353 すべてが欲しい男
ブルアットルが念願であるガングーの血統を手に入れて最初にしたこと。それは他の子孫を根絶やしにすることだった。
ガングーの一族はドレンスの奥地へ隠れ住んでいた。それはかつてガングーが最初の隠匿をした村らしい。
「ガングーはその人生で二度の挫折を経験しましたわ」
「へえ」
なんかそんな話、一回聞いたことあるけど……。
というかこの村ってあれだよな。
俺がシャネルと初めて会った場所。森の中の小さな村、あのときはシャネルを残して無人だったのだが。
「そしてこの場所は、最初の挫折の際に隠居した村ですわ。もっともそれは、ドレンス革命戦争までの間でしたが」
「俺さあ……」
「なんですの、朋輩」
「日本の歴史もろくに知らないのに、ドレンスの歴史なんて知るわけもないよな」
「ま、こんどシャネルさんにでも詳しく聞いてくださいな。あのかたは詳しいですわよ」
「……だろうね」
俺は両手を強く握る。
早くシャネルのところに行かなければ。こんなことをしている場合じゃなかった。分かっていたのに、アイラルンが来てから調子にのってしまった。
この記憶を見たら、さっさとこの場所を出よう。幸い、アイラルンはその方法を知っているようだ。
ブルアットルとココさんは村から少し離れた場所に立っている。そこは高台で、森の中にぽつんとある村を一望することができた。
こうして見ればシャネルのいた村はけっこう大きい。
村の中心には鏡のように磨かれた石が置いてあり、まるでそれを取り囲むように家々がたっている。
「こんなところにいやがったのかよ、お前たち」
「そうさ。それで、どうするの?」
「全員殺す、ガングーの血統はお前だけで十分だ。むしろそれ以上あれば邪魔になる」
「殺す?」
「そうだ。そうすればガングーの子孫は俺とお前の子だけになる」
「キミに子が育てられるのかよ」
ブルアットルはこの村に来るまでの間に、自分のことをある程度はココさんに語っていた。
それはおそらくこの500年で初めてのことだった。――俺もブルアットルの記憶全てを見たわけじゃないからな。
「なあに、育てる必要などないさ。産まれた子などてきとうなところで殺せばいい。そうして時間がたてば、俺がもう一度世界の表舞台に立つ」
「化け物め」
「とはいえ問題もあるがな」
「問題だって? キミほどの力があって、どんな問題があるっていうんだよ」
「俺とお前の子は魔王になることができるだろうな。魔王軍の幹部ではないにしても将軍であるキンサン・ブルアットルと子でありながら、ガングーの子孫でもある。箔としては申し分ない」
「それで?」
「だがそれでは遅いんだ。月元が現れた……勇者が。本物の人間が」
「人間って、私だって人間だろ。なに言ってるんだい」
「いいや、違うさ。お前たちは生きてなどいない」
「それがキミの哲学かい? なるほど、そう思えば人を殺すことにもなにも思わないだろうね」
「黙っていろ。あの村だな、破壊する」
「ああ、待って。私がやろう」
「なに?」
「私が自分でやると言っているんだ。引導を渡すってやつさ」
「どういう風の吹き回しだ?」
ブルアットルの質問に、ココさんは乾いた笑いを返した。
その笑顔はまったくもって空虚なもので、少なくとも俺はシャネルの笑顔の中でこんな種類のものは見たことがなかった。もちろん、シャネルとココさんは違う人間なのだが。
「いろいろなことが面倒になったのさ。なんて言うのだろうね、酔えない酒をずっと飲んでいるような感覚だったんだ、この人生が。その分、キミは良い」
「ほう」
「キミといれば、そこそこ楽しめそうさ」
ココさんは杖剣を構えた。
そして、朗々(ろうろう)と呪文を唱え始めた。
「このまま全ては終わる、世界は終焉を迎え、人の営みも停止する。日が登り、落ち、その繰り返しだけがあとに残され、生きとし生けるもの全てが死に絶える。これ以上、ここに生まれるものはなにもない――『ワールド・エンド』」
ココさんの放った魔法は、仰々しい詠唱からは想像できないほどのあまりにも儚い光だった。
まるで蛍火のような光は、村の上空から、鏡のような形の石に降り落ちた。
そして光は鏡に反射して、次の瞬間には――。
「ああ、死んだな」とブルアットルが言う。
「終わりさ」と、ココさん。
2人の目にはなんの感慨もない。
しかし、しかしである。
俺は気がついていた。いまの魔法で、1人だけ死んでいない人間がいた。
シャネルだ、シャネルは生きているはずだ。
なぜならいまの光はあきらかに一つの家だけを狙わなかった。きっとそこにシャネルがいるのだろう。その家は――他とまったく変わらない普通の家に見えた。
だが俺は直感的に、そこにシャネルがいることを察したのだ。
俺はいますぐ駆け出して、シャネルの元に行って、そして彼女を慰めたかった。そんなことができないと知っていながら。
「いまの魔法はなんだ?」
全員が死んだと思い込んでいるブルアットルは、ココさんにそう聞いた。
「五行詠唱さ」
「ほう、ほしいな」
「えっ」
次の瞬間、ココさんの首を片手で締めるようにブルアットルは掴んだ。
そして、俺はすぐさま『女神の寵愛~視覚~』のスキルを発動させる。ココさんのスキルがない。あってしかるべき、五行魔法のスキルがすっぽり抜けている。『杖剣A』と『男の娘』なんていうわけのわからないスキルが並んでいるだけだった。
そしてブルアットルのスキル、こちらは確認できない。なにかモヤがかかったようになって俺のスキルに対抗しているのだ。
「いま……なにを」
「俺は全てがほしい」
「私の魔法が? なにをしたの!?」
さすがのココさんもこれには慌てた様子を見せる。
「良いスキルだな、全ての魔法を使いこなせる。もしも手の内を見せなければ、最初のときにこの俺にすら勝てたかもしれんのにな」
「まさかキミ……他人のスキルを?」
「そうだ、奪える!」
ブルアットルは下品に笑う。
それは嫌な笑い方だ。
俺のことをイジメていた人間がやる目。他人からなにか大切なものを――人間の尊厳を奪った時に見せる、邪悪な目!
「俺は全てが欲しい! なんでも欲しい! まずは魔王の座。そして次はそうだな、トロフィーのような女だ。お前はガングーの血。それに世界で一番美しい女も手元におきたいな、幻創種のエルフなんてどうだ? あいつらは美しいというだろう」
「キミは……狂っている」
「いまさら! ああ、そうだ。それとあいつの命だ。それでそうだな、あいつの女も奪ってやろう。もしもそんなものがいれば、だけどな」
ブルアットルは笑う。狂ったように。
驕り高ぶる気持ちを隠そうともせずに。
「そして最後に俺は、この世界をも手に入れる! ガングーにすらできなかったことをやってのける!」
俺は拳を握りしめる。
魔王を討ち取らなければならない。
そうしなけばみんなが不幸になる。そのみんなの中には当然、俺とシャネルも入るのだから。




