357 魔王の決めかた
前を歩くカーディフの背中からはまったく感情のようなものが感じられない。
ただ自らがなすべきことをやっている、そういった雰囲気がある。
武人、というよりも軍人だろうか。命令されたことをやっている、そこに個という感情など入る余地はない。
「あんたさあ――」
いっそのこと、いま後ろから刺してやろうか?
そんな卑怯なことしないけど。
「なんだ?」
「あんたはいまのこの国をどう思っているんだ?」
「愚問だな。自分は軍人だ、国の政治体制のことなど分からない」
「嘘つくなよ。あんた魔王になる予定だったんだろ? あいつがいなければ」
キンサン・ブルアットルと呼べばいいのか。
あの男が魔王になったから、この人は魔王軍の幹部というその下の座についたのだろう。
あれ、そもそもこの国の魔王ってどうやって決めてるんだ? 選挙とか? いや、でもそれならば後ろ盾のないブルアットルは魔王になれなかったはずだ。
それこそ、あいつが求めた血統でもなければ。
「あいもかわらず礼儀のなっていない男だ」
「すいませんねえ」
いちおう謝っておく。これで怒っていなかったらもう少しまともに謝るかもしれないけど。
……怒ってる時って、なんかイキっちゃうよね?
「不満うんぬんに関していえば、なにもない。なぜならこの国では魔王様の取り決めは絶対だ。それがどれだけ国力を失うような愚かな行為だとしても」
「あいつはこの国のことなんて考えていないぞ。あいつが考えているのは世界征服なんていうバカげたことだ」
いや、実際にはそれすら真面目に考えていないはずだ。
ただなにもかもが欲しくて、実際には自分でもなにが欲しいのか具体的に分かっていなくて、かつて見た英雄に歪んだ憧れを抱いてその真似をしているだけなのだ。
俺は魔王の記憶を見て、そう思ったのだ。
「それでもだ」
「バカげてるよ、あんたら。そもそもどうしてあんなやつを魔王にしたんだ? どうやって決めてるんだ、この国の魔王制ってどうなってるんだ」
「そんなことも知らんのか」
「あいにくと、違う世界から来たもんでな」
それはつまらない冗談だとでも思われたのか、カーディフはなにも反応しなかった。
「この国の魔王は、強い人間がなる」
「はい? いまなんと?」
「決め方は簡単だ、ただ強ければ良い」
「ええっ……」
なにそれ世紀末?
やばいでしょその決めかた。
じゃあなにか、天下一武道会でもやるの? それで決めるの?
「それでいままでよく国がもったな」
「実際、何代か前の魔王様のときは少々あやうかった。あまりに国中に魔法技術をばらまいたせいで、魔石が枯渇した。それによりルオなんぞに攻め込むことになった。――自分の父の時代だ」
「まさか、あんたの父親が魔王だったのか?」
カーディフはなにも答えなかった。
都合が悪いと答えない、大人って卑怯な。
「とはいえ、その代の魔王様が悪政をしかないようにするための考えも、いちおうはあるのだ。この国では幼少から、魔王となるために育てられる子供が複数いる――」
「ほう、つまるところ選良だな。それってなに、奴隷でも引っ張ってくるのかい?」
「違う、その全てが貴族の子だ。親元を離れ、隔離された学園に入り、武力を磨き、魔法を習得し、知力をつけ、帝王学を学ぶ。そういった施設が」
「ああ、分かってきた。あんたそこの出身だ。だから次期魔王とか呼ばれてたんだろう?」
「察しが良いな」
「よく言われる」
「しかし人が権力をもって変化するというのもよくある、それだけでは不十分だったが、おおむね上手く行っていた。この国はよくできていた」
「それを、あいつが変えた?」
「そうだ。いままで魔王を養成する学校で育った者が、外部の者に負けたためしはなかった。だがあの御方は別格だった。強すぎた、誰もが逆らえぬほどにな」
「そもそも強さで決めるってのがおかしいって気づけよ」
「それが伝統なら、守るのが人だ」
そんなんだからブルアットルにつけこまれるんだよ。
あいつは人間としてはどうあれ実力はあるんだ。なにせ500年も生きて、しかも人のスキルを奪うスキルまでもっているんだからな。
それでも先代の魔王のときにブルアットルが動かなかったのは、やっぱり自分の血筋みたいなものにコンプレックスがあったからだろう。ただのポッと出が魔王じゃ威厳もないからな。
そういう小さいことを気にするやつなのだ。
けど、けっきょく月元が――勇者が来て慌てて魔王の椅子に座るんだから堪え性のないやつだ。いいや、違う。それは違うな。あいつは決着をつけたのだ。
なんの――?
俺とのだ。
「止まれ」
カーディフが言う。
「なんだよ、早くシャネルのところに連れていけ」
「お前を連れて行くのは魔王様のところだ」
「どうせそこにシャネルもいるんだろう?」
「たしかにそうだが」
「分かるんだよ、あいつの考えなんて」
「では、これもか?」
なに?
カーディフが立ち止まったのは、ある部屋の前だった。そこの扉をなぜか開ける。
見ろということだろうか、俺は慎重に中を覗き込む。
吐きそうになった。
「なんだ……これ」
中にいたのは女だ。それも1人じゃない、何人もの女が裸で、鎖に繋がれていた。
女たちはどれもが一目で分かるほどの美女ぞろいだった。が、しかしその体はきれいな者も汚らしい者もいた。寵愛を受けているものと、飽きて放置されたものが一目で分かる。
「おいおい……」
「魔王様のものだ」
「もの?」
それって、者じゃないよな。物って意味だよな。
薄暗い部屋に所狭した並べられた女たちは、俺たちが見ているというのになんの反応も示さない。気力が残っていないのだろう。
これじゃあまるで置物だ。
コレクションのように並べられるだけの女たち。
裸の女というのは扇状的なはずだ。けどこれを見て興奮する男はいない。痛ましいだけだ。
俺は一瞬、この並びの中にシャネルが入られることを想像した。
「こんなものを俺に見せて、なんとする!」
怒りで言葉が少しおかしくなる。
「自分にも分からない。だが魔王様が貴様に見せておけというのだ」
「ふざけるなよ、なに考えてるんだ!」
「露悪的であることは認める。すまない」
「あんたはそこそこの年齢だろう、妻や娘はいないのかよ。これを見てなんとも思わないのかよ!」
「娘ならばそこに繋がれている」
その言葉の意味を理解するよりも早く、俺の体は動いている。
かたく握りしめた拳で、カーディフの頬をぶん殴る。
カーディフはよけることも、受け身を取ることもしなかった。
「最低だよ、あんた」
「……ああ」
「さっさと行くぞ、バカバカしい」
こんなものを見せて、ますます俺の心を乱して。
かつて巌流島の戦いで、宮本武蔵は佐々木小次郎相手にわざと遅れてやってきて相手の平常心を奪ったという。それと同じようなものだろうか。
だとしたらずいぶんとセコい手だ。
自信のなさの現れか、それとも獅子がウサギを捕らえるにも全力をつくすということか。
なんにせよ、くだらない。
「こちらだ」
俺はなにも答えない。こいつとはもう話すこともしたくない。
なにを考えてるんだ、自分の娘をあんな場所に。親ってそんなもんかよ。
いや、本人にだって罪悪感はあるのだろう。だからわざと俺に殴られたのだ。それで許されたなんて本人も思っていないだろうが。
だからって……。
俺たちが行き着いた先には、大きな扉があった。いかにもこの先にラスボスがいそうな扉だ。
「自分はここで待つ。お前だけで中に入れ」
「あんた、あいつが死んだら次はあんたが魔王か?」
「それはありえないとだけ言っておこう」
そうかよ。
扉が開かれる。
俺はゆっくりと中に入る。
広い空間、謁見の間だろう。
左右にある柱たちが、いまにも落ちてきそうなほどに装飾をほどこされた天井を支えている。目がチカチカするくらいに装飾過多の空間。しかしそれらに調和というものはなく、ただただ美しいものをまとめただけだった。
そのせいで下品だ。
まるで外面だけ取り繕って中身はからっぽみたいだ。
奥にある王座は黄金。
そこに座る人間は不敵な笑みを浮かべて俺を迎え入れた。
「やっと来たか、榎本。待ちくたびれたよ」
魔王が言う。
「ああ、少し時間がかかった」俺はそれに答える。「――金山」




