443 朝から元気なエルグランド
朝になってもベッドから起き上がらないことが幸せだと思えるうちは、まだまだ素人。
俺ちゃんくらいの熟練者になると知っている、ずっとベッドにいたって楽しくもなんともない。むしろ疲れるくらいだ。
引きこもり初心者だったころは昼くらいまでベッドでぐだぐだしていることもあったが、あるとき気づいたのだ。さっさと起きて活動開始したほうが有意義な1日を過ごせると。
引きこもりにだって有意義な1日というのはたしかに存在するのだ。
そんなわけで、俺はけっこう寝起きが良い――こともある。
いや、そりゃあダラダラと寝ていたいときもあるよ。
時と場合による。あと体調とか精神状態とか、いろいろ。
今日はどちらかというとさっと起きられる日だ。
もぞり、と起き上がる俺。
「あらシンク、おはよう。まだ外は薄暗いわよ」
「二度寝するってのもいいけどさ――」
おや、今日は二日酔いになっていない。
そりゃあ俺だって毎日グロッキーなわけじゃないからな、飲みすぎない夜だってある。
「シンク、今日はなにする?」
「なにするって言われてもなぁ……」
予定があるわけでもない。
そもそも俺、普通のなにもない日はなにをしていた? ぜんぜん覚えてない。
「ギルドに行ってなにかクエストでも受けてくる?」
「あー、なるほど」
そういえば忘れていたけど、俺は冒険者だったな。
そうそう、クエストねクエスト。
あはは。
「やる気なさそうね」
「おっ、よく分かったね」
「そりゃあ分かるわよ。やる気がないなら他にしましょうか。あ、そうだわ。私ね、新しいお洋服がほしいの」
「新しいお洋服がほしいの」
と、俺は復唱する。
なに言ってるんだろうか、この子は。
新しい服なんてもういらないだろ。だって部屋の隅っこにはうず高く積み上げられた服があるのだ。
ここ、エルグランドの屋敷だよな?
「どうかしら?」
「いや、シャネルさん? 服ならあそこにたくさんあるじゃありませんか」
「ああ、あの服ね。あれはもう飽きちゃったの」
「そんな殺生なこと言わないでさ。ほら、服たちだってまだ着て欲しいって言ってる
よ」
「服がしゃべるかしら?」
「『シャネルちゃん、またボクを着て!』(裏声)」
「あはは、面白い。その声、どこから出してるの?」
「口からだよ」
「ねえ、シンク――」
空気が変わった。
シャネルはいかにも真面目な声をだす。
「どうした?」
「質問するわ。可愛らしい私と、可愛くない私、どっちが良い?」
「いや、そりゃあ可愛いキミだけど」
えっ、俺なんの質問をされてるんだ?
「じゃあ可愛い服を着ている私と、可愛くない服を着ている私だと?」
「そりゃあ可愛い服だけど……ごめん、どういう意図の質問?」
「じゃあさらに質問。新しい服と古い服だったら?」
「えっ?」
「つまりね、古い服って可愛くないわ。ボロボロの服って可愛くないでしょ?」
「そりゃあね」
いや、でもなにかがおかしい気がする……。
なにかが。
あっ、いま俺は言いくるめられようとしている!
「だからね、これは貴方のためでもあるの。シンクは可愛い私が好き。だから私はシンクに好かれるためにずっと可愛くあろうとしているの」
「いや、言いたいことは分かる気がするが……」
なにかが違う。
そもそも古い服ってのが極端なんだ。なんだよボロボロの服って。
ここはガツンと言ってやらなくては、無駄遣いはダメだと。
いくら飽きた服を売っているといっても、買った時より高くなることはないのだから。
「というわけで今日はお買い物ね」
と、シャネル。
「いや、シャネル! ちゃんとこれだけは言わせてくれ!」
「なあに?」
藍色の瞳で見つめられた。
ラピスラズリみたいだな、と思った。
その目で見つめられると、俺は照れてしまって。
「あ、いや……うん、今日も可愛いな」
と、言ってしまうのだった。
「あら、ありがとう」
なんだかなあ……。
財布はシャネルに握られているとはいえ、これは将来大変かもしれないぞ。まあいいけどさ。
そんなことをしていると、廊下の方に気配がした。
誰か来たな、と俺は思った。
ノックもなしにいきなり扉が開けられる。
「エノモト・シンク!」
エルグランドだ。
扉を開けたあとでトントンとノックをしている。意味が分からない。
「なんだよ、貴族様」
ちょっと不機嫌。
朝っぱらからいきなり部屋に入ってきてさ。イチャイチャとエロいことでもしてたらどうするつもりなんだよ。いや、童貞だからしてないけどさ。
「いまからガングーのところに行きますよ!」
「えー、やだよ」
「いきますよ!」
なんだこいつ?
朝っぱらから元気よすぎないか?
「ねえシンク。この人なに? かってに私たちの予定を決めてるんだけど」
「本当だな。帰れ帰れ、エルグランド!」
「帰れって、ここは私の屋敷ですよ」
あっ、そうでした。
「あはは」
笑ってごまかす。
「とにかくついて来なさい! 馬車を出しますよ!」
「やれやれ……」
「私も行くわよ」
と、シャネルはすかさず言う。
「良いでしょう」
「もうシンクと離れ離れなんて嫌だからね」
「シャネル……」
なんて嬉しいことを言ってくれるんだ。
「2人の世界に入るのは後にしてください。これから大事な作戦会議なのですから」
作戦会議?
そうか――。
また戦うのか。
まだ戦うのか。
俺は刀を持つ。そして、嫌だけど立ち上がるのだった。




