043 プロローグ
ドレンスの首都パリィは美しい町だ。
石畳の大通りは活気にみちみちていて見ているだけで楽しそだ。
家はたいていレンガ積みで頑丈そう、けれど土地がないのか密集している。たとえば東京がそうであるように、どの世界でも首都って場所には人が集まるらしい。
そのせいで街の中には迷路のような裏通りがたくさんあるのだ。
俺はまだこのパリィに来たばかりで道がよく分かっていない。一人で散歩していて自分の泊まっている宿に帰れなくなったこともあるくらい。
それからは外出にかならずシャネルを連れて行くことにしている。
「ここがかの有名なシャンゼリゼ通り。シンクも名前くらいは聞いたことがあるんじゃない?」
「まあ、名前くらいは」
というかなんでも良いけど、この街ってあきらかにあれだよな、と思ってしまう。
「ここから歩いていくと英雄ガングーの勝利を祝って作られた凱旋門があるわ、見に行ってみる?」
「いや、いい」
「そう、じゃあ今度にしましょう」
……今度見に行くのか。
まあシャネルのことだからな、言い出したらきかないのだろう。でも今日はそういう気分じゃないし、つーか疲れてるし。はやく宿に帰って眠りたい。
そういう俺の両手にはブティックで買いこまれたお洋服の入った袋が。
そうなのだ、俺は今日一日シャネルの買い物につきあわされていたのだ。
……どうして女の買い物はこんなに長く、そして男を疲れさせるのだろうか。
そういった話は聞いたことがあったけど、自分が体験してみて分かったのだ。興味のない服だのなんだのを見ていると、とんでもなく疲れる。
しかもシャネルのやつ、見るだけ見て買わなかったりするのだ。30分も待たされて――
「やっぱりこれはいいわ、私の趣味とは少し違うし」
なんて言われた日には殺意がわく。
じゃあ悩むな、最初から!
とはいえ、まさか文句なんて言わない。ニコニコ笑って「そうかそうか」と答えるだけだ。
まあべつに良いんだけどさ、お金はたくさんあるみたいだし。
なにせ俺もシャネルもこの前のドラゴン退治で多額の報酬を得たのだ。俺はお金のこともよく分からないからそこらへんは全てシャネルに任せているが、とにかく俺たちは億万長者――とまでは言わないけど小金持ちくらいにはなっていたのだ。
「さてシンク、一度宿に戻りましょうか」
「一度ってことはまた出るのか?」
「あら、察しが良いわね、そうよ」
「いやだなあ、疲れたよ俺」
「あら、そんなこと言っていいの? 今日は楽しみにしてた観劇を観に行く日じゃない」
「ああ、そうだったか」
そうだったのだ。
このパリィの街に来てだいたい一週間。俺たちは毎日を散策とショッピングで過ごしてきた。
街には色々なものがあって毎日遊びほうけていても飽きない。
そして、その街でいま一番人気なのがオペラ座で行われている舞台なのだ。
このチケットは予約がおっそろしく取りにくかった。チケットを買うのに朝早くから並ばなければならず、しかもそれでとれるチケットが3日後のものなのだ。俺たちは三度チャンレジしてやっと2人分のチケットにありつけたのだ。
苦労した分、楽しみもひとしお。
「オペラ座はあっちの通りね、場所は分かったし一度帰りましょう」
「よしよし、帰ろう」
しかしここからどうやって宿に帰るのか? 俺はよく覚えていない。
なのでシャネルの後ろをとことこ歩いていく。
街道と並行するようにして流れる大きな川、セーヌ川というらしい。
やっぱりあれだよなあ……と、俺は思う。
「なあ、この街ってパリだよな」
前をいくシャネルに聞いてみた。
それが意味のないことだと知りつつも。
「パリじゃなくてパリィ。発音には気をつけなくちゃ、パリっ子はそういうのうるさいのよ」
パリィねえ……。
つうかパリっ子はパリィっ子じゃねえのかよ。まあそれもそれで言いづらいか。
川には遊覧船のようなものが浮かんでいる。たぶん乗っているのは観光客だろう、身なりの良さそうな人たちだ。
俺はそれを眺めてしまう。
「乗りたいの?」と、シャネル。
「楽しそうだな、あれ」
「じゃあ今度乗りましょうよ、ゴンドラ」
俺は頷いた。
こうして今日も明日も遊びだけは予定が埋まっていくのだ。
しかし、俺たちの目的が他にあるのもまた事実。
俺たちは遊びにきているわけではない、復讐を果たすためにこの街に来たのだ。
そういう意味では、俺のターゲットである水口はこの街で商人をやっているらしい。シャネルについてまわって色々な店を回るのはあながち悪いことではないだろう。
なーんて、言い訳だが。
セーヌの川に夕日が沈んでいこうとしている。
本当に美しい街なのだ、パリィは。
シャネルも足を止めて夕日を見つめていた。
「夜……くるわね」
「そうだな」
先日までいた町と違い、パリィの街は夜でも外灯で明るい。だから陽が沈んでも活気があるのだ。眠らない街という言葉はこの街のためにある。
そのせいか、この街の人間はいつも休むということをしていないように思える。
忙しそうだ、仕事や遊び、他には学生なんかは勉強。
俺たちのような旅人は気ままで、そのせいもあってどこか街には馴染めていないようにも思える。
シャネルも同じようなことを思っていたのだろうか。
不安そうに俺の手を握った。
俺はがんばって無表情を装う。でも、こんな町中で手をつなぐなんてシャネルは大胆だ。
「これ、一つ持つわ」
言い訳のようにシャネルがそう言って俺の手から紙袋をもっていった。
そしてまた歩いていく。
それは一番軽い紙袋で、しかもまだ俺の手にはたくさん袋があるのだけど。それでも嬉しかった。
俺は茜色に染まった空を見上げる。
パリィの空は広い。なんせ現代的な建築物なんてないから建物が低いのだ。
だから、周りはゴミゴミしていても空はきれいだった。
――俺はいま、パリィにいます。
ふと、両親のことを思い出した。
なんだかなあ、そう好きでもない両親だったが。あっちだってそうだろうさ。俺のことなんて自分の遺伝子情報を分け与えただけの子供としか思っていなかっただろうさ。
でも、もしかしたらいなくなった俺のことを心配しているかもしれない。
「シンク」と、シャネルが俺を呼ぶ。
「ああ、ごめん」
俺はまた歩きだした。
まったくらしくないぜ、ホームシックか?
あんなクソみたいな世界に帰りたいだなんてちっとも思ってないくせに、一丁前に親のことは思い出すのかよ。
どうでもいいさ、と自分に言い聞かせる。
俺はこの街で、この異世界で、二度目の人生を楽しむのだ。
そのためには過去の俺を捨てる。
そうだ、やつらに復讐して終わらせるのだ。
……あと4人。
俺は決意を新たにしたのだった。




