438 好敵手、決着
クロスレンジの攻防。
エディンバラの作り出した魔力の腕はすでに人並みの長さしかなく、それを力任せに振り回しているだけだ。それでも当たれば人間などひとたまりもない。
それどころか威力が低い分、即死はしない。
つまりどういうことか。『5銭の力+』のスキルが発動しないのだ。
ここに来て一撃もくらえなくなったわけだ。
右からの攻撃。それに対して刀をたて、防ぐ。
鍔迫り合い――。
「お前だけは、お前だけは殺す!」
「悪いが、お前に殺される命なんか持っちゃいない!」
「お前なんかに会わなければ、あんな女がいなければ、俺の体はこんなことには――」
「どのみち魔族だろうに!」
腕を切り裂き、押し返す。
エディンバラはバランスを崩し、倒れそうになる。
そこへ俺は大上段へと振りかぶり、首を叩き落とそうと刀を振り下ろした。
「とった!」
しかしそれは甘い考えだった。
いかれたまでの嫌な予感。
飛び退いた瞬間に、エディンバラの胸に埋め込まれた黒い球から棘のような鋭利な塊が出てくる。
それは俺の左手に深々と突き刺さる。
そのまま黒い棘はぐんぐんと伸びて、俺のことを宙吊りにした。
左手の痛みで思考が無茶苦茶になる。血が出てきて、その血が俺の頭にかかる。目の中に血が入り、視界がさえぎられた。
「がああっ!」
獣のような叫び声を思わずあげて、黒い棘を斬る。
そのまま地面に落下。
エディンバラはそのときにはすでに立ち上がり、こちらに向かってきている。
左目に入った血を痛みをともなう手で拭い、俺はすぐさま刀を構えた。
だが、視線の先にエディンバラがいない。
「なっ――」
どこに行った?
いや、上だ!
影が落ちた。
エディンバラは上空から俺に向かって腕を振り下ろしてくる。
走り幅跳びの要領で、いっきに回避行動に出る。地面が大きくえぐれて、土埃が舞い上がる。
その煙のような砂土の中から、エディンバラは飛び出してくる。
「あああああああああっ!」
その叫び声が人間のものとは、どうも思えなかった。
一瞬のその声に怯みそうになるも、俺は刀で迎撃する。
下から上へと逆袈裟に切り上げる。そこにエディンバラはそのまま突っ込んできた。刀と魔力の腕がぶつかりあって、今度弾き飛ばされたのは俺のほうだった。
背中から地面に激突。
「がはっ!」
一瞬で肺の中から空気が出て。
しかも次の呼吸ができない。
背中の痛みに新鮮な空気を吸い込むことができないのだ。そうなれば脳に酸素がいかず、思考も鈍る。戦いの中で思考が鈍ることは、それすなわち死を受け入れること。
それだけはいけない、死だけは。
黒い魔力の腕が伸びてくる。
それに対して俺は――
「んじゃ、っせん」
言葉は出なかった。
しかし、魔力は刀にたまる。
「――ローリィ・ッシュ!」
隠者一閃――グローリィ・スラッシュ。
その言葉は出なかった。
しかし、光り輝く赤黒い魔力の塊は出てくれた。
大きくはない。
しかし確かに輝く魔力だ。
エディンバラの腕を、その魔力が飲み込んだ。
やつの右手が消えてなくなる。
エディンバラの驚愕した目。
「なっ――」
俺はその隙を見逃さない。
息もできないまま立ち上がり、エディンバラに向かっていく。
斬る動作なんてできなかった。
だから俺は刀を突き立てて、突進。
体重をのせてエディンバラの心臓をめがけ、刀を突き刺した。
そのまま相手を押し倒す。
刀は見事に深々とエディンバラの胸を貫いた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
刀を抜こうとするが、力が入らなかった。
それで俺はよろよろと後ろに下がる。
やっとまともに息ができた。
新鮮な空気、とはいい難い。そもそも血の臭いでえずきそうになる。それに、あたり一面に土だか埃だか分からないものが舞い散っている。
それでも少し、落ち着けた。
エディンバラは死んだだろうか?
そう思った瞬間、やつはゆらめくような足取りで立ち上がってみせた。
「化け物かよ……」
たしかに心臓を突き破ったというのに。
「榎本シンク……俺は、お前を、殺すまで……死ねない……」
エディンバラの右胸に埋め込まれた黒い球が、やましげな輝きを放ちだす。
やつはあの球――おそらく魔石かなにかのたぐいだろう――の影響で、死すらも乗り越えて動いているのだ。
左胸には刀が突き刺さったままだというのに、まっすぐに俺を見据えている。
その目に俺は屈しない。
逆に睨み返してやる。
「榎本シンク!」
やつが俺の名を叫び、右手だけに黒い魔力の腕を生やす。
何かを掴み取ろうとするかのようにその手を伸ばしてくる。
俺はモーゼルを抜いた。
「エディンバラ・マクラーレン!」
向かってくるエディンバラの胸に向かって、モーゼルの弾丸を撃ち続ける。
この距離ならば外しはしない。
連射される弾丸。
それでも歩みを止めようとしないエディンバラ。
状況判断としては俺は後ろに逃げればいいのかもしれない。
けれどそれはできなかった。
くだらないことだが、男の意地みたいなものがあった。
「あああああああっ!」
「あああああああっ!」
両者ともに叫び声をあげて。
一歩も引かぬまま。
ついには決着の時がおとずれた。
全弾撃ち尽くされたモーゼル。
俺の首元すぐの場所にまで伸びたエディンバラの腕。
「タッチの差だったな……」
と、俺はつぶやいた。
エディンバラは何も答えない。
胸の黒い球は、弾丸を受け続け粉々に割れていた。
ずるりと、エディンバラの体が崩れ落ちた。そして魔力でできていた腕が消え去る。
あとに残ったのは俺、榎本シンクだけだった。
「エディンバラ……お前が俺を殺したかったのはよく分かったよ。でもな、俺だって殺したい相手がいるんだ。ごめん、とは言わないぞ。ただな、お前の俺に向かってくる姿勢は、ちょっと見習いたいもんがあったよ」
俺はエディンバラの胸から刀を抜いた。
こいつはたしかに俺の好敵手だった。
何度も戦って。
そしていま、決着がついた。
なのに達成感もなにもない。
むしろどこか虚しさや哀れみのようなものがあった。
……鑑賞にひたっている暇はない。
「町は!」
見れば、町の方に戦火が見えた。しかし歓声があがっている。
エディンバラを殺したから、すべての魔族は動きを停止したのだろう。
「やったな……泥仕合だったけど」
これで敵を退けた。
あとはパリィに帰るだけだ。
やっとシャネルに再開できる。
俺は目に入りかけた血をもう一度ぬぐう。
町の方に向かって歩きだす。
体中に痛みがあった。けれど歩く足には力がこもっていた。
「待ってろよ、待ってろよシャネル! いま帰るぞ!」
勝利の高揚感で、ちょっとテンションがおかしくなっていた。
それを心の冷静な部分で理解しながらも俺は叫ぶのをやめなかった。
「シャネル、好きだ!」
誰かが笑った気がした。
アイラルンの声のような気がした。




