448 ユニコーンを探しましょう
帰って来て、パンを食べて、そのあと午後まで寝ていた。
二日酔い一歩手前だったのが、午後まで惰眠をむさぼることによりなんとか普通の状態に回復した。いやな1日の始まりだった。
起きたら風が強くて、窓を塞ぐ木板がガタガタと揺れていた。
「さて、シンク」
起きた俺に、シャネルは声をかけてくる。
「どうした?」
「今日はこれから、ユニコーンを探しに行こうと思うの」
なにを言ってんだ、この女。
そう思った。
けれど俺はシャネルの言葉を否定することはせずに「それは良い考えだね」と優しく言った。
だってそうだろう。
俺は朝帰りしてきて、しかも財布をなくしているのだ。文句を言える立場ではない。
ただ言わせてほしいのが、なにもこんな日に行かなくても良いじゃないかということ。
窓をいつもは使わない木板でおおっているということは、外の風がそうとう強いということだ。なんだかドラゴンの吐息のような轟々という音が聞こえてきている。
朝は大丈夫だったのに、寝ている間に天気が急変したのだ。
もしかしたら風だけではなく雨も振っているかもしれない……。
「こっちは準備できてるわよ」
「うん」
シャネルは驚くほどに質素な服を着ていた。
キミ、そんな服持ってたの? と聞きたくなるほど普通の服。
いかにも町娘的だ。
いわゆるワンピース? 上下が1つになっていて。ウエストの部分が紐できつく結ばれており、細いくびれが作り出されている。
そのせいもあって、胸が異常なまでに強調されているように感じられた。
「あんまり見ないでくださいな。可愛くないでしょ、この服」
「いや、そんなことないぞ」
そもそも素材が良いからな、シャネルが着ればなんでも可愛いのだ。
「本当に?」
「いや、本当に可愛いぞ」
「本当に本当に?」
「ああ、間違いないね。たぶんあれだな、服の方も頑張って可愛なろうとしてるんだよ、シャネルがあんまり可愛いから」
自分でもなにを言っているのか分からないが、とりあえず言っておく。
起き抜けなので恥ずかしいセリフもすらすらと出た。
なんだかバカップルみたいな会話だが……。
「ふうん、こんな服でも可愛いんだ。ならいつも頑張ってお洒落してるのがバカみたいね」
うんっ?
あっ!
もしかしてっ、俺っ、間違えたのかっ!
ひっかけ問題じゃないか、褒めたのに機嫌が悪くなるなんて!
「いや、あの、シャネルさん。違うんだよ、もちろんいつもの服もとっても可愛いし、美しいし、最高なんだけど。ただほら、馬子にも衣装って言葉があるだろう?」
「それ、衣装さえ良ければ誰だって良く見えるって意味の言葉よ」
うぐっ!
言葉の選択を間違えた。ここで学がないのが仇になった。だって俺ちゃん高校にだってほとんど行ってないんだもん!
「シャネル、俺はべつにキミのことが可愛くないって言ってるわけじゃなくてだね――」
「まあ、分かるけどね。ただ私はちょっとショックだったのでした、という話」
「ごめんなさい」
「ま、許してあげるわ。貴方も悪気はない。そうよね?」
いやはや、女の子とは不思議なものだ。少し言葉を間違えるだけでこれだからね。童貞には女の子とのコミュニケーションなんて無理。
あーあ、ギャルゲーみたいな楽さで高感度あがらねえかなぁー。
いや、シャネルの好感度はこっちが怖いくらい高いのだけどね。
なんとか沈み込んだ空気を浮き上がらせるために、俺はわざとらしく楽しげな声をだす。
「と、とにかく外に行こうぜ! ユニコーンだろうがペガサスだろうが見つけてやるよ!」
「べつにペガサスなんて見つけなくても良いけどね」
というわけで元気よく外へ!
行ったのだが、思ったよりも天気が悪かった。
横殴りの雨が降っていた。
「シンク、傘くらい持っていきましょうよ」と、シャネルが言う。
「お、おう」
いや、傘を持つくらいなら外にでるのやめない?
俺はそう思うのだが、どうもシャネルはユニコーン捜索にかなりのバイタリティを示しているようだ。なにがそこまで彼女を駆り立てるのか。
いや、俺も宮殿の森を見たときそんな軽口をたたいたけどさ、あれはあくまで冗談だ。
「とりあえず大通りまで行って馬車を拾いましょうか」
シャネルはいつの間に傘など用意したのか、大きなコウモリ傘を渡してくる。
ありがとう、と受け取ったけどシャネルはいっこうに自分の分の傘を開こうとしない。
というか、持ってない?
「さしてくださいな」
「なるほど」
すぐに察する。
つまり傘はこれ1つなわけだ。
仲良く相合い傘をして行きましょうということだな。
俺としても望むところだが、少し恥ずかしくもある。なんかいかにもリア充っぽいよね、相合い傘。あとは自転車の2人乗りとか、夜中に異性とする通話とか。
ここらへんは学生時代にしておきたいけど、できるのは限られた一部のエリートだけというね。俺はもちろんそんな経験なかった。
けどいま、こうしてやっているわけだ。
さっきまで嫌でしかたのなかった雨も、こうなってくれば嬉しいものだ。
「いやぁ、雨というのもたまには良いね」
「そうね」
「こうして2人で歩いていると、なんだか楽しいなあ」
「そうね」
なんでもいいけど、俺の方だけすげえ濡れてる気がするぞ。
いや、濡れてるね間違いなく。
そりゃあ俺は男だから、傘はシャネルの方に傾けるさ。彼女を濡らさないのも、男の仕事だって。
「シンク、もう少しこっちに寄ったら?」
「いいよ、べつに」
「でも肩が濡れてるでしょ?」
「まあね」
でもほら、これ以上近づいたら俺も緊張しちゃうし。肩が触れ合うような位置ですら恥ずかしいんだ、それこそお肌が接触したら……。
ここは精神衛生上もシャネルから少し離れるのが得策だろう。
雨に濡れたまま大通りへ。
さすがに天気が悪すぎるせいだろうか、通りに人は少ない。朝はこんなことなかったのだが、いつの間にこんなに雨風が強くなったのだろうか。
もしあのまま路地裏で酔いつぶれて寝ていたら、確実に風邪をひいていただろう。
「馬車、あるかしら?」
風の音が強すぎてシャネルの声がよく聞こえない。けど俺は耳がいいので、なんとでもなる。
「あると良いな」
たぶん俺だけだと絶対に馬車なんて見つからなかっただろう。
なにせ俺は運のない男だ。
けれど俺の隣にいるシャネルは『幸運』のスキルを持っている。
つまり――。
俺たちの前から馬車が走ってきた。流しの馬車だ。
シャネルが手を挙げると、馬車は俺たちの前で止まってくれた。
御者の男はずぶ濡れの俺を見て一瞬だけ嫌そうな顔をしたが、そこは客商売。すぐに営業スマイルを浮かべた。
「どこまでですか?」
「宮殿まで行ってちょうだい」
「承知しました。それにしてもすごい雨ですね」
男は雨具をつけていた。カッパだ、そういうのもあるんだなと思った。
「こんな日でも仕事してるんですか?」と、俺は聞いてみた。
「お客様がいますのでね」
プロだなあ、と俺は思った。
みんな自分の仕事をやっている、偉い。それに比べて俺は……ま、いいんだけどね。
馬車に乗り込む。シャネルは着ているスカートの裾を気にしていた。雨で濡れたようだ。
「大丈夫か?」
「少し乾かしたいけど」そう言って、杖を取り出す。「加減、できるかしら」
「やめときなよ」と、慌てて止める。
そういう細かな調整のできる魔法じゃない、シャネルのそれは。
しばらく馬車に揺られていると、宮殿についた。
歩くには遠いけど、馬車ならそんなにでもない。微妙な距離だ。
シャネルがお金を払う。
俺は先に降りる。
森の方に目をやる。
誰かがいた気がした。
さすがにこんな雨の日に、誰もいないだろうと思い直す。
けれど、人影が動く。森の方に入っていくようだった。
「ガングー?」
厳密に言えばガングー13世だ。
なにをしているのだろうか。傘もささずに。
俺は気になった。あるいはユニコーンを探すよりも、あの男を追いかけてみるほうが面白いかもしれないと、そう思った。




