402 馬をかりる
俺は部屋の扉を乱暴に叩く。
「おい、エルグランド! エルグランド・プル・シャロン!」
しかし中から音がしない。
たぶん寝ているのだろう。
腹が立ったので、思いっきり扉を蹴りつけた。
それでやっとエルグランドは起きたのだろう、少しして扉が開かれた。
「……なんですか。うるさいですよ、エノモト・シンク」
「おい、エルグランド。馬かしてくれ、馬!」
「馬……ですか?」
なぜ、とエルグランドは首をかしげた。
「べつに理由なんてどうでもいいだろ。とにかくかしてくれよ!」
「いやですよ、ふざけているのですか。それとも酔っ払っているのですか」
「酔えるアルコールもここにはないだろ! この問答が無駄なんだって。さっさと馬をかせって! ほら、はやく、いますぐに!」
「そんなに乗りたいのなら勝手に乗っていけばいいでしょう。ふぁあ、私は眠いのです。貴方もいつまでも遊んでいないで、さっさと寝なさい。明日は夜明けとともに出発ですよ」
こいつ、マジで殴ってやろうかと思った。
こっちがこんなにつらい思いをして、しかも寝る場所は廊下だっていうのに。エルグランドのやつはふかふかのベッドの上で寝ているんだ。しかも、顔色も良い。きっといいものを食べてるんだろう。
まあいいや。いまはさっさとデイズくんを探しに行かなければ。
「ありがとよ!」
いちおうお礼は言っておく。
けれど怒っていたので扉は乱暴にしめた。
「ちょッ! なんですか、いったい!」
部屋の中でエルグランドが文句を言っているが、無視する。
「というわけだ、ルークス。馬が手に入った。これでデイズくんを探すのも楽だろう」
「な、なあ。いまの総隊長のエルグランド様だよな?」
「そうだな」
「貴族様、だよな?」
「らしいね」
なんだかルークスは驚いているみたいだけど、俺はよく分からない。
それよりもまは、はぐれてしまったデイズくんを探すのが先決だ。
なんでもいいけど、かってに「くん」付けで呼んでる。どんな人かは知らないが。
「とりあえず隊長、今日来た道を戻ればどっかにデイズのやつはいると思うんだ」
「そうだな、それしかないな」
拠点の外に出ると、思ったよりも寒かった。
俺は一つ身震いしてから、星を見る。
「こういうときさ、星を見て方向とか分かったら格好いいよな」
適当に言ってみる。
「デイズは分かるんだが……」
「それなら、是が非でも見つけなくちゃな」
下手したらミイラ取りがミイラだ。拠点から出たは良いが、戻れなくなったじゃシャレにならない。
俺たちは馬小屋に行く。いちおう軍事拠点である、とうぜん軍馬をとめておくスペースはあるのだ。
俺はエルグランドの馬のもとに行き、なだめるようにその毛並みを撫でてやる。
なかなか大人しそうな馬だ、これなら乗りやすいだろう。
とはいえ馬に乗るのも久しぶりだ。『武芸百般EX』のスキルを無くしてからは初めて。ちゃんと乗ることができるだろうか。不安だ。
「シンク隊長、俺はこの馬を借りてくぜ」
ルークスは夜だというのにいきの良さそうな馬を探しだした。
「ん? ああ、うん」
ルークスは慣れた感じで馬に乗る。
俺もいつまでももたもたしていられない。馬の方も準備はできているのか、身を下げて「さあ乗ってください」としめす。覚悟を決めて、いざ馬に飛び乗ろうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
しかし、いきな馬小屋の入り口の方から声をかけられた。
それはエルグランドの声だった。
「どうしたー?」
俺は間延びした感じで聞く。
エルグランドのやつ、さてはさっきまで寝ぼけていたな。それで我に返って、慌てて追いかけてきた。おおかたそんなところだろう。
「あ、貴方はなにをやろうとしているんですか!」
「馬に乗ろうとしている」
「ふざけないでください!」
ああ、うるさい。
こんな夜にキンキンと騒ぐなよな。
「はいはい、ふざけてませんよ」
エルグランド苛立った足取りでこちらに近づいてくる。エルグランドの馬が怯えたように縮こまる。馬というのはそこらへん、敏感な動物なのだ。俺は馬を安心させようと、首筋を撫でてやりながら笑いかけた。
「こんな時間に、なにをしに外へ行くのですか!」
「はぐれたやつがいるからな、探しに行くんだ」
「はぐれた兵を探しに行くですって!? そんなものは捨て置きなさい!」
「そうはいかんだろう、そりゃあたかが兵士1人かもしれないけど、ここにいるルークスの大切な友達なんだ。大丈夫、すぐに見つけて帰ってくるから。明日の行軍に迷惑はかけないよ」
「そういう問題ではありません! まさか貴方、逃げるつもりではないでしょうね!」
「逃げる?」
「そのまま脱走するつもりではないかと言っているのです!」
「おい、エルグランド。いい加減にしろよ。俺だって怒るぞ」
なんでちょっと外に出て、はぐれたやつを探しに行くだけなのにそこまで疑われなくちゃいけないんだ。俺は100パーセントの善意でやっているんだぞ。
「出ていくことは許しません、これは命令です!」
俺はどうでもよくなって馬に乗ろうとした。
エルグランドが俺の腕を掴む。
そして、もう一方の手で俺を殴ろうとしてきた。
振りかぶられた手。
――それを俺は掴む。
「エルグランド、一つだけ言っておく!」
「て、手を離しなさい」
「自分から殴りかかっておいて何を言うか! 俺はな、あんたのことが最初から気に入らなかった。だけどな、あんたのことを全部が全部嫌いだったわけじゃない!」
少なくとも、一緒に酒を飲んでいるときは楽しかった。
「なにが言いたいのです」
俺はエルグランドの腕を掴んでいる、自分の手に力を入れた。エルグランドの端正な顔が歪むが気にしない。
「俺とあんたはやり方が違う。俺は他人を駒としてなんて見ていない! あんたみたいな人間は、人を、個人をないがしろにする人間は嫌いだ!」
俺は手を離し、颯爽と馬に乗る。
エルグランドはなにも言わなかった。
悔しそうにうつむいていた。
「行くぞ、ルークス!」
「お、おう」
出ていく俺、腹がたっていた。
けれど心のどこかで思ってもいた。
――たぶん、ただしいのはエルグランドの方だ。
自分がバカなことをやっているのは分かる。
それでも――やってしまうんだ。だって俺はバカだから。
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