412 幼馴染
砦の一番高い位置に俺は立っている。
見張り塔だ。
「それで、フェルメーラ。そろそろ説明してくれないか」
隣にいるフェルメーラは単眼鏡を覗きながら、残る2つの拠点を見ていた。
「なにをだい?」
「白々しい。エルグランドとの関係だよ。あんたら、どういう関係なんだ」
「俺……この戦いが終わったらビビアンと結婚するんだ……」
「それ死亡フラグだからな」
というかビビアン・ココはもう……いや、これは言わないでおいたほうがいいだろう。
世の中には知らなくても良いことってのはたしかにある。
「それにしてもこっちの拠点をとって、すぐに次の拠点に行くと思ったんだがね」
「あそこの軍艦、あれが問題なのさ」
「軍艦……」
というには武装もなにもついていないように見える。ただの輸送艦だ。
たしかにあそこにはまだたんまりと魔族が待機している可能性があるが。
「エルグランドはああ見えて臆病な男さ。石橋を叩いて渡ることしかできない」
「こういうのは勢いでどんどんやってかなくちゃいけないと思うんだけど」
「その通り、だからこの作戦は遅きに失したんだ。兵隊たちは仮初の勝利に浮かれて、次の戦いを恐れ始めている。残り2つの拠点を攻めるのはそうとう骨が折れるぞ」
「俺、いますぐエルグランドに進言してくるよ!」
「まあまちなって、シンクくん。あいつは人の言葉なんて聞かないさ」
「……なんでもいいけど、あんたらマジでどういう関係?」
「幼馴染さ」
「お、幼馴染?」
似合わない。それも超絶に。
このいつも酔っ払っているような戦場以外ではあきらかに人間のクズというべき男と、いかにも優等生で出世ルートをひた走ってきたように思えるエルグランド。
この2人が幼馴染だって?
いや、まあ酔っぱらいで冒険者で童貞の俺と、コンプレックスの塊で不老不死のスキルなんてもらってるくせに他人からさらに何かを奪おうとする魔王様だっていちおうは幼馴染なんだし。
おかしくはないのか?
「だからあっちも僕のことはよく知ってるよ」
「ふうん」
「僕はね、ガングー13世が人民皇帝の真似事をし始めたときに、いいかげんついていけなくて野に下ったのさ」
「あんたは軍人だったわけか?」
「そういうこと。とはいえ、僕が軍人をやっていたときに一度だけ対外戦争があった。とはいえそれは小さな戦争だったがね。そこで僕が軍を率いて勝ってしまった――それがすべての間違いの始まりだった」
「間違い?」
「勘違いしてしまったのさ、ドレンス陸軍はいまでも500年前のように強いとね」
「それでこんなところまで来た、戦ったと?」
「そういうことさ。本当はこの国の陸軍はボロボロだ。いまだに500年前の戦法で戦っている。ここの砦だって、じつはとれると思っていなかった」
「奪還させたんだろうさ」
俺は自分の見解をフェルメーラに話した。
「えっ?」
「俺は考えてみたんだ、金山のことを」
「金山って?」
なんと答えればいいか、少し迷った。幼馴染というのは違う気がした。だから――。
「魔王さ」
と、ぶっきらぼうに答える。
「魔王だって? そういえばシンクくんはグリースに渡って魔王と戦ったんだったね」
「そう。それで俺も考えたんだ。あいつら、本気でやれば俺たちなんて押し返せるはずだろう。魔法でも連続でぶっ放せばそれですむはずだ。なのにあいつらは――」
「わざと負けたっていうのかい?」
「ああ」
「なぜそんなことを?」
「続きさ」と、俺。
「続き?」とフェルメーラ。
「500年前のマネっ子。その続き。あいつはガングーになりたいんじゃない、ガングーのようになりたいんだ。そこは似ているようで少し違う」
エルグランドという男はガングーを超えたいと言っていた。
だがやっていることはガングーの栄光をそのままなぞろうとしているだけだ。
しかし金山は違う。
あいつはガングーより上に行こうとしている。
ガングーより自分が優れていると思いたいのだ。
あいつは他人のものが欲しい。他人の持っているもの、全てが欲しいのだ。それは物理的にも、精神的にも、それが人の価値であると信じているのだから。哀れな男だ。
「分からないな」
フェルメーラは首を横にふる。
「つまりな、魔王軍はここから巻き返してくるんじゃないかって思うんだよ」
ここまではガングー時代のまま。
グリースに占拠されたテルロン。そこを奪還したドレンス。500年前はこれでめでたしめでたしだった。けれどここからグリースがもう一度ドレンスを押し返せたら?
それは500年前の再現とはならず、金山からすればガングーに勝ったことになるのでは?
バカげた考えだ。
しかしそういうバカげたことをやる男だ、金山は。
幼馴染の俺には分かるのだ。
だから俺はこうして、見張り塔から見ているのだ。相手が攻めてこないか。
だからが階段を登ってきた。こちらから覗き込むとルークスだった。見張り塔へと向かうための階段は天井が低い螺旋階段だ。そこを窮屈そうにのぼってきていた。
「どうした、ルークス」
「シンク隊長、エルグランド将軍が呼んでるぞ」
「……なんのようだろう。フェルメーラ、悪いけどついてきてくれるか」
「シンクくんだけだとまたケンカになるからね」
「そういうこと」
俺たちの溝はすでに修復不可能にみえるほどに深まっていた。
他人との仲違いというのはいつも嫌なものだ。
「シンク隊長、見張り変わるよ」
「ん、ありがとう。デイズくんは?」
「後ろにいますよ!」
あ、そうなの。ルークスが大柄過ぎて隠れて見えなかった。
こういう見張りは2人が基本だよね、目は多い方が良いし、本当に敵が来たときは1人が報告に行けて、もう1人が見張りを続けられる。
俺たちは狭い通路をなんとかすれ違う。
螺旋階段を降りながら、俺は「なんの話しだろうな」とフェルメーラに聞いた。
「さあ、どうだろうな。そういえばシンクくん、彼女とどうなの?」
「唐突だな。え、いきなりなに?」
「いや、こっちに来てしばらくたつけど。そろそろ手紙でも来ても良いもんじゃないかい?」
「手紙ねえ……」
なんかそれも死亡フラグな気がするな……戦場で恋人からの手紙とか。見てる間に死ぬやつじゃないか? そもそも俺、手紙とか送られても文字が読めないからな。
そんなこんなでエルグランドのいる部屋に行く。
ここは作戦本部という名前で、前の天幕よりも快適だった。
「エルグランド、なんだい?」
俺はいちおう友好的な態度をとった。
こういうのはいきなり険悪な雰囲気でいくと絶対に仲直りできないからね。
俺はべつにエルグランドのことが嫌いなわけではない。ただお互いのやり方が違うだけだ。
「そうですか、アメリアからの増援はすでに向かっているのですね――」
エルグランドは他の人と喋っている。
こちらを見ようともしない。
ダメだぞ、そういう態度。
フェルメーラがわざとらしく咳払いをする。「ごほんッ」それでエルグランドはやっとこちらを見た。
「貴方を呼んだ覚えはありませんよ、フェルメーラ」
「そう邪険に扱わなくてもいいじゃないかい、エルグランド」
フェルメーラはヘラヘラと笑いながらも、しっかりとエルグランドの目を見つめている。
それに圧倒されたのか、エルグランドはきまり悪そうに視線をそらした。
「エノモト・シンク。貴方に手紙が来ていますよ」
「手紙?」
「シャネル・カブリオレさんからです」
そう言って、エルグランドはいかにもな手紙を渡してくる。
「見てないだろうな」と、牽制しながら受け取った。
「封は切られてないはずですよ」
たしかに、蝋で固められた封がしてある。
「で、なに。この手紙を渡すために呼んだの?」
あとで手紙は誰かに読んでもらおう。デイズくんあたりがいいかな、茶化される心配がなさそうだし。
「まさか。残る2つの拠点を制圧する計画が整いました」
「へえ」
「現在、このテルロンに向かって海路からアメリア軍の援軍が向かっております。それが到着次第、海と陸からテルロン要塞を攻めます」
「あっそ」
俺はすでに手紙の方に気が向いていた。
「そのさい、貴方がた特別部隊には最前線で戦っていただきます。いいですね」
「いいよ」
適当に答える。
答えてから、え、いまなんて言った? と思った。
けれどエルグランドはそれで話は終わりだとばかりにあっちへ行けと手を振った。
俺はなんだか狐につままれたような思いで部屋を出た。
「シンクくん、男だねえ。普通はああいうときに即答はできないものだよ」
フェルメーラが褒めてくれるが……。
「なんかとんでもないこと言った気がする」
まあ、なんとかなるか。
なるか……?
分からなかった。




