382 屋敷の探索、そして書斎へ
部屋から追い出された俺(言い方が悪い)。
さてさて、どこから周りましょうか。部屋を出て、外に行くのも一つだけど。まずは屋敷の中からだ。
「よし、パトリシア。てきとうに案内してくれ。楽しそうなところをな」
「ワンッ!」
こいつはバカ犬だけど、知能だけはけっこうあるので人間の言葉を理解するのだ。というかそれってバカ犬じゃないね。
パトリシアが歩いていくのを後ろから追う。
さて、どこに連れて行ってくれるのか。
と、思っているとパトリシアはどキッチンに向かった。我が物顔で中に入っていく。いや、骨だから顔なんてないんだけどね。
そっと中を覗き込んだ。
「あらパトリシア、また来たの? じゃあこれ、夜ご飯なんだけど。あげちゃうわ」
中ではメイドさんたちが料理をしており、そのうちの1人がパトリシアに骨付きの肉をくれてやる。パトリシアは嬉しそうにしっぽを振る。
あの犬、これが目当てだったのか。
パトリシアは骨付き肉をくわえて、嬉しそうにキッチンから出てきた。
「わわーん!」
骨付き肉を地面に落とし、半分くらい食べた。そして残りを起用に前足で俺の方へさしだす。
「わけてくれるの?」
「わん!」
たぶん肯定だろう。
「気持ちだけ受け取っておくよ」
だって床に一回落ちたじゃない。こんなのは畜生の餌だよ、人間様が食べるもんじゃねえ。
パトリシアは「せっかく美味しいのに」とでも言いたげな様子で残りの肉を食べた。
食べた、というか口に入れた。ちゃんと咀嚼して噛み砕いて入るが、そのまま首やら腹の部分からぼとぼとと落とす。だって骨だもん、食べられるわけないじゃないか。
キッチンの方からメイドさんが出てきた。たぶんパトリシアの食べこぼしの肉を片付けるためだろう。
それで、外にいた俺に気づいて立ち止まる。
「どうも」と、俺は視線を合わせないように挨拶した。
さきほどのメイドさんとは別だ。この屋敷、いったい何人くらいお手伝いさんを雇っているのだろうか。みんな女の人で、けっこうな美人ばかりだ。
「お客様、申し訳ありません」
いきなり謝られた。
なんで?
しっかりと頭を下げているメイドさん。きれいな黒髪だなあ……。
「なんで謝るんですか?」
「パトリシアがなにかそそうをしたのではないかと……」
「いや、べつにそんなことないっすよ。俺はただこいつと屋敷の中をまわってただけですから」
「ワンワン!」
メイドさんはまるで怯えるように俺を見ている。なんだか嫌な目だ。こんなふうに人に見つめられるのは好きじゃない。
これじゃあまるで俺がイジメてるみたいじゃないか。
ここは一つ、ひょうきんなところでも見せて笑ってもらうか? まさか、そんなことできるわけがない。だって俺はお笑い芸人じゃないんだから。
「あの、お客様。つかぬことをお伺いしてもよろしいですか?」
「よろしいですよ」
と、冗談めかして言ってみるが、メイドさんはくすりともしない。
ふと見れば、キッチンの中にいるメイドさんたちが全員で聞き耳をたてているようだった。
「お客様はフミナお嬢様とどのような関係なんですか?」
「どんな関係って?」ああ、それが気になっていたのね皆さん。「まあお友達だよ」
「ということは、お客様も貴族なのですか」
「そんなわけないですよ、ただの冒険者」
「あ、やっぱりですか。貴族のかたには見えませんから」
あっはっは、と笑う。べつに失礼なことを言われているわけでもないだろう。
会話がとぎれた。こういうとき、ここから次の会話に派生することができるのはリア充という人間たち。俺ちゃんのような陰キャ童貞には無理なのだ。
「さあ、パトリシア。行くぞ」
犬をダシに使ってその場を離脱した。
いやはや、よく考えてみれば俺とシャネルはいきなりやってきた謎の人間だ。この屋敷で働いているメイドさんからすれば、どんな人間なのか興味がわくのだろう。
「ワンワン」
パトリシアが何かを言っている。
「パトリシアよ、はっきり言っておくぞ。俺は童貞なので可愛い子とお話することなどできないのだ」
こっちが言い聞かせてやると、パトリシアはカラカラと笑った。
俺たちは屋敷の中をてきとうに歩く。掃除をしているメイドさんがこっちを見ていたりする。視線を合わせないようにする。
……自分でも嫌になっちゃうよ、童貞すぎて。
というかこの屋敷、まじでメイドさんばっかりだな。男の使用人とかいないのか? 馬車を運転していたのは男の人だったけど。
パトリシアがいきなり部屋の前で止まった。
「どーした?」
「ワンワン」
なんだろうか、ここほれワンワン的なあれだろうか。
俺は部屋のドアを開けてみる。
うわぁ……なんだこの部屋。
「趣味が悪いな」
壁には絵が飾られている。その横には武器がかけられていて。そのさらに横によく分からない動物の毛皮。とにかく色々おきました、という感じの部屋だ。そのせいで部屋の中の色がうるさいのだ。とにかくゴテゴテしている。
まさかフミナの部屋ではあるまい。
「誰の部屋だ、これ?」
「ワン」
いや、さすがにワンだけじゃあ分からないわん。
「まあなんだ、この部屋は見なかったことにしよう。さあパトリシア、次に行くぞ」
人の家を勝手に探索するのってけっこう楽しい。もともと俺ちゃんは好奇心旺盛なのだから。
それからもいくつかの部屋を回ったが、あまり面白い場所はなかった。あのヘンテコな部屋が一番のハイライトだった。
けれど、最後に残った部屋の扉を開けたとき。俺はその部屋が一番気に入った。
書斎だ。
面白さにはかけるかもしれないが、本に囲まれた空間というのは嫌いじゃない。
とはいえ――。
「読めないんだよなぁ……」
独り言のように言う。
けっきょく俺はこの異世界に来てから文字を覚えるということすらしていない。会話が通じるんだから良いんじゃないか精神でここまでやってきた。
てきとうに一冊、本を手に取る。
開くとかび臭いにおいが鼻をついた。
「あ、これ絵があるんだ」
内容は分からないけど、挿絵だけ見る。どうやら冒険譚のようだけど……。昔はファンタジー小説とかよく読んだな、と思い出した。
いまじゃあそのファンタジー小説の世界に自分がいるのだから、不思議なものだ。
本を元あった場所に戻す。
そろそろシャネルの場所に戻ろうかなと思った。
「ん?」
けれど、一冊だけ気になった本があった。
それは書斎の中心に、鎮座するように置かれていた。飾っているのだろうか? 本は脚の長いテーブルに置かれており、周りには透明なドーム状のかぶせものがしてあった。
近づいてその透明なドームを外そうとしてみる。もしこれで動かなければ諦めるつもりだった。
「あ、動いたぞ」
「ワン!」
「これ、読んで良いのかな?」
どうせ読めないけど。
「ワン?」
まあ怒られたらパトリシアのせいにしよう。こいつがテーブルにぶつかって本が落ちたとかなんとか言い訳すればいいや。
本を開く。
最初のページにあったのは五十音の表だった。
日本語の。
「えっ?」
どうみても日本語だ。
あいうえお。
ひらがなだ。
「どういうことだ?」
不思議に思って次のページを開く。すると漢字が並んでいる。小学一年生で習うような簡単な漢字からはじまり、少しずつ難しい漢字が増えていく。とはいえ日常生活で使うような漢字ばかりだ。
憂鬱、って文字がないか探してみる。
なかった。
薔薇、って文字も探してみる。
あ、これはあった。さらに次のページにだ。そこは難しい漢字が書いてあり、横には達筆な字で例文が書いてあった。
『キミは薔薇より美しい』
けっ、と俺は気味が悪くなる。
「なんだこの本?」
俺はさらに次のページをめくった。
序文があった。いや、それは序文というよりも2人の署名と言うべきか。
『願わくばこれを語りて平地人を戦慄せしめよ――ガングー』
『我が友、ガングーへ――トラフィック・プル・シャロン』
なんなのだ、この本は?
俺には分からなかった。




