359 ピースメーカー
弾が命中した、しかしそれは金山にじゃない。
俺に、だった。
「ガハッ!」
腹部に衝撃。
口から酸素が吐き出される、それでも痛みが来る前に俺はモーゼルの弾丸を撃ち出す。 だが、狙いはそれた。うまく金山に当てることができなかった。
――どうする?
一瞬の迷い。
その瞬間には次の弾丸が飛んでくる。左肩にあたる。焼け付くような痛みが襲ってくる。
脳の神経が焼ききれてしまうのではないかと思うくらいに痛い、それを怒りで塗りつぶす。
「クソがあっ!」
自分でも分かる、冷静さなど微塵もない。やっぱり金山を前にして怒りばかりが先走る。それでいて、この手痛い反撃だ。
俺は勘にまかせて横に飛ぶ。
今度は顔面すれすれを銃弾がかすめていく。俺は明確に相手の撃ち出す弾をよけた。
「榎本、お前は弱いなぁ」
金山の手にはいつの間にかリボルバー式の拳銃が握られていた。
それを目にも留まらぬ速さで撃ち出してくる。俺は必死の回避行動をとる。肩と腹にうけた弾丸が思ったよりもきいている。動きは万全の場合よりも鈍い。
「弱いだと、この俺が!」
1、2、3、4、いま何発目を撃った? 見たところあちらの銃の装填数は6発。それを打ち尽くせばリロードが必要になる。
たいしてこちらのモーゼルの装弾数は10発。単純な球数でいえばこちらが上だ。
ダンッ、と音がして6発目の銃弾が撃ち出された。
ここだ!
俺は攻撃に転ずる。
右手に刀を、左手にモーゼル拳銃をもって、金山に向かっていく。銃弾を撃ち出しながら、このまま近づいて切り裂く。
だが、ダメだった。
金山が手放したダモクレスの剣、それがまるで剣自体が意思を持ったような動きで背後から襲いかかってきた。
とっさにかわす。
――なぜ剣が浮いているんだ!
そりゃあもちろん魔法なんかでやっているんだろうが。卑怯だぜ、そういうのは。
俺が回避動作をとっている間に金山はリボルバーの装填を終了していた。
また弾丸が撃ち出される。
早い、早すぎて撃ち出す瞬間が見えないほどだ。
それでも――。
俺は刀で弾丸を斬ってみせる。
これはもう見て反応しているのではない。相手の銃身を見て撃ち出す方向にだいたいの見当をつけ、あとは勘で斬っているだけだ。
おかえしにとモーゼルの弾丸を撃ち出す。
しかしそれは金山の周囲を浮いているダモクレスの剣が防ぐ。自動防御! 恥を知れ、恥を!
「こと、早撃ちに関して言えば自動小銃よりも回転式拳銃の方が速い。そんなことは常識だろう」
「知るか!」
なんだよ、いきなりうんちく自慢か。
「つまりさ、榎本。お前のその銃じゃあ、俺には勝てねえんだよ」
俺は距離をとる。
そうすれば銃弾も当たりにくい。逆にこちらの銃弾も当てにくいのだが。
「新しいオモチャを買ってもらって自慢する子供かお前は。そんなもん、前までもってなかっただろ」
できるだけ軽口をたたけ。焦るな、慌てるな、怒りを沈めろ。
こんな直情的に戦って勝てる相手ではない。
見ろ、金山はまだ無傷だ。それなのにこっちは銃弾を2発ももらっている。これは罰だ、こんなふわふわした気持ちで戦闘にのぞんだ俺への。
「お前のを見てな、欲しくなったんだ。見ろよこれ、かっこういいだろう?」
「ガキが」
俺は吐き捨てる。
「少なくとも、お前のそんな不格好な銃よりも素晴らしい。知ってるか。コルト・シングル・アクション・アーミー。この銃の名前だ」
「なんだお前、武器オタクだったのかよ」
それは知らなかったよ。
べつに俺はこいつのこと、全部知ってるわけじゃねえけど。
「通称、ピースメーカー。良い名だろう?」
「平和をつくる、かよ。銃につけるには皮肉のきいた名前だぜ」
「俺はね、榎本。憧れるんだよ……」金山は俺ではなく、遠くを見て語る。「弱い人間は強さをもとめる。強さの象徴である武器を」
「ははっ、お前自分が弱い人間だってって気づいてたのかよ!」
お笑い草だぜ。だというのに強くなるような努力もせずに500年か?
「ああ、そうだ。俺は弱い人間だ。お前に、榎本。お前に勝てなかった。だから俺はお前をおとしめることにした」
「なに?」
まずいな、肩からも腹からもだくだくと血が出ている。
このままじゃジリ貧だ。いったん距離はとったものの、悪手だった。
「なあ、榎本。俺が、俺がお前をイジメてやったんだよ。他の4人をそそのかしてさ。最初は俺さ、俺がはじめた」
その言葉に、俺は心のどこかで「やっぱりな」と思った。
だって俺のイジメは高校にあがってしばらくした頃からはじまって。その頃の俺はべつに人にイジメられるようなことはしていなかった。
もちろん、イジメのターゲットというのは様々な理由で選ばれる。けれど、選ばれやすい人間、選ばれにくい人間というのはたしかにいる。たとえば気の弱い子は選ばれやすい、というように。
それでも俺が選ばれた、イジメの対象に。
なぜ?
誰かがそういうふうに誘導したとしか考えられなかった。そしてそれは、子供の頃からずっと一緒だった金山しか考えられなかった。
もちろん俺だって最初は耐えた。イジメだって最初はちょっとしたものだったし。それにそのうち終わると思っていた。
けれどそれは続いた。
ずっとずっと続いた。
それで俺は自分の精神が壊れそうになって、その前に逃げたのだ。
「お前が学校に来なくなったとき、俺は勝ったと思ったんだぜ」
「そうかよ」
まただ、また怒りが爆発しそうになる。
冷静であれという理性を感情が蹴散らす。
「けど、心の奥底では満足していなかった」
「だろうな」
お前の空虚な心は、満足することなどない。
たとえ王様になっても、俺を倒しても、ガングーのようになっても。その先にはなにもないのだ。
「俺はずっと想像していた。榎本、お前に勝つことを。強さという武器で真っ向からお前に勝利することを! お前を剣で刺して、銃で撃ち抜いて、完膚なきまでに叩きのめして! それで、それで、それで! その後に拷問にかけてやるんだ!」
「お前は哀れだよ……」
俺は、金山に何度目かとなるその言葉を放つ。
けれど金山にはその言葉の意味など届かないようで。
「羨ましんだろう、本当は? この俺が」
「なぜ?」
「俺はなにもかも持っている。全てを手に入れた!」
「全てか……」
じゃあ、どうしてお前は愛する人もなく独りぼっちなんだ?
金山が銃弾を放つ。それに対して俺もモーゼルを撃つ。
互いが放った弾丸は、一直線上でぶつかり合って弾け飛ぶ。それが、戦いを再開する合図だった。
俺は血を撒き散らしなが必死で動いて銃弾をよける。だがときおり牽制にとんでくるダモクレスの剣、これが厄介だ。これはモーゼルではどうしようもない、刀で対応するか、さらに無理をしてでもよけるしかない。
どちらにせよ決定的な隙きになる。
そこを銃弾で撃ち抜かれるのだ。
次第に俺の体には傷が増えていく。
しかし金山には攻撃が通らない。
やつは必要最小限の動きで俺のモーゼルの弾をよけるのだ。
「どうしたどうした、防戦一方かよ!」
金山が叫ぶ。
俺はなにも答えない。戦いの場に言葉などそもそも無粋なのだ。
「どうだよ、俺の方が上なんだよ! 認めろよ、榎本! 認めろ、シンちゃん!」
俺だけではない、やつの方もそうとう頭がおかしくなっているらしい。
それが怒りによるものかは分からないが。
「だぁれが、上だぁ!」
覚悟を決めた。
俺は思いっきり跳躍する。
金山が回転式拳銃――ピースメーカーから弾を放つ。
それを俺は、あえてよけない。
「なにっ!」
いっきに降りて、金山に接近。
反応ができていない金山の顔面を、モーゼルのグリップの底で殴りつけた。
あたった、クリーンヒットだ。
「調子にのんじゃねえぞ、金山!」
俺は精一杯イキってみせる。
本当は体もボロボロだが、俺は強いんだぞと誇示するように。
「ぐうっ……」
「どっちが上か、思い知らせてやる!」
俺はモーゼルを意味もなく天井に向かって撃つのだった。




