386 恋バナ?
「ずばり恋バナです」
と、言ったエルグランドはニコニコと笑っている。
「なに言ってんの、あんた。いい大人がさ」
いや、エルグランドが何歳かは正確には知らないけど。
俺はブランデーを口に含む。あんまり飲みすぎたらすぐに酔いそうだ。
「貴方、私が貴族だと理解していますか? まあ良いでしょう、酒の席では無礼講ということにしておきましょう」
「こんな2人きりで飲んでて、貴族だなんだと。ああ、いやだいやだ。あんたさ、一緒に飲むのつまらないって言われたことあるだろ」
「むっ」
どうやら図星だったらしい。
ちょっと悪いことしちゃったかな。
「で、恋バナってなに?」申し訳なかったので話にのってやることにする。「好きな人でもできたのかよ」
「いえ、いまはそういう話はありませんね。先日、婚約を破棄してしまいまして」
「あ、なに? 振られたの?」
「振ったんですよ、こちらから」
本当かなぁ? まあ良いんだけど、なんでも。
「信じていないでしょう?」
「いや、べつに」
ブランデーを飲む。コップの中がからになって、今度はボトルごと渡された。自分でそそいだ。
「ペースが早いですよ」
「さっさと部屋に戻って眠りたいのさ」
「つれないことを言わないでください。これでも私は楽しんでいるんですよ、久しぶりに他人とこうして酒が飲めて」
楽しんでいる?
それにしては無表情に近い顔をしているが。
これで楽しんでいるのだとしたら……この人はそうとうに不器用な人間だ。
「まあ、いいや。それで恋バナだったか」
「ちなみに聞いておくのですが、あのかた。シャネル・カブリオレさんとはどのような関係なのですか?」
「質問に質問でかえすようですけど、どんな関係に見えるよ?」
こいつ、頭おかしいんじゃねえのか。
「恋人……でしょうか。夫婦にしてはなんというか、ウブな感じがします」
「さすが貴族様、人間観察もばっちりですな」
「褒めるふりをしてけなすのはおやめなさい。そうですか、婚姻はされていないのですね」
「当たり前だろ」
だって俺、まだ童貞だぜ?
どうでもいいけど、童貞で結婚してる人ってこの世にいるのかな。いないだろうな……。婚前交渉がダメとか、どれだけ古風なのさ。
「ときに、貴方とフミナはどれほどの関係なのですか?」
「友達だってこの前言っただろ」
言わなかったか?
「ふむ、つまりは悪い感情は抱いていないと?」
「あんた、なにが言いたい?」
嫌な予感がした。俺はグラスをテーブルにおき、懐のモーゼルに手を伸ばした。
「そう警戒しないでください」
「質問がある、正直に答えろ。あんたは俺と友達になりたいのか。それとも俺を罠にはめようとしているのか。返答次第では容赦しないぞ」
「そう怖いことを言わないでください。私は貴方に危害を加えるつもりはありませんよ。そうですね、しいていうなら……家族になりたいのです」
「はい?」
福山○治?
いや、違うか。
じゃあなんだ?
そっち系の人なのか、エルグランド? ホモなのか? モーホーなのか?
怖くなった俺はとうとうモーゼルを抜いた。
「なぜ銃を抜くのですか」
「いや、だって……」
「向けないでください」
「いや、ダメだ!」
「なぜです?」
「怖いからだ!」
「怖いとはまた、異なことを。大丈夫ですよ、悪くはしませんから」
「とりあえず落ち着け!」
「貴方がです」
くそ、こいつめ。モーゼルをおろした瞬間、襲われるんじゃないだろうな。
さすがに正面から組み合って負けるつもりはないが、怖いものは怖い。
「あのな、エルグランド。このさいだから言っておくが。俺はノーマルだ。シャネルが好きなんだ、愛しているんだ。これまでずっと一緒に旅をしてきて、相思相愛だとい思ってる」
「そうですか……しかし他に目移りしないことも、ないとはいえないでしょう?」
「そりゃあそうかもしれないが!」
だが男だけはない!
いや、べつに同性愛者のかたがたを差別しているわけではなく、俺がそうであるというだけだ! あしからず!
「人生にただ1人の女性しか愛さないというのも、ドレンス人としては寂しいものです!」
「俺はドレンス人じゃない!」
「だとしても、恋はいくらしても良いものです」
エルグランドが少しだけ身を乗り出した。
俺は下がろうとしたが、椅子の背もたれが邪魔をする。
「大丈夫、すべて私にまかせてください」
「まかせられるかよ!」
「問題があるのでしたら、未練があるのでしたら、あのシャネルさんを妾として置いても良いのですよ」
「それはおかしいだろ!」
むしろ妾だとしたらそれはお前のほうだろとよっぽど言ってやりたかった。
「なかなか強情ですね」
「強情にもなる! それ以上近づけば撃つ!」
「なにをそんなに怒っているのですか。フミナはそんなに可愛くないですか? かりにも私の妹です、容姿はかなり整っているはずですが」
「フミナ?」
「はい。もともからフミナの話しをしていたつもりですが?」
これはこれは……もしかして俺ちゃん、とんでもない勘違いをしていたのではないか?
愛想笑いをしてモーゼルを懐に戻した。
「紛らわしい」
「恋バナと言ったでしょう。なにを勘違いしているのですか?」
「ノーコメントで」
そもそもエルグランド、ホモっぽい顔してんだよ。というかBLっぽいというか。
「それで、フミナはどうでしょうか?」
「どうってなにがさ?」
俺はもう一度ブランデーを飲む。
少し酔ってきた。やっぱり強いアルコールだ。
「貴方の結婚相手にです」
「ブッ!」
思わずブランデーを吹きだした。
「ちょっ、汚いですよ。高いんでからねこの服」
「ゲホッ、ゲホッ! 貴族が、ゲホッ、そんな小せえこと気にしてんじゃねえよ!」
むせながらもなんとか言い切る。
「どうでしょうか。悪い話ではありませんよ」
「あんたなあ……」
なんだよいきなり、結婚って。
「フミナと一緒になれ貴方を貴族に取り立ててあげることも可能です。それこそ今度の戦いで戦果をたてたことしてに騎士の位につかせましょう。どうですか? 貴族になれる、またとない機会ですよ!」
「そりゃあすごい」と、俺は棒読みで言う。
「喉から手が出るほどでしょう?」
「むしろ喉から手が出る人を見てみたいぜ。あんた、本当につまらん男だな」
「つまらない、ですか? 申し訳ありません。私は貴方がなにを求めているのか、本当にわからないのです。どうしてここまで言って首をたてにふらないのですか?」
「気に入らねえからだよ」
俺は椅子に深く腰掛け直す。
このさいだ、全部ぶちまけてしまおう。
「なにが?」
「フミナのことをまるで物みたいに扱うことがだ。あんた、もしかしてフミナをパリィに呼んだのはそれが目的かよ? だとしたら最低だぜ」
どうしてフミナがパリィに来たのか。
それは俺にくれてやるためだったのだ。
「私は最低ですか?」
「間違いなくな。あんたが俺のことを泊めてくれてる屋敷の主人じゃなけりゃ、ぶん殴ってたよ」
エルグランドは落ち込んだように顔をふせた。
これはたぶん演技ではないのだろうな。
「腹を割って話しましょう」
と、覚悟を決めたようにエルグランドは言う。
「遅えんだよ」
と、俺はエルグランドのグラスにブランデーをそそいでやるのだった。




