380 屋敷への移動
フミナが俺の腰にある刀を興味深そうに見た。
「どうした?」
馬車に乗り込もうとしているときだった。
「さっきから気になってたんですが。それ、なんです? 武器ですか?」
「刀だけど、知らない?」
見せてあげようと抜いてやった。するとフミナは驚いたように口元に手を当てる。
「本当ですね。すっごく薄いけど……剣です」
「遠くルオの国で作ってもらったんだ。フミナにもらった剣は、悪いんだけど壊しちゃってさ」
「良いですよ、剣くらい。消耗品みたいなものですから」
フミナにもらった剣は『グローリィ・スラッシュ』の魔力に耐えきれずに粉々になった。でもこの刀はいまのところそういうことがない。良い事だ。
とはいえフミナにもらった剣は、いまでも柄の部分だけ残している。それは俺の思い出だからだ。
「ねえ、シンク。早く乗りなさいな」
シャネルに急かされた。
「おう」
俺は刀を収めて馬車に乗る。
馬車っていうのはあまり好きな乗り物じゃない。なにせ乗り心地が悪いから。
パリィの街ではよく見かけて、いわゆるタクシーみたいな使い方をする馬車もあるのだが、俺はほとんど利用しない。お金もかかるしね。
「屋敷まで帰ります、出して」
フミナが御者に言う。
なんでもいいけど生身の人間なんだね。昔はスケルトンが運転する馬車に乗っていたんだけど……。気になったんだけど、聞いて良いことなのだろうか。
あーあ、こういうとき誰かが聞いてくれないかなー。
俺はちらっとシャネルの方を見た。
「あら、運転しているのは人間のかたなのね。スケルトンは使わないの?」
さすがシャネル、ここらへんの意思疎通は言葉がなくてもばっちりだね。それとも彼女も俺が思っていることと同じ疑問をもっただけだろうか。
「街中でスケルトンなんて使わない、です。いやしくもプル・シャロン家の馬車がそんなことをしていたら笑いものになる」
なるほど、見栄は大事ってことか。
でもスケルトン、便利だと思うけどね。陰系統の魔法らしく、骨をほぼ自動で動いてくれるみたいだし。かなり使い勝手の良い魔法だと思う。
あれ……でもあの骨ってよく考えたら本物なのか?
マジモンの人骨?
ならたしかに街中で使って良いもんじゃないな。
馬車は走り出す。ベルサイユ宮殿から出て、通りの方へ。
「それで、フミナちゃんはどうしてパリィにいるの?」と、シャネルが聞いた。
「お兄様に呼ばれた」
お兄様?
本当にそんな呼び方する人がいるんだな。漫画のお嬢様キャラみたい。いや、よく考えればフミナはお嬢様なのか。だって貴族だし。
「それって、もしかしてエルグランド・プル・シャロンのこと?」
「はい。突然、パリィに来いって。……あっ」
フミナがしまったという声をだした。
「どうした?」
なにか忘れ物でもしたのだろうか。
「これは言ってはダメだとお兄様に言われていた」
馬車の中を微妙な沈黙がつつんだ。
フミナは自分の失言に落ち込んだ顔をしている。
「よし、じゃあ聞かなかったことにしよう!」
俺はつとめて明るく言う。
「そうね、私たちはなにも聞いてないわ」
シャネルも気を使う。
「……ありがとう」
それにしてもエルグランドがわざわざフミナを呼び寄せた? これは裏になにかがあると考えるのが普通だ。
そういえばフミナはさきほど、俺たちに会ったとき「本当に会えた」と、そんなようなことを言っていた。
あの男、いったいなにをたくらんでいるんだ?
「お2人はどうしてパリィへ?」
今度はこちらが質問をされる番だった。
「どうしてって、俺たちけっこう長いことパリィにはいるよな」
「そうね。他の場所にも滞在したけど、一番ながくいるのはここだわ」
「そうなんですか。他、というとどこへ?」
そうだな――と、俺はこれまでのことを話せる範囲で教える。いくつかの国へ行った。ずっと冒険者をやっている、大変だけど楽しかった。
「そっちはどうなの?」
「私は……べつに変わったこともないです。ただお屋敷にずっといました」
やっぱりそうなのか。
「フミナちゃんはパリィのほうにいつまで滞在するのかしら?」
「それも分かっていないんです。お兄様がいろと言う間、います。でもあちらの屋敷に戻っても寂しいので、パリィには長くいられたら良いと思います」
なんだか俺は胸がつまる思いだった。
せめてフミナがパリィにいる間は、楽しんでもらわなくてはいけない。
ふと馬車の外を見れば、人が広場に集まっていた。馬車は広場を通る場合、外周の方を通るのが一般だが、貴族の馬車の場合は別だ。真ん中を堂々と通っても良いということになっているらしい。
だが、フミナの馬車は集まる人をよけるように広場を通った。目立ちたくないのだろう。
「なにしてんだ?」
と、俺は聞いてみる。
シャネルが馬車の外を覗いた。
「さあ?」
「おそらく徴兵でしょう」
ちょうへい?
えーっと、兵隊さんを集めることだな。
なんだかお立ち台みたいなのの上に仰々しい格好をした兵隊がいる。剣を振り回して道行く人たちに叫んでいるのだが。馬車の中からではバナナのたたき売りにしか見えない。
「私のいた町でも徴兵は盛んに行われていました……。戦争が始まったのですから」
「戦争ねえ」
実際に戦っていない俺はいまだに実感はない。
けれどこういうのを見れば、やっぱり本当にグリースと戦争してるんだなと思った。
「慌てて兵隊を増やすなんて、戦力が足りてないのかしら?」
「どうなんだろうな。常備軍ぐらいいるんだろ?」
「そりゃあドレンスはいちおう元軍事国家だから。ガングー時代から伝統的にいるけど」
ならそいつらで足りないのか?
いや、俺はよく知らないのだけど。
「兵隊はどれだけいても足りるということはない。って、お兄様は言っていましたけど」
「そういやあの男がそこらへんを仕切ってるのか」
じつはこのドレンスの支配者ってガングー13世じゃなくて、実際はエルグランドなんじゃないのか。なんて思っちゃう。
広場にいる兵隊は声をあららげているようだ。
俺はそれをなんだか不思議な気持ちで眺める。
あの人はいま、戦争をやっているのだろうか?
――分からない。
あの人は誰かを殺したことがあるのだろうか?
――分からない。
あの人には家族がいるのだろうか?
――分からない。
戦争ってなんなのだろうか。俺は考えてしまうのだった。
しばらく馬車に乗っていると大きな屋敷が見えてきた。とはいえ、地方にあったフミナの屋敷よりは小さそうだ。まあ首都であるパリィはそもそも土地が少ないのだ、貴族の屋敷といえど広くはならないのだろう。
そのかわり、中は豪華なのだろう。
俺はちょっとだけ楽しみになるのだった。どれだけ豪華なのかな?




