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387 1000年の先


 エルグランドは深い溜め息をついた。


「はっきり言いましょう、手駒がたりません」


「手駒ねえ……」


 ずいぶんな言い方じゃないの。まるで人間を物みたに扱って。


「貴方もご存知でしょう、ガングーの功績を」


 ご存知でしょう、とか言われても――。


「いや、知らん」


 そもそもどっちのガングーだ? このエルグランドという男はガングー13世のこともガングーと呼ぶので紛らわしいのだ。そもそもカブリオレが名字のはずだから、カブリオレ13世が正しいのではないか? よく分からないけど。


「まったく、これだから冒険者。いいですか、我がドレンスの実質的指導者、ガングー13世はこのパリィの街に商業的な改革をもたらしました。また、街の区間整理などにも尽力し、そして財政も健全化させました」


「へーすごいな、なんでもやってるじゃないか」


「彼は戦争屋ではなく政治家なのです。そこは初代ガングーとは明確に違います」


 明らかに優柔不断に見えたあの態度も、政治の世界では熟考じゅくこうと言い換えられるのかもしれないな。それで失言なんかをしなければ良いのだ。


 どこの世界だって政治家に怖いことは失言だ。


「で、それでどうして手駒がなくなるんだよ」


 そんなふうに財政改革だかなんだかをやった人間だ、支持者も多いと思うのだが。


「軍縮です」


「ああ、なるほど」


 と、言ってみるがいまいちよく分からない。


 でもほら、分かったふりしておけば格好いいでしょ?


「この国では伝統的に、陸軍にあてられる予算配分が多かったのです」


「あー、軍事国家だったんだよな」


 そういえば、シャネルがなんか言っていたな。慌てて兵隊をかき集めているのは戦力が足りない証拠、だとかなんとか。


「ですがその費用はあきらかに国の財政を圧迫していました。ですから、ガングーはここのコストカットをしたのです。もちろん反対意見も多かったのですが、結果的には英断でした」


「とはいえ、いまさらそのしわ寄せが来たと?」


「察しがよくて助かります。つまりはそういうことですね。我々は戦争をしなければならない、しかし兵はいない。そのためにならず者である冒険者を徴兵することにしても、今度はそれを指揮するものがいない」


「そこで俺に白羽の矢が立った、と」


「むしろ将兵の不足こそ現在のドレンス陸軍においての最優先課題です。エノモト・シンクさん」


 相変わらず発音が違う。


「なんだよ」


「この通りです、私たちに力を貸してください。聞いたところによると貴方はルオの国で集団戦闘の経験があるのでしょう? ギルドからの情報にはそうありました」


 エルグランドは頭を下げている。


 俺は気まずくなって頬をかく。


「そりゃあ、いちおうルオでは戦ったけどさ」


 でもあれは戦争というよりも革命だった。


 馬賊たちはみんな必死でその日を生きて、そして貧困と戦った。その結果としてついには国すらも変えてしまったのだ。


 それを率いたのは、1人の英雄……。


 言っちゃ悪いが、ガングー13世にはその資格がないように思える。


「報酬は私の妹と、そして地位と名誉を与えます。戦後は相応の立場を約束します。エノモト・シンク、貴方は救国の勇者となる素質があるのです!」


「あらま、御大層なこと言っちゃって」


 たかがゴロツキをまとめた隊のトップをやれってだけの話だろ?


 とはいえ――いざ戦場に行けば真っ先に捨て駒にされる隊でもあるはずだ。もしもそこで生き残ったとしたら、そりゃあきっとすごい戦果をあげていることだろうな。


「ダメ、でしょうか?」


「はっきり言うと、ダメというより嫌なんだ。俺は戦争なんてしたくない」


 そもそもこの国の人間はおかしいと思う。みんな嬉々として戦争に向かっている。軍靴ぐんかの音を心地よい音色とでも思っているのか。


「なぜですか、勝ち戦ですよ」


「勝ち戦? 本気で言っているのか?」


 そもそも、そこらへんが気に入らない。


 エルグランドはまるで兵さえいれば必ず勝てる戦争だと、そう思っているようなのだ。


 敵の姿も知らないというのに、なぜそんなに自信がもてるのだろうか。


 それは自信ではなく過信というものだ。


「我々は勝ちますよ」


「言うだけなら誰でもできるさ」


 俺はブランデーを飲む。かなり酔ってきた。それはエルグランドの方も同じなようで。お互いに少しだけろれつが回っていなかった。


「我々はその気になれば、貴方の冒険者資格を剥奪にすることもできるのですよ」


「おだてた次は脅しかよ」


「いえ、ただ事実を言っただけですよ」


 それを脅しというのだ。


「そもそも俺じゃなくても良いだろう」


「いいえ、貴方でなくてはダメなのです。冒険者たちに顔がきき、しかも戦争の経験がある」


 ダメだ、話がループしだした。


 これでは水掛け論だ。水掛け論っていうのは違うか、袋小路? が正しい気がする。


「貴方はなにを求むのですか。男として生まれたからには戦場で武勲をたて立身出世することに心が踊らないのですか?」


「そういうのには興味ないな」むしろ平和な生活を望む。「逆にあんたはどうなんだよ?」


「私ですか?」


「そうだよ。あんたは何を望むんだ? あんたも、ガングーのようになりたいのか?」


 俺は金山のことを思い出していた。


 戦争戦争と言っているけど、ようするにあいつの起こした戦いだ。


 どうしてそんなものに、この俺が付き合ってやらねければならい。俺は最終的にあいつを殺せればいいだけなのだ。


「私は初代ガングーになりたいわけではありません」


「ほう」


「私は、ガングーを超えたいのです。500年の後世に名を残したガングーという男。その男を超えて、私は1000年の先までこの名を残したいのです!」


 エルグランドの語気は荒くなる。


 酔っているせいで本音が出たのだろう。


「なんだあんた、意外と小物なんだな」


 俺は笑う。


 そりゃあそうか、自分の趣味のメイド服を小間使に着せるような男だ。


「悪いのですか!? 言ったでしょう、男として生まれたからには戦場で武勲をたてて立身出世をしたいと! 私はエルグランド・プル・シャロンです! トラフィック・プル・シャロンの子孫ではなく、エルグランドという個人なのですから!」


 なるほど、この男は金山とは違うな。


 たしかにガングーになりたがっているわけではない。


 この男はいうなれば、自分を探しているのだ。


 もしかしたら、と俺は思う。


 ――エルグランドは俺と似ている?


 異世界に来て復讐を果たし、前に進みたい俺。


 戦争で勝ち、名を知らしめて個人として認められたいエルグランド。


 妙な親近感がわいた。


「エノモト・シンク! 私と一緒に戦ってください! 私の伝説のために!」


「いったん社に持ち帰って検討してみます」


 なんか社会人だとそう言うんでしょ?


「シャネルさんと相談するのですか? それならそれで良いでしょう。貴方は魔王を殺したいと言っていましたね」


「まあな」


「我々と一緒に戦うことはその目的を果たすことになるのではないでしょうか?」


 実際問題として、もういちどグリースの国に渡るには戦争に参加するべきかもしれない。


 だが俺は――。


 踏ん切りがつかない。


 けっきょく俺たちの会話は、その夜ずっと平行線だった。


 エルグランドは粘り強く俺を説得したが、俺は首をたてに振らなかったのだった。


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