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360 絶対に壊れない檻


 よろよろと立ち上がる金山を、俺はあえて待つ。


「やっぱり銃はダメだね、なれてない」


「言い訳かよ。なら剣をとれ、斬り合ってやる」


「そうしようかな」


 金山がダモクレスの剣をとる。


 俺もクリムゾン・レッドを構えた。刀を上段に、真っ向勝負だ。


 ゆっくりと息を吐く。なんとか気持ちを落ち着けたいが、どうしてもそれができない。それに息を吐くたび撃たれた部分が痛む。


「ちょっとまずいな」


 本当にちょっとだけだ。


「火の構えか」


 金山が俺の構えを見て言う。


「なんだと」


「知らないのかよ。『武芸百般EX』なんて御大層なスキルをもってて」


「頭でっかちにはなりたくないからな」


「火の構えには水の構え。青眼だ」


 青眼の構えなんて仰々しく言っているが、ようするに中段の構えだ。


 というか、日本刀と違って洋刀ってそこらへんどうなの? 構えとかあるの? いや、あるだろうけど。けど金山の構えはあきらかに日本流のそれだった。


「ずいぶんと知識が豊富なようで」


「お前と違ってな」


 あ、いまバカにしたな。


 ったくよ、こいつは俺にマウントをとらないと気がすまないのか。すまないんだろうな。他人と比べることでしか自分の価値を確認できない男だ。


 俺は右回りに。


 やつは左回りに少しずつ移動していく。じりじりと間合いがつまる。


 2人のつくりだす円がゆっくりと小さくなっていく。



 緊張感。


 頭の中には様々な可能性が駆け巡る。


 ――どうでる?


 しかし答えなどない。


 互いの距離はすでに必中の間合い。それでも俺たちは動かない。先に動いた方が負ける、それは精神的にの話だ。


 それこそ先程の拳銃の応酬ではないが、かつての西部開拓時代において、決闘の際に先に銃を抜いた方が負けというルールだった。だから誰もが早撃ちを極めようとしたのだ。相手よりも後に抜き、相手より先に攻撃をとどかせる。それが完璧な勝利だ。


「動けよ」と、しびれを切らしたのか金山が言う。


 しかし俺はなにも答えない。


「無視かい、榎本」


「……はぁ」


 ため息が出た。


 無粋もここまで極まれば大したものだ。


 達人同士の戦いで、この緊張の一瞬に口を開くやつがいるかよ。やっぱりこいつは何も分かっていない、ただ長く生きただけなのだ。


「俺を、バカにするな!」


 先に動いたのは金山だった。


 俺のため息でそうとう頭にきたのだろう。


 いわゆる「おこり」と呼ばれる攻撃の初動がみえみえの動きで、俺にきりかかってくる。俺はそれを紙一重でよける。


 そして攻守交代だ。


 上段から刀のみねの部分を親指と人差し指でつまむ。デコピンの要領で加速をつけて、いっきに刀を振り下ろした。


 だが、金山は身を引くことでそれをかわした。


 俺たちの距離はいっきに離れる。


 俺が動いた距離はほとんどゼロだ。


 対してあちらは3メートルといったところ。なるほど身軽な動きだ。


 しかしいまの一瞬の攻防、どちらが勝者かは明白だった。


「無視するんじゃねえよ、榎本!」


 荒々しい口調で金山が叫ぶ。


「お前は変わったな」


 ふと、俺は思う。


 こいつはこんな言葉で喋るような男じゃなかった。


「500年も経ったんだ、いやでも変わるさ!」


「いいや、違うね」俺は今度は刀を下段に構えた。「俺をイジメるようになってからさ」


 そうだ、昔はもっと弱々しい口調だった。


 異世界で俺と再開したとき、久しぶりにその口調を聞いたんだ。


 だから俺は、どこか懐かしくなって。そのせいでこいつのことを殺せなかった。


 あの頃の、仲良かった頃に戻ったような錯覚がして。


「そうだ、俺はお前をイジメていたんだ! 俺の方が上なんだ!」


 くそ……ダメージを受けすぎた。痛みで意識がとびそうになる。


 俺はシャネルを助けなければならないのに。


 いまの位置関係は簡単だ、俺とシャネルの間に金山が立っている。囚われているシャネルを助けるためには金山を超えていかなければならない。


「下段、には八相」


「またそれかよ。それでさっき失敗しただろうに」


「次は成功するさ」


 金山が下品に笑う。


 やつの構えは独特だった。まるで野球のバッティングフォームのように肩の上で剣を構えている。しょうじき、上段と比べた場合に利点があるとは思えない型だ。それでも金山はその構えを選んできた。


 なにか狙いがある……。


 しかしその狙いが不明だ。


 逆に、俺の狙いはいたって簡単。


 下段からいっきに突き技を繰り出す。その勢いのまま俺は走り抜け、シャネルの元へ向かう。


 そのためにはできるだけ突き技に勢いをつける必要がある。俺は右足を一歩引く。これが軸足だ。今度はこちらから行くつもりだった。


 だが――。


 いきなり後ろから誰かに体をつかまれた。


 羽交い締めにされる。


「あっ……」


 耳元に甘い吐息がかかった。


 それがティアさんのものだと気づいた時、俺は自分の失策にも気づく。


 ――しまった、忘れていた。


 俺が意識をしていないうちに後ろに回り込まれていたのだ。


 金山の狙いはこれだったのか! あえて奇抜な構えをすることで俺の意識をそらせる。その間に後ろからティアさんが俺をつかむ。


「でかしたぞ、ティア」


「あっ……あっ」


 ダメだ、やられる。


 金山が剣を引き、そして俺の体を貫こうと剣を突き出した。


 その切っ先は俺の心臓を狙っていた。


 次の瞬間、普通ならば俺は人体の急所である心臓が破られて絶命していただろう。


 だが、そうはならなかった。


 やつは俺を殺そうとした。そのおかげで助かった。


 魔法のエフェクト。閃光が弾け飛び、金山は瞬時に剣を引いた。


 俺は背中に張り付いているティアさんの腕をとり、そのまま一本背負で投げ飛ばす。投げ飛ばされたティアさんは金山を巻き込んで床に倒れた。


 いまがチャンスとばかりに俺は走り出す。


 シャネルの元へと助けに行く。


「待て、榎本!」


 待てと言われて待つバカはいない。


 金山はティアさんを突き飛ばして俺を追おうとするが、しかし俺の方が速い。


 俺はシャネルの入れられる六角柱のクリスタルへと到達して、刀を突き立てる。


 しかし、刀は通らなかった。


 甲高い音がして、はじかれてしまったのだ。


「無駄だ、榎本! それはこの俺が五行魔法で作った檻、絶対に壊せないよう、そういうふうに創生してある!」


 たしかにこのクリスタルは見た目よりも堅牢そうだ。


 けれど、


「無駄かどうかは、俺が決める!」


 絶対に壊せない檻? 上等じゃねえか。俺が斬れると思ってるんだ、斬ってやるぜ。


 俺は刀を振り上げる。


 そして、


「隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』!」


 全力で振り下ろした。


 はたして、クリスタルはやすやすと斬り裂かれた。もちろん中のシャネルには傷一つない。


 どんなもんだい、と俺は得意な気分になった。


 とはいえ――体力も魔力もこれでほとんどつきてしまった。あれだけ攻撃を受けた上での『グローリィ・スラッシュ』だ。そりゃあ限界が近いさ。


 それでも膝をつくようなことはしない。


 金山に向き直り、言ってやる。


「絶対なんてこの世にないさ。分かったか!」


「ふざけるな、榎本。俺の五行魔法を……たかがそんな技で!」


 金山は憎しみのこもった目で俺を睨む。


 けれど俺は怖くもなんともない。無視してシャネルの話しかける。


「おい、シャネル。起きろよ、おい」


 しかしシャネルの反応はない。


 寝ているのだろうか。息はしているようだが。


「あっ……あ」


 ティアさんがよろよろとこちらに近づいてきた。俺は警戒するが、しかし敵意はなさそうだ。それともそれすらも金山の罠か?


 分からないが、金山も不思議そうな表情をしていた。


「あっ……ご……んな、さい」


 ティアさんが何かを言った。


 その言葉に、シャネルは目を覚ますのだった――。



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