433 死ぬ前提?
「投降しましょう」
と、エルグランドは呟いた。
「投降だと? 本気で言っているのか!」
フェルメーラがエルグランドに詰め寄る。
「本気です。我々はすでに負けたのです。これ以上抵抗してもいたずらに被害を増やすだけでしょう。この後におよべば白旗をふって恭順の意をしめすのが得策でしょう」
「戦うこともしないで降伏するなら、僕たちはなぜこんな場所まで来たんだ! エルグランド、考え直せ!」
「ではどうしろと言うのですか!」
「徹底抗戦だ! それしかない!」
「そんなことをすれば住人にだって被害が及びます!」
「いまさらそんなことを言うならば、最初から考えておけ! 捕虜になる辱めをうけるくらいなら、戦った死んだほうがマシだ! それがドレンス人の誇りだ!」
「このっ、酔っぱらいの脳筋が!」
「スケコマシの頭でっかち!」
あわわ、なんか2人がガチっぽいケンカを始めたぞ。
これは止めなければならないのだが、どう言って止めれば良いのかぜんぜん分からない。そもそもこの2人は状況が悪化してイライラしてるんだろう。
ならこの状況をなんとかすれば、ケンカも終わる!
いや、それができないからケンカしてるんだわ。俺はバカか。
あれ、でもちょっと待って。捕虜になるとどうなるんだ?
「あのー、ちょっと聞いてもいいか?」
「なんですか、エノモト・シンク」
「もしここで降伏して捕虜になったら、俺たちはどうなるんだ? 殺されるのか」
「時と場合によりますが、捕虜を殺すことはそう多くありません。とらえておいて捕虜交換に使うこともあれば、身代金を相手に要求することもできます。とくに私のような貴族将校ともなれば、あちらも礼をつくすのが普通です」
「つまり死ぬことはないんだな」
それならば、ここは恥をしのんで捕虜になったほうが良いのではないだろうか?
「エルグランド、お前の考えはだから甘いんだ。この人数の捕虜をグリース軍が受け入れると思うかい? まして我々にはアメリア軍だっているんだ。全員で投降して、間引きのために一般兵を大虐殺されたじゃあ、他国に示しがつかないだろう」
「それは……」
「そうなればドレンスに力を貸してくれる国はなくなる! ひいてはこの戦争にすら負ける! それならば大敗北でも勇敢に戦うことにより、最終的なドレンス軍の勝利への布石にしておくべきなんだ!」
目先のことにとらわれるなとフェルメーラは言う。
しかし弱気になっているエルグランドは戦う気力がもうない。
「自分たちアメリア軍としては、ここで敵の軍門にくだるというのも手だと思います。実際に船は航行不能で、戦いになればどれほどの被害がでるかわかりません。それならば生き残りの可能性を敵にかけるというのも一つです」
「アメリアの方もこう言っています。フェルメーラ、これでも貴方はまだわがままを言いますか」
「アメリアがどうとかは関係ないんだ! 僕たちドレンス軍が戦わなければならない問題だ! シンクくん、キミはどう思う?」
「え、俺?」
いやー、そりゃあ死にたくはないよ。
ただ戦いもせずに逃げるってのは趣味じゃないな。
それは確かだ。
どっちかと言うとフェルメーラに賛成――そう言おうとしたとき、エルグランドが金切り声をあげた。
「フェルメーラ、いいかげんにしてください!」
「なにがだい、エルグランド」
「誰も彼も、貴方のように強くはないのです! 誰だって死にたくはない。死ぬために戦っている人間などいないのです!」
「名誉や栄光のために戦って、それが死ぬあとに手に入るだけだろうに!」
「それを良しとする人ばかりではないのです! 見てみなさい、兵たちの顔を! もう戦いなんてする覚悟などこれっぽっちもないのです!」
「それは……エルグランド、お前が弱気だからで……」
「そうです! そしてそれが大多数の人間なのです。誰もが貴方や、貴方の先祖であるアルピーヌのように勇敢なわけではないのです!」
流れは決まった。
悔しいが、フェルメーラにも俺にも、すでにエルグランドの意見を否定することができない。
ふと気がつけば、砲撃がやんでいた。
そして空には、さきほど俺が撃ち落とした茶色いカラスのような鳥が無数に飛んでいる。
「ぎゃっはは! お前たちに告ぐ、お前たちにもう勝ち目はない! それでも無駄な抵抗をするというのであれば全員、殺す」
エディンバラの声。
聞けば聞くほど腹がたってくる。
「くそ……」と、フェルメーラもつぶやいた。
「ただ、投降するならば命だけは助けてやろう! ぎゃはは!」
嘘だな、と俺は察した。
絶対に嘘だ。
エディンバラはそういう性格の男ではない。
投降した人間など、皆殺しにするだろう。
だが俺がいまさらそんなことを言ってところで、他の兵たちが奮起するわけもない。
「ただし、これから言う2名だけは見せしめに殺す。さきほど俺のことを貧相だとバカにしたお前たちのリーダー!」
エルグランドのことだ。
エルグランドは顔面蒼白になっている。
「エルグランド……」
俺は慰めの言葉をかけられなかった。
だってもう1人っていうのはどうせ――。
「そして俺のことをこんな姿にした怨敵、榎本シンク!」
ま、そうだろうな。
やれやれ。なんでもいいけど俺、エディンバラに名前教えたか? どうでもいいことだが、忘れた。
「この2人の命さえ差し出せば、他は捕虜として命までは奪わない! 俺は寛大だ、1時間だけ待ってやる。その間に決めろ。全員が死ぬか、それとも2人の命ですますか!」
鳥たちはぐるぐると上空をまわりながら、下品な笑いを俺たちにふりそそがせた。
苛立ちがつのる。
ぎゃはぎゃはというあの笑い方が、俺のことをバカにしているように感じられる。
「これで、決まりですね……」
「なにが?」
と、俺はいちおう聞いておく。
「エルグランド・プル・シャロン。エノモト・シンクの両名はこれよりグリース軍に投降します。それにより皆様の命を保証してもらいます」
「待ってくれ、エルグランド」
「なんですか、フェルメーラ」
「1時間の猶予があるなら、その間にできる限りのことはやっておくよ」
「……分かりました。たかが1時間でなにかできるとも思えませんが」
「ああ。シンクくん、特別部隊の人員は僕がもっていってもいいかい?」
「そりゃあね」
だって俺、これから死にに行くんだし。
だというのに俺はまったく焦ってもいない。怖がってもいない。むしろ頭の中はどうすればいいのか思考がぐるぐると高速で回っていた。
フェルメーラの方でも準備してくれるというのなら、それで良い。
俺は俺で、考える。
ただエルグランドよ、これだけは言わせてくれ。
「なあ、なんでナチュラルに俺も死ぬ前提で話が進んでんの?」
マジでお前、これが一段落したらぶん殴るからな。
というかいま殴ろう。
ポコリ。
「痛いですよ!」
「いまから死ぬんだろ、細かいこと気にするな」
ま、俺は死ぬ気なんてさらさらないけどね。
さて、どうしたものか。
すいません、予約投稿忘れておりました




