371 説明
「まず、だ。あの国の科学力はそうとうなものだ。あんたら、自転車って知ってるか?」
「自転車? なんです、それは」
「おや、エルグランドは知らないのかい? あれだろう、人力の馬車のような乗り物」
どうやらガングー13世は知っているらしい。
「たとえばグリースはそんなものを作り出している。もしもこれを戦争で使えばどうなる? 伝令なんかの速度が飛躍的に上がるだろう?」
「そんなものは馬を使えばいいだけだ」
「はい、そこ。馬っていうのはたしかに便利だけど、あれは乗るのにある程度の熟練度がいる」なにせ俺はルオの国でずっと馬に乗っていたからな、よく知っているんだ。「けれど自転車は違う、子供でも少し練習すれば乗れる。それに馬より安価だ」
昔から、戦争で自転車は使われていた。
「機動力があるものを大量につくれる、と?」
「そういうことだ。というか、それ以外もあるぞ。あの国は車があるんだ。知ってるか、車」
「……けっきょくあれ、乗らなかったわね」
乗りたかったのか、シャネル?
まあ列車に乗ったから良いでしょ。
「馬車をすごくしたような乗り物だ。馬はいらない、魔石で動く」
「速さはどんなものだ?」と、エルグランドは聞いてくる。
良い着眼点だ。この男、嫌なやつだが頭がキレるようだ。
「馬車の比じゃない。馬を単騎で駆けさせるだろう、そのトップスピードと同じくらいの速度が平気で出せる。しかも馬と違って疲れない、ずっと走り続ける」
「……それは、すさまじいね」
ガングー13世は青白い顔をしてうなずく。
「それだけじゃない、あの国には魔族がいる」
「魔法で人体をいじくったやつらか? しかしあれは相性があって、そう多くの数は作れないはずですが」
俺はため息をつく。
「あんたら、ぜんぜん知らねえんだな。あの国はいまじゃあその魔族だか魔人だけでいっぱいなんだよ。むしろ普通の人間の方が少ないくらいさ。そうだったよな、シャネル」
「ええ。どうやら技術的な革新があったらしくどんな人間でも魔人にする技術が確立されたらしいですわ」
「まずいですね、ガングー。我々の計画では少数の魔人に対しては、冒険者たちをぶつける予定でしたが――」
「あんたら、そんなことしようとしてたの?」
「というより、魔王をさっさと討伐してくれれば戦争もしなくてすんだんがね」
エルグランドは俺を睨む。
俺も睨み返した。
「ほならね、あんたが行って魔王を殺してこればよかったんだよ。というかあの国で一番やばいのはそこだ。魔王、やつは強すぎる。あいつを倒せるやつは――」
いない、と言おうと思った。
けれど、やめた。
「――俺だけだ」
「では倒してこれば良かったものを」
「次は勝つために帰ってきたんだ。とにもかくにも準備もなしに勝てる相手じゃなかった。それはたしかだ」
「魔王とはどんな人でしたか? 会ったのでしょう?」
「幼稚なやつさ。ただし、おそろしく強い」
それ以上、金山の情報を言う気はなかった。
「そうかい、よく分かったよ」
ガングー13世は執務室の机に肘をついて、複雑をうな顔をした。
「単刀直入に聞くが、我がドレンスがグリースに攻め入って、勝てると思いますか?」
エルグランドは現実というものが見えていないのかそんなことを言ってくる。
「だから無理だって言ってるだろ」
そもそも人間が戦う相手じゃない。
下手したら軍隊ですら金山1人に全滅させられかねない。
「とはいえ、こちらから攻めこまなければどの道やつらはドレンスに宣戦布告をしてくるでしょう。さて、どうしたものか」
「そうだね……手詰まりだ。今度の議会でそこらへんを決めなくてはならない。こちらから先制攻撃をするか、それとも待つのか」
「ガングー、私は先手必勝をおしますよ」
「うん……それもありだよね、こちらから一気に攻め入れば……」
「そうですよ」
「はあ、バカバカしい」
シャネルが言った。
「なんだと? これはこの国の行く先を決める大事な話し合いだぞ」
「まさか? たった2人での密談が国の行く先を決めるですって? いいこと、国というのは大きな川と一緒よ。その流れを変えるのは並大抵なことではなく、そしてもしも変えるとすればそれは人の強い意思よ。この言葉、誰のものか知っていて?」
「初代ガングーだね」と、ガングー13世が答える。
「そうよ。つまりはね、貴方が決めなさい。恐れ多くもガングーの名を語るのならね」
ガングー13世はうつむいて考えている。
「ガングー、バカな意見に乗せられてはいけません。我々は来月にもあの国に軍隊を派遣します、そういう話だったでしょう。冒険者たちの暗殺が失敗した場合はそうすると決めていたではありませんか」
「そうだが……そもそも腕利き冒険者がまさか失敗するとは。前回はそれで成功したじゃないか」
「それは、今回の冒険者たちが前回の勇者ほどの力がなかったからです」
「まさか! それは違うね、月元が行っていたとしてもあいつには――魔王には勝てなかったさ!」
そこだけはなんとしても譲ることはできない。
むしろ月元程度じゃ、金山に瞬殺されていたかもしれない。
「なあ、キミ。榎本くんと言ったね。魔王は強かったかい?」
「ああ」
「その剣で切り結んだのかい?」
「そうだ」
「そして、負けたのかい?」
「互角だったさ」
あらゆる意味でな。ただし、五行魔法だけはどうしようもできなかった。
「すごいね、私にはできないことだよ……」
こうしてうつむいていると、ガングー13世は本当になにもできない中年男性のようだった。頭だってかなり薄くなっているし、自分に自信もなさそうだ。
「ガングー!」
「決めたよ、エルグランド。こちらからグリースに攻め入ることはしない」
「弱腰になっているのですか!」
「いいや、慎重なんだ。おそらくグリースを相手にして、我が国の国力だけでは勝つことは難しいだろう。だから他の国にも援助を求める」
「しかしそれでは――」
「プル・シャロン家ごときが、ずいぶんと大きな口を叩くものね」
「なに?」
エルグランドはシャネルに対して、再び杖を抜いた。しかしシャネルは杖を抜かない。歯牙にもかけないという感じだ。
「貴方はあのトラフィク・プル・シャロンの子孫なのでしょう。ガングーの右腕と言われた」
「そのとおりだ、お嬢さん」
杖を抜かないシャネルに対して、エルグランドは少々冷静になったようだ。自らも杖を下ろした。
「ならば少しはそこのガングーをたててあげなさい。それとも貴方もガングーに成り代わって皇帝になりたいクチかしら?」
「無礼者!」
エルグランドが一度は下ろした杖を振り上げる。
それと同時に俺はモーゼルを抜いて、エルグランドの胸元に突きつけた。
「おい、シャネル。言い過ぎだぞ」
「あら、失礼しました。貴族様」
「あんたもさ、貴族だったらもう少し優雅にやったらどうだ? なんていうだっけか、ナンタラコンタラってあるじゃないか。貴族の心得みたいな」
「もしかしてシンク、ノブレス・オブリージュって言いたいの?」
「そうだよ、それ」
たしか貴族というのは高貴なものだから、社会の模範となるように振る舞いましょうとか。そんな感じの言葉だったはずだ。
「エルグランド。杖を下ろしてくれたまえ。その2人の言う通りだよ」
しぶしぶだが、エルグランドは杖を下ろす。
「失礼しました」
と、ガングー13世に対して謝罪した。
「2人とも、今日は来てくれてありがとう。たいへん参考になったよ。また呼ぶこともあると思う、そのときは今回のことにこりずに来てくれたまえ」
俺は頷く。
エルグランドが退室をうながすので、それについていく。
部屋を出て、エルグランドが一言。
「キミたちを使ってガングーを戦争にたきつけるつもりだったのだがな」
俺は呆れてしまった。
「そんなに戦争がしたいなら1人でやれよ」
「私は軍師だよ、指揮をする人間だ」
やれやれ……こいつ、なにも分かってないんだな。
シャネルももうどうでもよさそうにそっぽを向いている。
こんな男が右腕じゃあ、あのガングー13世もさぞ大変だろう。関係ないのに、俺はそんなことを思うのだった。




