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379 フミナとパトリシア


 喧嘩別れのような形でベルサイユ宮殿を出たものの、せっかくここまで来たのだから庭園を勝手に鑑賞していこうということになった。


「なんだかんだで、こんなときじゃないと見れる機会もないでしょうし」


 というのはシャネルの言い草。


「俺としてはまあどっちでも良いんだけど」


 とはいえ、ビスタ式の庭園というのはきれいなものだ。庭としては少々単調な部分もあるかもしれないが、整然と並ぶ木々や花壇はシンプルな調和がとれている。


平面幾何学式へいめんきかがくしきなんて言われかたが一般だけど、いまじゃあ少し古いタイプの庭園ね。とはいえ懐古趣味ってほどでもないわ。美しいものは時代を超えて美しいのよ」


「ふーん」


 俺は庭の知識とかはあんまりないけれど。


 あ、でも少し遠くに見える木が面白い形をしている。なんだあれ、ニワトリかなんかの形に木が刈り揃えられているぞ。


 そっちに近づく。シャネルもついてくる。


「トピアリーね」


「なにそれ?」


「木を動物なんかの形に切りそろえることをそう言うの。でも品がないから私は好きじゃないわ。あっちの方には幾何学的に切りそろえられたのもあるけれど、ああいうのは好みだわ」


「シャネルさん、シャネルさん」


「なあに?」


「さっきからウンチクはありがたいのですが。貴女、庭師かなにかですか?」


「まさか」


「でも庭についてお詳しそうで」


「知識として知ってるだけよ。じつは私も見たのは初めて」


 なんだ、エアプかよ。


 とはいえ批判しているわけではなく。こうやって教えてもらいながら歩いていればちょっとしたお勉強ができて楽しいものだ。


「お、あっちの方も楽しそうだな」


「ああ、バラ園ね。ちょうど時期じゃないかしら。見に行ってみましょうか」


 バラ……?


「これが本当の、ベルサイユのバラ」


「なんのこと?」


「いや、こっちの話です」


 とうぜん伝わらないのである。


 俺たちはバラがたくさん生えている方に行く。なんでもいいけど、バラが生えるって表現、間違ってないかも知れないけどなんか嫌だね。耽美たんびじゃないというか……。


 そんなバカなことを考えながら、バラの方へ。


 行くと――。


 いきなり――。


 なにかが――。


 飛びかかってきた!


「バウッ、バウッ!」


 いきなりのことだったので反応が遅れた。


「うわっ!」


 とっさに振り回した手が飛びかかってきたなにかにクリティカルヒットする。


 手には硬い感触があった。


 なんだなんだ、まさかモンスターか? と思い、刀を抜こうとする。


 が、飛んでいった小さななにか――生き物?――を見て俺は驚いた。


 犬だ。


 いや、犬なのか?


 犬というより……犬の骨?


 あ、こいつ知ってるぞ!


「あら、このスケルトン――」


 どうやらシャネルも気づいたようだ。


「パトリシア、パトリシアじゃねえか!」


 俺は久しぶりの再開に嬉しくなって、大きな声を出す。


 とはいえ犬は苦手だ。必要以上に間合いをとった。


 俺に飛びかかってきた犬のスケルトン、それはフミナのペットのパトリシアだった。


 いや、しょうじき骨だけなので確証はないが。でもこれだけ俺にじゃれてくるバカ犬はパトリシアしか考えられない。


 ということは……近くにフミナもいるのだろうか?


「パトリシア? パトリシア?」


 少し離れた場所から、懐かしいダウナー系の声が聞こえてきた。パトリシアはその声の方に駆けていく。


 バラ園の向こうにフミナの姿が見えた。


 文字通りの緑髪みどりがみに小柄な体。こうし見ればフミナってまだ中学生くらいの体つきをしていたんだな。胸だってつつましいし……。


「ワンッ、ワンッ!」


 とパトリシアはまるっきり犬みたいに鳴いてフミナの周りをぐるぐるとまわる。声帯もなさそうなのに鳴き声がでるって不思議だね。


「……どうしたの、パトリシア。そんなに慌てて。なにか、あった?」


 しゃがみこんでパトリシアを抱きかかえたフミナ。そして、顔を上げた瞬間にこちらに気づいた。


「やあ」


 と、俺は片手をあげる。


「ごきげんよう」


 と、シャネルは慇懃に礼をした。


「え? あっ……あっ!」


 フミナは驚いて口をパクパクさせている。


 久しぶりの再開だ。しかも突然に。それもこんな場所で。こっちだって驚いている。


「シンクさんと、シャネルさん?」


「そうだよ。久しぶりだな、フミナ」


「そんな……本当に会えるなんて!」


 どちらかといえば冷静(良い言い方を選んでいます)なフミナにしては珍しく、感情をあらわにした嬉しそうな声をあげている。


 思わず、という感じで抱いていたパトリシアを落とす。


 パトリシアは俺をめがけてダッシュしてくるので、今度は冷静に蹴りで対処した。


 蹴られて飛んでいくバカ犬。しかし空中で体勢ををなおして着地。またこっちに来る。


 逃げる俺、追うパトリシア。


 追いかけっこがはじまる。


「シンク……昔からその犬と仲が良いわね」


「そう見えるかよ!」


「パトリシア、やめなさい」


「ワン!」


 返事だけ良いのにぜんぜんやめる気配がない!


 こうなれば――。俺は刀を抜いてパトリシアを待ち構える。もう切ってやる! とまでは思わないが、みねうちでぶん殴ってやるつもりだった。


 だがパトリシアは急ブレーキをかけて俺から離れていく。


「ワンワン」


 バカにしてように鳴いている。


 こいつめ、こっちが本気で迎撃しようとしたら逃げて行きやがった。


 そんな様子を見てシャネルもフミナも笑っているし。女の子に笑われるのって少し恥ずかしいよね。でもその笑い方も好意的なものなら許せるか。


「2人とも、生きていて良かった」


 あらためてフミナが言う。


「ええ、もちろん生きていたわよ。貴女と別れたあとも私とシンク、2人でいろいろあったわ」


 あれ、シャネルさん?


 なんかフミナにマウントとってません?


 自分のほうがシンクと一緒にいたんだぞ、みたいな。そんなわけないか。シャネルがフミナに嫉妬のような感情を抱くなんて、そんなはずないよね。


「良ければいまから屋敷に、来て、おもてなしします。いろいろ話も聞きたい」


 どうする、とシャネルが目で聞いてくる。


「良いんじゃないか?」


 むしろ積もる話もあるんだ。お呼ばれしたんなら喜んで行くさ。


 久しぶりの再開なのだ、時間はいくらあっても足りないくらいだろう。


「じゃあ行きましょう」


 フミナは嬉しそうに口の端をつりあげた。目も笑っている。


 けれどその笑顔はぎこちなかった。


 まるで久しぶりに笑うせいで、笑い方というものを忘れてしまったように。


 もしかしたらフミナはずっと1人だったんじゃないだろうか、と思った。


 俺たちが2人で旅をしてきた間、彼女は自分の屋敷で1人、スケルトンと一緒に過ごしてきたんじゃないのか。そういう生活はつらいものだろう。笑うことだってほとんどないだろう。


 可哀想に、と思った。


 せめて笑わせてあげられれば良いんだけど。


 でも童貞の俺に女の子を楽しませるなんてできるだろうか?


 いや、やってやろう!


 俺は1人、ひそかに決意するのだった。


『フミナ・プル・シャロン』


第一章のヒロイン。ドレンスの地方の屋敷で1人で暮らしている。スケルトンと呼ばれる骨をあやつる。パトリシアはそのスケルトンの一種で骨の犬。勇者である月元と結婚の約束をしていたが、月元にその気はなかった。

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