361 目覚めのシャネル
目を覚ましたシャネルはまず俺を見て、そのあとティアさんを見た。
うろんな顔をして、六角柱のクリスタルから出てくる。なんでもいいけどこのクリスタルも浮いてたんだよな。
「ここ、どこかしら?」
シャネルは冗談で言っているのか、それとも本当に分かっていなのか。まったくいつもと変わらぬ調子で聞いてくる。
それで俺は嬉しくなって、なんだか疲れとか痛みとかそういうものが吹き飛んでしまった。
「どこだと思う?」
シャネルは黙ってしまった。
それで俺は少し不安になる。もしかしたらなにかしらの不満をもっているのでは……。
しかし、違った。
「ごめんなさい、なにか気の利いた面白いことを言おうと思ったのだけど思いつかなかった」
「あっ、そうかい」
それすら冗談なのか本気なのか分からない。
「それより貴女」
シャネルはティアさんを指差す。
「……あぁっ?」
「なんで裸なの、風邪ひくわよ。ううん、それ以前に下品だわ。つつしみを持ちなさい、つつしみを」
「あ、いや。シャネル。あのな、ティアさんはな――」
俺はシャネルにティアさんのことを説明しょうとした。けれどどこから話せば良いのか分からない。
金山がじつは魔王だった。じつはティアさんはただの死体で、金山が無理やり動かしていただけだった。あるいはココさんのことでも――。
「ティア、こっちに来い!」
俺の思考を停止させるように金山が叫ぶ。
「ああっ……」
ティアさんはよたよたと金山の方へ歩いていく。
そこに人間――エルフと表現するべきか――としての意思などまったくなかった。
「あら、愛しい人に首輪とつけておきたいタイプかしら? シンク、貴方はああじゃないわよね?」
「俺はペットが嫌いだ。昔、犬に噛まれたことがあるからな」
これは冗談、つまらないけどね。
「けっこう。それにしても大丈夫、ボロボロみたいだけど」
「はっきり言うとかなりまずい状況だ。魔法の援護は?」
「無理ね」
「どうして?」
まさかシャネルも魔力がないのか?
「杖がないのよ。スカートの中に隠してたのだけどね」
「杖のほうでしたか」
「というか、微妙に状況がよめてないのだけども。私たちってたしか、魔王がいるっていう宮殿に忍び込んだのよね?」
「そうだ」
金山はティアさんに何かを言っている。聞き耳をたてれば聞くこともできそうだが、いまはシャネルの可愛らしい声を聞いていたい。
「どういうことかしら? あの人たち、死んだと思ってたのだけど」
「死んだと思ってたやつらが生きてたんだ、喜んだらどうだ?」
「まさか。普通はペテンを疑うわよ。なにか騙されたんじゃないかって」
シャネルはドライだな。でも今回はそれで正解だった。
「簡単に言うぞ。金山は敵、俺はあいつを殺す」
殺す、という部分は当初の予定通りだ。
「了解よ」
「それでティアさんは……」俺は言いよどむ。「そもそも死んでた。死体だったんだ。金山が魔法で無理やり動かしてた操り人形だ」
シャネルはそれを聞いて、悲しそうな顔をした。
「そう……分かったわ。それも了解」
「大丈夫か?」と、俺はいたわる。
「なにが? そもそも怪しいとは思っていたのよ。なんだか体の中の魔力の流れが変だったし。でもエルフってそういうもんかしらって思ってもいた。でも納得したわ。あれ、死体なのね」
俺はなにも言えなかった。
シャネルもそれ以上、なにも言わなかった。
ただ憐れむようにティアさんを見つめていた。
裸のティアさんはその美しい体を隠そうともせずに直立している。それははっきり言って異常な姿で。いくら童貞の俺でも興奮なんてしなかった。
そのティアさんの隣に立つ金山は、剣を肩に担ぐように構えた。
「榎本、剣も銃も互角だな」
互角? そうだろうか。
技術的なものは俺が勝っていた。そもそもティアさんを使ってまで不意打ちをしかけたやつが、どの口で互角という。
しかし与えたダメージ量はあちらなのもまた事実。
では心理的なものは?
ここでわざわざ互角と強調しなければならない金山が、やはり負けているはずだ。
「どうだかな、お前も本当は分かっているんじゃないか?」
だから、俺は金山をあおるように言ってやる。
「互角だ。だから最後は魔法で決着をつけようじゃないか」
「魔法だ?」
「そう、『グローリィ・スラッシュ』だよ」
「なに?」
「おいおい、まさかお前。その技が自分の専売特許だとでも思ってたのかよ? 俺だってこれくらい使えるさ。さあ、構えろよ。比べっこしようぜ?」
「どうして。俺がお前の提案に乗らなきゃならない」
どうする、俺。
このまま戦いを続けて勝てる相手ではないのは明白だ。
いかんせんこちらのダメージが大きすぎる。
ならばいっそのこと、金山の提案にのって『グローリィ・スラッシュ』で決着をつけるか?
しかし、それは例えるならばギャンブルで負けがこんできた人間が一発逆転を狙って勝ち目の薄い大勝負をしかけるようなものに思えた。
「乗らないなら乗らないでいいさ。そうなりゃ、お前が消滅するだけだ」
俺はすぐさま察する。
あの肩に剣を担ぐ格好、あれが金山の『グローリィ・スラッシュ』を出すときの構えなのだ。
シャネルが魔法を使えない以上、ここは俺がやるしかない。
最悪だ。
たぶん、俺の魔力はすでにからっぽに近い。だいたい1日に2発が限界の『グローリィ・スラッシュ』を、今日はすでに2度うっている。
それでもまだやるならば、それこそ死ぬ気にならなければいけない。
だとしても――。
ここで引くことはできなかった。
俺は静かに刀を鞘に入れる。
「シャネル、もしダメだったらごめん」
俺は言い訳のようにシャネルに言う。
「あら、そんな言葉は聞きたくないわね」
シャネルは俺のことを背中から抱きしめた。
胸があたる。その大きな胸の柔らかさに、赤面する。
さっきティアさんに後ろから羽交い締めにされたけど、そのときはぜんぜん胸の柔らかさなんて感じなかったのに。いまはどういうわけだろうか、シャネルの体温や、鼓動までも感じられるようだ。
「すまん、少しだけ弱気になってた」
恥ずかしいな、こうやって抱きしめられると。
金山はニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。最後にいい思いをすればいい、とでも言いたげだ。
けれどな、最後じゃないんだよ。
「頑張ってね、シンク」
「当然だ」
シャネルが離れた。
俺は腰だめに刀を構える。
ったくよぉ……なにが互角だ金山。
精神的にはこっちが勝っててても、肉体的には負けてんだよ。
だからさ、まあ良いかもしれない。
この一発で全てを決めるってのは。
男らしい。
ハードボイルドだ。
俺ちゃん好きだぜ、ハードボイルドっていうの。
まあ、俺はぜんぜんそうじゃないけどさ。
「いくぞ、榎本!」
「こいよ、金山!」
俺たちの間には互いへの憎しみだけがうずまいている。
俺はやつにイジメられた憎しみを。
やつは俺への劣等感という憎しみを。
この場所にいま、勝利者はいない。どちらが上かは決まっていない。
この一撃で決まるのだ。
「覇者一閃――」
「隠者一閃――」
そして、俺たちの詠唱が重なる。
――「「『グローリィ・スラッシュ』」」




