377 特別舞台の隊長
移動はわざわざ馬車があったので楽ちんだった。
俺とシャネルは横で、エルグランドは俺の正面に座っていた。エルグランドのマントは邪魔くさくて、本当に鬱陶しかった。
なので馬車を出るときに少しすそを踏んでやったら見事に転けた。
「おいおい、大丈夫かよ?」
「貴方はッ!」
「まあまあ、そう怒るなって。ほら、せっかく宮殿についたんだ。きれいなバラ園でも見て落ち着けよ。この庭園はビスタって言うタイプの庭園でな。見たことないだろ?」
「ふざけているのですか」
そのとおり!
「貴方たち、そんなことしてないで中に入りましょうよ。日差しが強くて嫌だわ」
「日傘でも持ってくれば良かったな」
「そうね」
馬車から降りた俺たちは、いちおうはエルグランドの案内で進んでいく。
宮殿の中へ入って、この前と同じ部屋を目指す。たしか執務室とか言われていたか?
「今回はガングーに失礼のないようにしてくださいね」
「はいはい」
適当に答える。
シャネルは鼻で笑う。
その態度がエルグランドは面白くなかったのだろう。こめかみに青筋を浮かべた。
執務室の前へ。
エルグランドが扉をノックする。
「ガングー、私です。客人を連れてきましたよ」
「ああ、入ってくれ」
ガングー13世の声。前に聞いたときよりもさらに元気がなさそうだ。
「うふふ」
「どうした、シャネル」
「あのガングー13世って男。そうとうまいっているようね」
「まあ、あんまり豪胆な男じゃなさそうだったからな」
「朝刊の写真なんてすごかったわね。いかにも無理してる感じで。いまにも泣きそうな子供みたいだったわ」
「酷いこと言うなよ」
エルグランドが扉を開ける。俺たちは中に入る。
ガングー13世は立ち上がって出迎えてくれた。
「これはこれは、Sランク冒険者のお2人。ようこそいらっしゃいました」
「どうも。あの、俺たちどうして呼ばれたんですか?」
「ニュースは見たかい? 数日前、グリースから宣戦布告があったんだ」
「数日前? 新聞に載ったのは今日の朝刊からだったけれど?」
「それは少しの間、情報を止めていたからですよ」と、エルグランド。
「なんでそんなことを?」
「我々の間でも真偽のほどを確かめていたんだよ。けっきょく、あの宣戦布告は本物だった。昨日の昼に海上で一隻の貿易船が沈められたんだ」
「おいおい……」
一隻沈められるまで信じてなかったっていうのかよ?
どれだけおめでたい頭をしているんだ。
「まあ、おかげであちらも本気だと分かったのです。ガングー、議会の承認はすぐさまとれます。こちらから打って出ましょう」
「まってくれ、それは早計だよ」
「どうしてですか。このままではドレンスがナメられてしまいます!」
「それはそうだが……」
ああ、なんか会話の内容が俺たちとは別の場所で盛り上がっているぞ。
シャネルは飽きているのか、そっぽを向いているし。
居心地悪いなあ。なんか友達の家に呼ばれて行ったら、友達とまた別の友達同士で盛り上がってる、みたいな。いや、この人たちは友達じゃないけど。
「ねえ、質問に答えてもらっていないのだけど」
勝手に盛り上がるガングー13世とエルグランド。その間を引き裂くように、シャネルの冷たい声が響いた。
「な、なにかな?」と、ガングー13世。
「私たちはなんで呼ばれたの、ってシンクが質問したんだけど」
「ああ、そうだね。榎本シンクくん!」
「はい?」
いきなり大きな声で名前を呼ばないでくれ。
「キミをドレンス軍、特別部隊の隊長に任命したいのだ!」
「はい?」
なに言ってんの、この人。
「断るわ」
そしてシャネルさん、なんで勝手に断ってるの?
「なんですと! ガングー直々の勅命を断るとは!」
血の気の多いエルグランドは杖を抜くし。
「誰がそんな窮屈そうな立場になるものですか!」
シャネルも杖を抜き放つ。
はあ……。
もうめちゃくちゃ。
「あ、キミたちは。あの、その。ケンカはやめてくれよ」
それでガングー13世はあたふたしているし。
なんてカオスな空間でしょうか。
「とりあえず――シャネル」
「なあに?」
シャネルはエルグランドに杖を向けたまま、笑顔でこちらを見てくる。
「その杖、下ろせ」
「ダメよ、下ろしたら不意打ちされるわ」
「されないから。エルグランドさんも、下ろしてくれませんかね?」
「そう言って、不意打ちするつもりなのだろう」
いらっとした。
この分からず屋どもが!
俺は刀を抜く。そして抜きざまに思いっきり前に出てエルグランドの杖を切った。
この距離ならば呪文を唱えるよりも刀の方が早いのは明白だ。
「シャネル、杖! 下ろす!」
俺は怒りにまかせてシャネルに叫ぶように言う。
「ごめんなさい」
シャネルはうなだれて、素直に杖をおろした。
「貴様!」
「エルグランド、いまのはキミが悪いよ。すまないね、榎本くん」
「いえ、こちらも突然抜刀してしまい失礼しました。どうにも犬猿の仲みたいで」
どうしてこの2人は顔を突き合わせるたびにケンカしているんだろうかまったく。
シャネルとエルグランドは顔を合わせないように、互いに他の方を向いている。
と、思ったらシャネルのやつは俺に甘えるように寄り添ってきた。
なんだろう、と思ったら耳元で小さな声でつぶやいてくる。
「ごめんね、シンク」
甘えたような声。
くすぐったい。
俺は顔を赤くしながら刀を収めた。離れてくれよ、と手でしめした。
まあ、俺も怒ったのは悪かったな。そもそもシャネルに怒ることなんてこれまでなかったし……。たぶん俺も余裕がないんだろうな、精神的に。
「それで、いちおう話しを聞きますよ。どういうことなのか」
「あ、ああ。えーっと、どこまで話したかな?」
「まだ何も聞いてないわ。なにかの隊長にしてくれるって話しだけど」
「ああ、そうだった。榎本くん。キミにはドレンス軍特別部隊の隊長になってもらいたいんだ!」




