444 プロパガンダ
ドレンスの政治の中心であるベルサイユ宮殿は、パリィの郊外にある。
宮殿ということはつまり、そこで政治のあれこれが決まる場所なのだがパリィの街中にあるわけではない。
馬車でなければ行く気もないような場所にあって、しかも宮殿の裏には大きな森まで広がっている。その森は市民に無料開放されているらしい。
「一節によるとね――」
と、シャネルが口を開く。
「うん?」
馬車から降り立つシャネルは、まるで自分が女王だとでもいうように胸を張っている。
いや、シャネルはいちおうガングーの子孫だから偉いっちゃ偉いのか? それが周りの人に正当性をもって認められるかは分からないが。
「一節によると、そこの森にはユニコーンがいるらしいわ」
「ユニコーン?」
「そう、幻創種のね」
「へー。え、でも一節によるとってなに?」
「まあ、伝説というか言い伝えみたいなものよ。でもどっかのお金持ちが懸賞金を出してるって噂も聞いたことあるわ」
「ほうほう。なあエルグランド。いまからユニコーン探しに行こうぜ」
「なにをバカなことを言っているんですか。さっさと宮殿に入りますよ、ガングーが待っています」
「えー、俺は興味ないんだけどな」
むしろユニコーンのほうが見てみたい。
あれかな、デストロイモードとかなるのかな?
「そんなものいるわけないでしょう。げんに私はこの宮殿に通い詰めていますが、ユニコーンを見たという話など聞いたことありませんよ」
「それはユニコーンが心の清らかな人の前にしか現れないからよ」
シャネルがバカにするようにエルグランドに言う。
エルグランドは少し腹をようだが、その怒りを飲み込んで笑う。
「でしたらここにいる3人は誰もユニコーンに会えませんね」
「なに言ってるのかしら、この人は。シンク、理解できる?」
「さあ? それよりユニコーン探しに行こうぜ。虫取り網もってる?」
「バカなことを言ってないで行きますよ! まったく、ふざけているのですか! ガングーだって貴重な時間を使って待っているのですから。そもそもエノモト・シンク、あなたという人はですね――」
くどくどと怒られる。
しょぼーん。
けっこう真面目な調子で説教された。
ただ話が長かったので要点をまとめると、俺はふざけすぎだということだ。
「すまん、もう少しふざけることを控える」
「それで良いのです。では行きますよ」
「はいはい」
というわけで宮殿の中へ。
いやはや、何度来ても豪華さに目を奪われるばかりだ。
豪華絢爛、贅の限りをつくしているって感じで。廊下を歩いているだけで美術館にいるような気分になってくる。
「まったく、成金趣味だわ」
「いや、しかしシャネルこれはすごいぞ。ほら見てくれよこの絵。高そうだぜ」
なんだかよく分からない建物が描かれている。
塔、だろうか?
渦巻状の建造物、その側面には窓のようなものがたくさんある。構図の前面には人間がたくさん描かれているのだが、どれも悲壮な顔をしていた。
「なにかしら、この絵?」
「なあエルグランド、この絵って高いの?」
「複製品ですよ」
なんだ、レプリカか。でも大きな絵だからバカに高級そうに見えるな。
「どうして複製品なんて飾ってるんだ?」
「本物はどこにあるのか分かっていません。ただその絵はとおい昔からこの場所に飾ってあるそうです」
「ふうん」
偽物とはいえ、大昔からあるのならそれはすでに本物のような価値を持っているのかもしれないな。そんなことを俺は思うのだった。
ガングーのいる執務室へ到着する。
エルグランドは「入りますよ」と、声をかけて扉を開ける。その後にノックを2つ。いつ見ても思うが変てこな癖だ。
まあ人間、無くて七癖というからな。
「ああ、やっと来たのかエルグランド。それに榎本くんも。それとシャネルさんでしたか?」
ガングー13世は執務室の奥に座っていた。
その顔はこころなしかやつれているように見える。あんなに脂っこいギトギトした顔も、いまはミイラみたいに乾燥しているようだった。
「どうも」と、シャネルは頭を下げる。
「こんにちは、ガングーさん」
「ようこそ榎本さん。戦場では大活躍だったようですね、エルグランドに聞きましたよ」
「そうでもないです。活躍と言えるほどのことはしていません」
「ご謙遜を。榎本さんがいなければテルロン戦線は崩壊していたと、そう聞いていますよ」
「たまたまです」
「本当はもっと早く感謝を言いたかったのですが、面目ありません」
「いや、それはかまいませんけど。ただ聞きたいんですが、どうして俺たちが呼ばれたんですか。いや、俺たちというか厳密に言えば俺ですが」
「まあ、とりあえずそこに座りたまえよ。エルグランドも」
「そうですね。エノモト・シンク、なにか飲み物でもいりますか?」
「ワインでも持ってきてくれ」
「そうやってすぐにふざける」
言われて立ったままでいるのも失礼かと思ったので、素直に椅子に座る。
なんだか話が長くなりそうで嫌だった。
「それで、ガングーさん。俺を呼んだ理由は?」
「榎本さん、魔王軍の幹部を撃破したというのは本当ですか?」
「まあ、いちおう」
エディンバラ・マクラーレン。
これまで何度か剣を交えてきた相手だ。
まさかこのドレンスの地で決着をつけることになるとは思わなかった。ある意味では因縁のあった相手。
「素晴らしい戦果です。我々はこれを大々的に発表しようと思うのですが、どうでしょう?」
「どうって?」
意味がよくわからなかった。
なにを聞かれているのだ、俺は。
発表ってどこで? 学会とか? いや、学会ってものがなんなのかよく知らないけど。
助けをもとめるようにシャネルを見る。
「反対だわ」
と、シャネルは俺に指標を示してくれた。
「シャネル・カブリオレ。誰も貴方の意見は聞いていません」
エルグランドが口を挟むなとでも言わんばかりにシャネルを睨む。
しかしその程度で引き下がるシャネルではない。
「シンクを作られた英雄にしようったって、そうはいかないわ。そんなことしてみなさい、絶対に許さないわよ」
作られた英雄。
なるほど、そういうことか。
「あんたら、俺のことをプロパガンダにしたいわけだな」
「言い方が悪いよ、榎本さん。ただ我々ドレンス軍の広告塔になって欲しいだけさ」
「それをプロパガンダというんだろう! まったく、なにかと思えばそんなことかよ。そんなに英雄がほしいならエルグランド、あんたがやればいいだろう」
「それも考えました。しかし私がその役目をするとなると、役割が多すぎて身動きが取れなくなります。人間には許容量がありますからね。軍隊の指揮、政治、そして国民の人気取り。これらすべてをこなせる人間など、それこそ初代ガングーくらいのものでしょう」
「だからって俺を巻き込まんでくれよ」
「巻き込んだなんてとんでもないよ。榎本さん、我々はもう一蓮托生の仲ではありませんか。まあそう気負わず、ただ肩書が一つ増えるだけと思ってくれたまえ」
「英雄という肩書が? ふん、バカバカしい」
俺が英雄なんてガラかよ。
「ダメでしょうか?」と、ガングー13世。
「ダメというより、嫌だ」と、俺。
「お願いします、エノモト・シンク。我々には柱が必要なのです」
「わかりやすい宣伝広告が必要なだけでしょう。それでシンクのことを使い捨てにするんだわ」
「そんなことはしませんよ。榎本さん、あなたは英雄になりたくないのかな?」
俺は鼻で笑う。
「悪いけど興味ないね」
微妙な空気が流れた。
誰もが口をとざす。
ガングー13世はなにか言おうとしているのだが、言えないでいるようだった。優柔不断さが見え隠れしている。
さて、どうしたものかと俺は考えた。
英雄になるという提案になんの魅力もなく、断ることは確定だ。
しかしなんと言えばいいのだろうか?
悩んでいるうちに、執務室の扉がいきなり開かれた。
全員の視線がそちらの方に向く。
「やあやあ、諸君!」
そこに立っていたのは酔っ払い。
赤ら顔をしたフェルメーラだった。




