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427 鬱屈エルグランド


 ドアを思いっきり蹴破るようにして開けた。


「エルグランド!」


 快活に笑いながらやつの名前を叫んだ。


 しかし返事はない。


 それどころか、部屋の電気すらついていなかった。


 けれどエルグランドはたしかにそこにいた。


 ベッドに座り込み、うつむいていたのだ。


 俺はエルグランドに近づくと、その頭をパコンと叩いた。いや、もちろん軽くだけど。


「お前はあ○たのジョーか!」


 適当なつっこみ。


 そもそも意味すら通じないだろう。


 けれどその意味不明さが功を奏したのかエルグランドは頭を上げた。


「エノモト・シンク……なんですか」


「なんですかじゃねえよ、エルグランド。おたくも俺に負けず劣らず辛気くせえやつだな。せめて電気をつけろ! 窓もあけるぞ!」


「待ってください……眩しいです」


「光は眩しいもんでしょうがッ!」


 窓を開けて日光を取り入れる。


 エルグランドは目を細めて、恨めしげに俺を見た。


 それに対して俺は笑顔を返事がわりにする。


「いったいなんなのですか?」


「なんだじゃねえよ。お前こそなんだ、せめてアルコールでも飲め!」


 アルコールでも飲めってのも変な忠告だが、本当にそう思ったのだから仕方ない。


 想像してみてほしい、気を落とした友人が酒に逃げることもせずただ放心して暗い部屋に引きこもっていたらどう思うかを。下手にアルコールに逃げるよりも心配するってなもんだ。


「おごってくれるのですか?」


 お、冗談が言えるくらい回復したのかなと俺は嬉しくなった。


 でも違うみたいだ。


 どうやらエルグランドは本当にやばい状態らしい。


 いまのもどういうわけか、本気で言っているらしい。


「よし、エルグランド。とりあえず外に出るか。実際に飲むかは別としてもさ」


「……嫌ですよ」


「嫌だって言ってもなあ、みんなお前のことを待ってるぞ」


 待ってるかは知らないけど、でもやっぱりフェルメーラにあれもこれもと任せておくのはダメでしょう。少なくとも俺たちの大将はエルグランドなのだから。


「私はもう疲れました」


「じゃあ休め。1、2、3! はい、3秒休んだ!」


「貴方……酔っ払っているのですか?」


「120パーセントシラフだ!」


「よけいにタチが悪いような……」


「ああ言えばこう言うやつだな! お前は昔からそうだ、口だけ達者でよ。いざとなったら弱い。逆境に弱いとか、お前、男としてダメだぞ!」


 すごい適当なことをまくしたてる。


 いまさっきまで自分も落ち込んでいたくせに、だ。こういうのを自分のことを棚に上げてというのだろうな。


「昔からそうだって、貴方は私の過去をしらないでしょう」


 意外と冷静なツッコミだ。


「まあさ、とにかくエルグランド。俺たちはそろそろ行動を起こすべきだ。いつまでもこの町に滞在しているわけにはいかない。そうだろう?」


「それはそうなのですが……私にはどうするべきかのビジョンがないのです」


「なら1人で悩まずに相談すればいい」


「それで決断したとしても……どうしても失敗する気しかしないのです」


「ぐぬぬ……」


 これはやばい。俺よりもさらにマイナス思考になっている。


 どうすんだこれ? 俺じゃあ慰められないぞ。


 ……おっぱいか?


 おっぱいがあればいいのか?


 いや、俺の場合はよくシャネルがそうやって慰めてくれたから。慰めるとき、シャネルは俺のことをその豊満な胸で優しく抱いてくれるのだ。


 あれは良いものだ……自分のすべてを肯定されたような幸福感をえられる。


 しかし俺にはないものだ、おっぱいは!


 でもまあ、ダメ元で。


「エルグランド、大丈夫か? おっぱいもむか?」


「貴方のですか?」


「うん」


「常々(つねづね)思っていたのですが、貴方はバカなのですね」


「いまさらかよ」


 で、どっちなの。もむの? もまないの?


 そう問い詰めると、深々とため息をつかれた。


「なんだか悩んでいる自分がバカバカしくなってきました……」


「お、立ち直ったか?」


「立ち直ったのではなくて、貴方のバカさかげんに呆れているのですよ。まったく、どんな教育を受けたらこんな人間に育つのですか?」


「おいおい、親のことを悪く言うのは無しだろ」


 そういうところだぞ。


 そういうところが嫌われるんだぞエルグランド。


 ちなみに親にはネグレクト一歩手前の放任主義で育てられました。


「それで、どうして私のところへ来たのですか」


「だからあんたを慰めに来たんだよ」


「慰め? 貴方が? 私を?」


「そういうこと。ほら、さっさと立てや。それで外に出るぞ。港の方でまだやいやいやってるかもしれないからな」


「勝手にやらせておけばいいでしょう」


「そうはいくかよ! ほら、行くぞ!」


 俺はエルグランドの手を引いた。


 そのまま強制的に外に連れ出した。


「お、出てきたな。その人がそっちの軍のお偉いさん?」


 ローマが不思議そうに言ってくる。


 たしかに生気のない顔をしているエルグランドは、ドレンス軍の大将には見えないよな。


「いちおうな」


「半人ですか……?」


「はい、そういう差別的発言も禁止! おたくなぁ、いまから手を取り合ってえっちらよっちら逃走しようってときにそういういさかいを起こさない」


「べつに差別しているつもりもないのですが……」


「なんだよそいつ、情けない男だな。お前なんかに引っ張られてるぞ」


「これでもイケイケのときはけっこう高飛車なんだぜ」


 あれ、もしかしてエルグランドって面倒くさい性格してるんじゃないか?


「あっはっは。なんだそれ?」


「あ、そうだローマ。お前こいつにおっぱい揉ませてやれ」


「はぁ? 嫌に決まってるだろ」


「私はもっと大きいほうが好みです……」


「うざっ! なんだこいつ?」


「だからうちの大将だってば」


 とりあえず文句を言っているエルグランドを無理やり引っ張っていく。


 ぐだぐだと歩いてついてくるエルグランドは、なんだか10歳くらい老けたようにも見える。


 そのくせ行動は駄々をこねている子供なのだから、最悪だ。


「んで、僕らはどこへ行くんだ?」


「とりあえず港の方だろ。おい聞け、エルグランド。いまお前の変わりにフェルメーラが対応してるんだぞ。あの酔っぱらいにまかせておいていいのかよ?」


「……どうせ私はあいつよりも戦場で役に立ちませんよ。カリスマ性だってありませんし。私はガングーにはなれないのです」


「おい、こいつどんどん鬱屈うっくつしていってないか?」


「無理やり出したのがまずかったかな」


 とはいえこのまま部屋に戻すわけにもいかないからな。


 もういまさら引き返せないのだ。


 というわけで港の方へ。アメリア軍の大きな船は、先程までとまったく同じ様子で停泊していた。

 エルグランドはその船を見て「いっそのこと沈めばよかったのに」と、とんでもないことを言う。


「はいはい、その鬱状態を他人様にまで移すなよ」


 鬱だけに移すなってね。うん、くだらないね。


「たぶん中にいるんじゃないかな」


 根拠もなくローマが言うものだから、俺たちは船の中に入ることにした。


 タラップを歩いていく。エルグランドはふらふらしているので落ちそうだ。危ないので肩を組んでやる。


「エルグランドな、マジでその辛気臭い顔やめろ」


「貴方だって人のことは言えないでしょうに」


「俺はいいの、甘えん坊の冒険者なんだから」


 でもエルグランドは違うだろ。俺たちの大将で、一番偉いんだ。みんなを引っ張っていく義務がある。


 じつは俺もここ最近はずっと自分が部隊の隊長なのだと思って行動してきた。そういうのってけっこう大変で、精神的に辛いことだ。でもエルグランドならできるさ。なんとなくだがそう思った。


 エルグランドを鼓舞するように、背中を叩いてやる。


 エルグランドは「痛いですよ」と顔をしかめるのだった。


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