝てる。勝てる戦争をこちらから終わらせるのはバカである。財政については勝った後に考えればいい、グリースから賠償金をせしめてもいい。
とまあ、そんな感じ。
現地で戦う兵隊のことはまったく考えていなさそうだ。
次に壇上に上がった人は主戦派。というかガングー13世の賛成派というべきか。
その人はとにかくガングー13世のこれまでの功績を並べる。だから彼こそが我々のリーダーにふさわしいのだと。
まあ、そんなことを言われてその通りだねとなるのは元々ガングー13世に賛成していた人だけだ。
他の人たちの心を動かすには、少しばかり理由が足りない。
「大丈夫かな」
と、俺は思わず言ってしまう。
「なに。もとより今日とる決議はガングーの退陣ではなく、戦争継続のためのものです」
そうなのか。
継続だけならば、まあいちおう決まっているようなものか。反対派もいるにはいるが、その数は少ないようだし。
いやいや、なんで俺ちゃん戦争が続くことに喜んでるんだ。俺はむしろ反対派だったのに。
まあ、戦うしかないから戦うと決めたのだが……。
どうやら次の人が最後の発言者らしい。それは当然のようにガングー13世だ。
「ここで巻き返せるかな?」
俺はちょっと不安になってエルグランドに聞く。
「こればっかりはガングーを信じるしかありません」
俺はいつの間にかガングー13世を応援していた。
判官贔屓というやつだ、負けているほうをつい応援したくなる。なんなら手助けだってしてやりたくなる。
もしかしたら、こういうところが俺が優しいと言われる理由かもしれない。
ガングーは壇上で咳払いをひとつ。
頑張れ、と俺は心の中で応援する。




