352 ガングーの血統
月元が魔王を殺したとき、ブルアットルは魔王軍の中で二代目だった。
というのも彼は不老である、だからずっと容姿の変わらない姿を不審に思われることを嫌い、一定の期間をおいて一度軍隊を抜けた。そしてその後、もといたキンサン・ブルアットルの息子としてまたグリースの魔王軍に入り直したのだ。
「考えたなあ」
と、俺は一緒に記憶を眺めているアイラルンに言う。
「まったく、生まれ変わったつもりでしょうか? 輪廻転生なんてありませんわ、自分は自分」
彼は考えたのだ、これを繰り替えすことによってただ1人の人間であるにも関わらず「キンサン家」という架空の武門の一族をでっち上げる。そうすれば、悠久の時の中でいつしか自分が魔王軍の
トップに――つまりはグリースのトップに立てるだろうと。
それは気の長い計画に思えた。
「人間、暇だとろくなことしねえな」
俺はすでに、この男の記憶にあきあきしていた。
この男が500年もの間、なにか特別な存在になろうと行動してきたのは理解できた。
しかしそれはなんの実も結んでいない。
……それはいまも。
「朋輩、貴方だったらどうしますか?」
「え?」
「500年も時間があれば」
「そうだなあ……べつに変わらないと思うけど」
いまと同じことをしている気がするが。
どうだろうか?
やつが味わった孤独。何百年もただ1人で生きる孤独。
それと、俺があちらの世界で味わった孤独。ようするにイジメを受けて引きこもりになったわけだけど……それは同じものだろうか?
違う気がする。
だってそうだろう、ブルアットル。お前はその気になれば普通に生きられたはずじゃないか。あの日、500年前に小さな村で結婚まで考えていた男なのだから。
「分不相応の望みを持てば、人はにっちもさっちもいかず袋小路に入りますわ」
「ごめん、ちょっと抽象的すぎない?」
さてはアイラルンのやつもこの記憶に飽きているな。
そんな俺たちのことはお構いなしに、ブルアットルはずっと意味のない穴掘り作業を続けるように時間だけを浪費していく。
掘った穴は、やがて自分の手でうめられる。
しかしその状況を打破するための秘策があった。
その秘策のためにすでに動いていた。
そんな矢先だったのだ、魔王が殺されたのは。出鼻をくじかれた形となったブルアットルは、自らの計画を大幅に変える必要があった。
つまり早急に自らが魔王となる必要があったのだ。
――ここを逃せばチャンスはない。
月元という男の存在が、彼にとっての転機であったことはたしかだ。
――とうとうだ、とうとうアイラルンが。あの邪神が言っていたときが来たのだ。
ブルアットルは知っていた。この異世界にもとうとう彼以外の人間――生きている人間が現れたのだと。彼は魔王軍の中で力を蓄えながらも、ときおり余暇を使い世界を回っていた。
しかしそれが彼の経験になることはなく、彼はたださまざまなな場所で他人のスキルを奪っていただけなのだ。
あるとき、彼は古い知り合いに会った。その男は不思議なスキルを持っていた。それは自分の最も欲っするものを引き寄せるスキルだった。
ただのお守り――気休めのようなスキルだが、とうぜんブルアットルはそのスキルを奪った。そのさい、その古い知り合いは抵抗してきたのでついでに腕も奪ってやった。
命まで奪わなかった理由は……つまりそんなものはいらなかったからだ。
しょせんその知り合いは、スキルさえ奪えば満足する程度の相手だった。しかし、そのスキルのおかげで彼には道が開けた。
彼がもっとも欲しかったもの――権力。厳密にはその果てにある自己肯定感。
幼い頃、友人が持つ木の棒を欲していた彼。いまではその友人よりも上に自分がいると信じたかった。
スキルを手に入れたあと、彼の元にはある情報が舞い込んできた。
いわく、あのガングーの子孫がじつはまだ生きているという情報だ。
これこそがブルアットルの秘策。
三代目のキンサン・ブルアットルはガングー・カブリオレの子孫という箔をつける。そうすれば、名実ともに自分はガングーになれるのだと、そんなふざけたことを思っているようだった。
「なんでもいいけどガングーって人、子供いたの?」
「いたらしいですわよ」
「で、その子孫がちゃんと生き残ってる?」
「はい」
「すごいね、500年も。かなり歴史のある一族だ。って、ああそうか。ガングー13世だったか? ドレンスの――」
「いいえ、違いますわ朋輩」
「え、違うの?」
おとなしく見ていると良いですわよ、とアイラルンは言う。なのでおとなしく見ていることにする。
ブルアットルが向かったのはドレンスだった。
そりゃあそうか、ガングーの子孫がいるんならドレンスだよな。
トントン拍子に進む展開、ブルアットルが欲しいと思った情報はあちらから舞い込んでくる。そして、お目当ての人はすぐに見つけることができた。
その人間は、ドレンスで冒険者をやっていた。
ガングーの子孫……それは。
「お前がガングーの子孫か?」
ブルアットルと、その人のファーストコンタクトは暗い街角だった。
その人は酒をしこたま飲んでいたが、まったく酔っていなかった。だというのに、酔ったふりをしていた。
「あらん? なんだい、いきなり話しかけて。もしかしてナンパかい? だとしたら他をあたっておくれ、私はそんなに安い女じゃ――」
「黙れ」
ブルアットルの鬼気迫る雰囲気にあてられて、その人はすぐに軽口をやめた。
その人のことを俺はよく知っていた。
というよりも最初見たときと同じように、いまも勘違いしたくらいだ。
「シャネル……? じゃないよな、ココさんだ」
どういうことだよ、とアイラルンを見る。
「そのままの意味ですわ」
「つまり、ココさんがガングーの子孫? ってことは、そのココさんの妹であるシャネルは」
「まさしく、彼女もガングー・カブリオレの直系の子孫ですわ」
「おいおい……」
いま明かされる、衝撃の事実!
ま、どうでもいいか。
俺はてきとうな男だよ、昔からそうだけど。
「あら朋輩、あまり驚いていませんのね」
「だってねえ。べつにシャネルが有名人の子孫だなんていまさら言われても」
だからどうしたということで。
というか、シャネルもべつになにも思っていないのではないだろうか。だって俺にわざわざ言ってこなかったし。
たぶん隠していたわけじゃないんだろうさ。ガングーのことは憧れだかなんだか知らないが好きなのだろう。けれど、そのことと自分の先祖であることに直接的な意味を見出していない。
ブルアットルはガングーの血統を欲した。
しかしシャネルやココさんはそんなものにすがって自分の価値を認めさせようとはしなかった。
俺たちの前では、ブルアットルとココさんが対峙している。
「俺のものになれ」
ブルアットルが言う。
「ずいぶんと魅力的な殺し文句だけど……いやはや、困ったなあ」
ココさんは相手と自分の実力差をすでに見抜いていたのだろう。
言葉こそはいつもの様子だが、杖剣を抜こうとする手が震えていた。
「無駄なことはするな」
「さて、やってみないことには分からないだろう」
「分かるさ。お前だって分かっているはずだ」
ココさんはそれで、諦めた。両手をあげる。
「まいった、降参だよ。やらなくても分かる、なんだいあんた? 化け物かい?」
「そうさ、俺は化け物だ」
「それで、目的はなに?」
「簡単だ、お前の血がほしい」
「血?」
「そうだ、ガングー・カブリオレの血が。お前は俺の子を孕め」
そう言われたときのココさんの複雑そうな顔といったら……。
ブルアットルはバカだと思った。長いこと生きていて、自分の目の前にいる人間が男か女かも分からないのだから。
やれやれ、というふうにココさんは首を横に振った。
「分かったよ」と、しかし了承する。
ブルアットルは満足そうに笑う。
自分が望むものを手に入れたのだと、そういう顔だ。
しかしそれはしょせん、仮初の充実感でしかなかった。




