418 ピッキング
フェルメーラが帰ってきたのは夜中になってからだった。
「ぜんぜんダメだったよ」
疲れたような顔をしていた。
「フェルメーラでもダメだったか」
「というか僕が貴族って言っても信じてくれなかった。これでも有名人だと思ってたんだけどね。アルピーヌって言ったらドレンスじゃかなり名の知れたお家なんだけど」
「いや、それは信じないだろう」
わっはっは、と俺は笑う。
それと同時に腹がグ~と鳴った。
「お腹がすいたね」と、フェルメーラ。
「アルコールどころじゃねえな」
と、俺。
他の人たちはすでに寝ていた。
腹が減ったと騒いでいたのが少し前。けれど1人が寝れば空腹感じないんじゃねえ? と、頭が良いのかバカなのかよく分からないことを言って、バタバタと倒れるようにみんな寝てしまった。ノリが良い……というのだろうかこういうのも。
俺たちはみんなを起こさないように小声で話す。
「けど、随分と長いこと話してたおかげで分かったこともあったよ」
「分かったこと?」
「うん。エルグランドだけどね、どうやらこの町に部隊が来るという連絡はしていたらしい。とはいえ、その連絡の内容がまずかった」
「どういう連絡だったのさ?」
「海から攻めてくるグリース軍に対する防衛部隊、一個中隊」
「中隊って何人くらいさ?」
「ざっと200くらいかな」
「なるほど……」
つまり特別部隊全員がこの場所につくと過程して連絡をしていたのか。
「ついでに言うと、敗残兵ではなくていまからまさに戦う兵であるように言っていたらしい」
「それ、俺も聞いたよ。まさかこんな10人くらいのゴロツキ集団がその一個中隊だとは誰も思わないよな」
「そういうことさ。まったくエルグランドの見栄っ張りにも困ったものだ」
「そのせいで俺たちはこんな場所に押し込められてるのか。あいつ、次に会ったらぶん殴ってやろう」
「僕の分も残しておけよ」
小さな声で笑い合う。
あーあ、と俺は頭を上に向ける。
部屋の天井付近には窓があった。そこから三日月が覗いている。なんだか嫌な光りかただ。
「で、俺たちはいつまでここにいるんだろうな?」
「さあ、どうだか。エルグランドに連絡がいけば、さすがに出してもらえると思うけど」
「いや、俺ちゃん思うんだけど。あいつ俺たちのこと放置しそうじゃないか?」
「……幼馴染として言わせてもらおう。否定できない」
マジでどうするんだこれ、そもそもご飯とかでるのか?
人権とかあるのか?
トイレは、ねえトイレは!?
「はあ……ダメだな、とりあえず寝るか」
「起きたら良い案も浮かぶかもしれないしね」
「武器があればなぁ……」
扉でもなんでも斬ってやれたのに。
しかし無い物ねだりをしても意味はない。
俺たちはしょうがないので寝ることにする。
けれどぜんぜん眠れない。
目を閉じれば不安というものがサイケデリックな形になってまぶたの裏に浮かぶのだ。サイケデリックな形ってなに?
けっきょく俺は朝まで1人で起きていた。
朝になってみんが起きてきて、俺もさもいま目を覚ましたかのようなそぶりで伸びをする。
「おはよう」と、口々に挨拶する冒険者たち。
これまでの旅で俺たちはそれなりに仲良くなっていた。
「シンク隊長」
と、部隊の1人が声をかけてくる。
「どうした?」
「あの、自分昨日は言わなかったんですが『鍵開け』のスキルを持ってるんです」
「えーっと、つまりピッキング?」
「はい」
「それは素晴らしい!」
いいスキルじゃないか。
やっぱり人数がいると、力を合わせて困難を乗り越える事ができるのだ。仲間っていいね!
「へえ、そんなスキルがあるのか」
と、フェルメーラが眠たそうに言う。
「すぐにやっておくれ」と、俺。
「あ、いや。道具がいるんです。道具っていっても針金みたいなもんが2本あれば良いんですが」
「針金! 針金か、よし。誰か、持ってないか!」
みんなで自分の持ち物をひっくり返すように探す。
しかし良さげな針金は出てこない。どうすればいいのか、というところで「そういえば!」とフェルメーラが手を叩いた。
「これ、つかえるかな?」
取り出してきたのは髪飾りだ。
花のあしらいがついており、どう見ても女の子へのプレゼント用だ。たしかに髪につける部分は針金のようになっているがそれをピッキングに使う場合は装飾の部分を壊さなければならない。
「良いんですか?」
「べつに。それに愛しのあの子へのプレゼントならこんなものよりもっと素敵なものがあるさ。これはちょっと買っただけだから」
ココさんへのプレゼントだな、と俺は思った。
フェルメーラは本気でココさんのことが好きだったのだろうか? じつのところ(見てりゃ分かると思うが)他人の好意みたいなものには疎い。
というか昔から好意というものを向けられたことがないからだろう。人の悪意にだけ敏感で、他人の好意についてはぜんぜん理解できない。
「じゃあ使いますね」
「うん。まずはここを出る事が先決だからね」
フェルメーラはあまり惜しくもなさそうに髪飾りを渡した。こういうところが、この男だと俺は思う。どこまでが本気で、どこまでが冗談か分からない。
それはまるで本音という隠しているようだ。
カチャカチャと作業をする音。
俺たちは全員で固唾を呑んでそれを見つめる。
「うん、ここからな。ここだな、いけるか? いける!」
カチャリ。
と、音がして鍵が開いた。
作業をしていた男はにっこり笑って振り返る。
「すごいもんだな、一瞬で開いたぞ」
「えへへ」
「よし、じゃあ出るか。みんな、武器は持ったか?」
「もってねーよ」と、ルークスが不満そうに言う。
「そうだった。とられたんだったな」
丸腰でここを出るとなれば、戦闘はさけるべきだろう。
とにかく逃げることをメインに。
そこらへんはさすがに分かるよな、と視線を送る。みんなは頷いてくれる。
「分かってますよ、シンク隊長。やつらが来ても素手で戦えますよ」
「こっちは冒険者ですよ、楽勝です!」
「俺、ステゴロが一番得意な武器っすから!」
ダメだ、ぜんぜん分かってくれてない。
なんだこいつら蛮族かよ。
「違うからね、みんな。逃げるんだからね」
「え、逃げるんっすか?」
「そうだ。フェルメーラ、この町を出たとして俺たちはどこへ行くのが良いかな」
「リーヨンしかないでしょう。そこに行けばエルグランドもいるだろうし」
「よし、そこでエルグランドのタコを殴ってやる。距離は?」
「歩いて3日ってところかな。いや、いまの僕たちなら4日はかかるかな」
「みんな、それでも良いか?」と、言ってからこういう言い方は隊長のするべきものではないと思い直す。
だから、
「みんな、いいな!」
と、言い直した。
誰も文句は言わない。ここまで来たのだ、最後までついてきてくれるつもりなのだろう。
俺たちは頷いた。
「よし、行くぞ!」
俺は扉を開ける。
いや、違う。
「うわっ!」と、声がした。
俺が扉を開けるのとほとんど同時に扉が開けられたのだ。
扉のあちらがわに、誰かがいた。
「くそっ!」
いきなり敵かよ、しょうがない。俺はモーゼルを抜く。
もしもこちらに危害を加えようとするならば、銃を撃つ。撃ち殺すつもりはない、威嚇程度に、だ。
しかし扉のあちら側にいる男に敵意はないようだった。
いかにも気弱そうな男だった。
「シンクさん?」
しかも、俺の名前を知っているようだった。
はて、どこで見た男だったか。見覚えはかすかにあった。しかし名前が出てこない。
「えーっと」
モーゼルを向けたまま、俺は首をかしげた。
「シンクさん、久しぶりです! 僕ですよ、レオンです!」
男――レオンくんは嬉しそうに言うが、しょうじきまだピンときていなかった。




