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437 ミダスの王


 かつて、触るものをすべて黄金に変える王様がいた――。


 その王様は富を愛し、黄金を愛し、豊かさを愛した。


 しかし触るものすべてを黄金に変えてしまった結果、愛する人や飲食物すらもすべて黄金に変えてしまい、貧しく、飢え、悲しみだけが残った。


「榎本シンク! 死にさらせぇぇぇええええ!」


 真っ黒い手が伸びてくる。


 俺は飛び退いてそれを避ける。


 地面がえぐられた。なにも残らない、消え去る。


「逃げるな、逃げるな、逃げるな!」


 激昂したエディンバラは無茶苦茶に両手を振り回す。


「くそっ、武器はまだか!」


 防戦一方。


 いや、それどころかエディンバラの黒い手にとらえられ、ダメージこそないものの確実にコインの数は減っていく。


 気分は残機を減らすゲームの主人公。


 これがゼロになれば本当に死んでしまう。


 恐怖で足がすくみそうになるが、それでも逃げる。


「お前のせいで俺の腕は!」


 黒い魔力の腕は伸縮自在だ。


 ときに剣のように、ときに鞭のように、ときには盾のように。俺を切り、打ち、押しつぶそうとしてくる。


「だからそんな醜い腕をつけたのかよ! 俺を殺すためにさ!」


「腕だけじゃない、この魔石だってそうだ! お前を、お前を殺すためだけに!」


 魔法のエフェクトがはじける。


 俺の目の前で黒い魔力の腕が消え去る。


 しかし次の瞬間にはもう一方の腕が伸びてくる。それも消え、その間にもう一方の腕が再生を完了してまた俺に襲いかかる。


 とらわれた!


 連続攻撃になすすべもない。


 それでも全てが致死量級の攻撃のため、『5銭の力+』が俺を守ってくれる。


「なんでだよ、なんで死なない! 殺せない!」


 隙ができた。


 俺は暴風のような黒い魔力の手から逃れ、距離をとる。


 コインはすでにほとんどない。


「くそ……万事休すだな」


 少し後ろを振り返れば、魔王軍は町に到達しそうになっていた。


 大丈夫だろうか。エルグランドは、そして町のみんなは。


「俺は、お前を殺すために、こんな腕を手に入れたんだ!」


「だからどうした、自分で手に入れた力だろうが」


 それで俺を責めるのはお門違いってもんだ。


 いや、まあたしかにね。日常生活がおくりにくそうだと思うよ、その腕。だってバランス悪いし、そもそも何かを触ったら消え去ってしまうだろうし。


 神話のミダス王は、触るものすべてを黄金にかえた。


 いきすぎた能力、力は人を不幸にすることもあるのだ。


「俺はもうこの手になにもつかめない、お前を殺すことしかできない!」


 恨みだけでこの男は俺に向かってきている。


 その姿は、復讐にとりつかれた鬼のようだ。


 そしてそれは……あるいは俺も同じで。


「醜いのは俺も同じかよ!」


 独り言だが、叫ぶ。


 ええい、嫌になる。憎しみは憎しみしかうまないなんてくだらない言葉があるけれど、その通りじゃないか。


 でもな、殺されてやるわけにはいかないんだよこっちも!


 町の方から誰かが飛び出してきた。


 その人影は最初、米粒のように小さかった。


 魔王軍の軍勢をかいくぐり、こちらに向かって走っているようだった。


 素早い、人間の足の速さではないように思える。


 とうとう来たか、と俺は期待した。


 ならば少し、話で時間を稼いでやるべきだろう。


「おい、エディンバラ!」


「なんだ榎本シンク」


「お前は俺を殺したがってるがな、復讐なんてなにも生まないんだぞ!」


 自分で自分がなにを言っているのか分からない。


 けどまあ、人間、堂々と言うと変に説得力はでるものだ。


「生むさ。俺はお前を殺すことで、満足するんだよ! お前が生きてるってだけでな、俺は腹がたって仕方ないんだ! 俺は俺の精神の安定のためにお前を殺す!」


 なるほど、と俺は納得する。


 自分の精神安定のために復讐相手を殺すか。


 たしかにそういう考えもある。


 俺のように前に進みたくて、未来の自分を手に入れたくて復讐をするのも1つだ。けれど現在の自分を安定させるためにというのも、また1つだろう。


 もちろん復讐なんて十人十色、百人百様、千差万別だ。


 あるいは過去のために復讐をする人間もいるだろう。そのどれも、他人が否定するものではない。


 良い予感がした。


 これは珍しいことだ。いつも感じるのは悪い予感ばかり。でも今回は良い予感。


「榎本! シンク!」


 甲高い、ローマの声。


「おうっ!」


「持ってきたぞ、お前の武器!」


 どうしてローマが武器を持ってきてくれたのかわからないが、まあ細かいことは良い。


 いや、ローマでなければ魔王軍を越えて俺の元へ武器を届けられなかったのだろう。


 エディンバラはローマを狙って右手を振った。


 それをローマはなんなく避ける。


「ローマ、渡せ!」


「ほらよっ!」


 投げ渡される刀。


 俺はそれを受け取り、額の前で横向きに剣を抜き去った。


「待たせたな、エディンバラ。ここからが本番だ!」


 べつに武器を持っただけでなにかが変わるわけではない。


 ただ、手に馴染む武器というのは持っているだけで安心感があるものだ。


「それとこれ!」


 いきなり手になにかを渡された。それは巾着袋。


「なんだこれ?」


「お金! あのいけ好かないイケメンが持っていけって!」


 いけ好かないイケメン……エルグランドのことか。


 俺のスキルのことを考えてお金を持ってこさせたか、ナイスアシストだ。あの男も捨てたもんじゃないな。


「戻ったら、エルグランドにありがとうを言っておいてくれ」


「戻ったらだって? なに言ってるんだ、僕も加勢するぞ!」


「いらんさ。危ないことはするもんじゃない」


 エディンバラの攻撃、あれは普通の人間ならば一発もらっただけでお陀仏だ。いくらローマの動きが素早く、それを避けることができるとはいえ危険すぎる。


 それに――。


「それにな、こいつは俺を殺したくてたまらないんだ。殺したくて殺したくてここまできたんだ。言っちゃえば俺と同じ。ならば真正面から戦うこともまた――俺の義務だ」


「難しいこと言うなよな」


「男の戦いってこと!」


「お前、そんなキャラだったか?」


「こと復讐においてはな。俺も冷静にはなれないんだよ!」


 こいつを1人で倒せないならば、金山になんて勝てるわけがないのだ。


 ローマは納得してくれた。「勝てよ」と言い残して、また町へ戻っていく。ローマはミラノちゃんを守らなければいけないのだ、俺への加勢よりもそちらが先。


「死ね、榎本シンク!」


 横薙ぎの黒い魔力の腕、それを俺は切り裂く。


 やはりいける、この刀ならばあの魔力の腕も斬ることができる。


 俺の刀は土門くんが作ってくれた流星刀。つまり隕石から作られた刀だ。この刀は魔力をその刀身に溜め込むという不思議な性質がある。その結果、どれだけ『グローリィ・スラッシュ』を撃っても壊れない。


 また、敵の魔法攻撃を切り裂くことができる。


 それはエディンバラの魔力の腕であっても同じこと。


「ああああっ!」


 切られた腕から、2本の腕が生えてくる。


 さらに異形の様相をていするエディンバラ。あちらも本気ということか。


「こいよエディンバラ!」


「死ね、死ね、死ね!」


 同時に伸びてくる3本の腕、それをすべて斬る。


 するとそれは次に6本に増える。


 それを斬れば次は8本に。


 おそらくそれが最大なのだろう。


「気持ち悪いんだよ、その腕!」


 俺は向かってくる腕に対して剣をふるった。


 しかしそれではらちが明かない。エディンバラの手はどれだけ刀で切り裂いても再生する。やつの魔力は無尽蔵か?


「この腕を、気持ち悪いだと!」


「当たり前だこの野郎! 隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』!」


 俺は真正面から『グローリィ・スラッシュ』を撃つ。


 エディンバラが8本の腕をすべて前に出した。


 そして、ガリガリと俺の撃つビームを防いだ。


 俺の体がビームの勢いに負けて下がっていく。


「まじかよ!」


 防ぐか、これを!


 打ち止め。


 これ以上使えば魔力がなくなると思った。それで俺は『グローリィ・スラッシュ』の照射をやめた。


 エディンバラは無傷とはいえない。8本の腕はすべて消えている。


 それでも、本体にまでダメージは与えられていない。


「ぎゃはは! お前の最大火力だろう、いまのが! 防いだぞ!」


 こっちは魔力がもない。


 だが、どうやらあっちも――。


 生えてきた腕は1本、それもおそらく利き手と思われる右だけ。


 決着のときが近い。


 俺は刀を構える。


 エディンバラも魔力の腕を構えた。


 俺たちはどちらからともなく、接近戦に映るために走り出した。


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