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343 真っ暗な空間で見た記憶


 真っ暗な空間で、誰かに呼ばれた気がした。



「え、なに? 誰? なんか言った?」


 俺の言葉に返事はない。


「なんだよ、空耳ってやつか? ……ったくよ」


 さっきから真っ暗な空間をずっと1人で歩いている。あたりには何もなく、右も左も分からない。けれど自分の体だけはよく見えた。


「ここどこ?」


 どれくらいの時間が経ったのか分からない。


 ずっと歩いていたせいで時間の感覚もない。


 もしかしたらもう1日くらい歩いてるかも。いや、そのわりには腹も減らないし疲れもしないけど。


「とりあえず状況を整理しよう」


 俺はシャネルと一緒に魔王のいるという宮殿に入った。


 そこでいきなりロンドン――たぶん名前はあっているはずだ――という少年が出てきた。そして次の瞬間には目の前が真っ暗になって……。


 気がついたらこの真っ暗な空間にいたのだ。


「ふざけんな!」


 なにも整理できてないじゃないか!


 いや、状況から察するにあのロンドンとかいう少年――ガキになにかをされたのは確実なのだろうが。


 物理的にどこかべつの空間に飛ばされた――?


 あるいは精神的なものか。俺の体はあの場にあって、夢をみるようにこの真っ暗な空間にいるのではないだろうか?


 考える。


 考えた。


 か、ん、が、え……た。


「はっ!」


 いま、俺はどれくらいの時間考えていた?


 分からない。けどいつの間にか時間がべらぼうにたっている気がする。


 いや、それとも時間なんてぜんぜんたっていないのか? それすらも謎だった。


「怖いな、ここ。シャネルは大丈夫かな?」


 不安になる。


 そういえばあのロンドンとかいうやつ、最後になんと言っていた? たしかお気に入りがなんとかって……。もしかしてあれ、シャネルのことか?


 シャネルは美人だしなあ。


 あばば、やばいよ! 早く戻らないとシャネルが!


 俺ちゃんは童貞オブ童貞だから、シャネルが他の男と会話するだけで――いや、目を合わせるだけで嫉妬しちゃうのだ!


 あかんよ、俺以外の男に触れるとかそれもう寝取られやん! 鉄仮面になっちゃう!


「ふはは怖かろう!」


 とりあえず叫んでみる。


 ……虚しい。


 落ち着けよ榎本シンク。


 慌てても騒いでも泣き叫んでも、どうにもならない。いまはとにかくここから帰還してシャネルと合流することを考えるんだ。


「――――です」


 なにか声が聞こえた気がした。


 さっきと同じだ。


 誰の声だろうか、分からない。けれどどこかで聞いたことのある気がして……。


 分からない。


 ふと、なにか光が見えた。それは夜空に浮かぶ流れ星のように一瞬だけ見えて、すぐに消えたようだった。


 なんだろう?


 俺は光に引き寄せられる虫のようにそちらに向かっていく。


 なにかがあちらに――。


「あっ、また光った」


 今度は消えない。


 俺は光の近くに行く。浮かび上がる光は球体状だった。大きさはちょうど野球ボールほどだ。小さい。その光に手を伸ばす――。


『ダメですわ!』


 どこかから声が。


「えっ?」


 でもそれっきり声は聞こえなくなった。


 気を取り直して光に触れようとする。


 いや、でもちょっと待ってくれよ。誰かがダメだって言ってたぞ?


 そうかこの光には触っちゃダメなのか。


 なるほどなるほど……。


「いや、触っちゃうでしょ」


 ダメだと言われたら余計に。


 なんせ俺ちゃん野次馬根性の男なんだ。こういう好奇心は人一倍なんだ。


 光に触れた。手の内に使い捨てカイロのような暖かさを感じる。そして、一瞬にして妙な光景が俺の目の前に広がった。


 真っ暗だった空間に景色がうまれたのだ。


 その景色の中で、2人の少年が走り回っていた。


 ここはどこだっただろうか?


「あはは!」


 少年の1人が笑う。


 手には木の棒を持っている。それを剣のようにして振り回しているのだ。


「次、貸して! 貸して!」


 もう1人の少年が言う。


 けれど木の棒を持っている方の少年は意地悪そうに言い放つ。


「だめだよ、これは俺のなんだから。ほしかったらそっちも同じようなの拾えよな」


 少年はそう言うと、棒切れをまた振り回す。


 言われた方の少年はうつむいて、唇を噛んだ。けれどすぐに顔を上げた。その表情は無理に作った笑顔だった。


 ――いいなあ、欲しいなあ。


 たぶんそう思っているんだろう、けれど何も言わない。


 俺は否定された少年の方に同情した。


 だがそれと同時に思った。


 ――俺はいったい、何を見せられている?


 これがなんなのか自分にも分からなかった。


 俺は遊んでいる少年たちを見ている。けれど少年たちには俺の姿は見えていないようだ。俺の近くを走って通り過ぎて、また走ってきて。


 行ったり来たりしている。


「そろそろ帰るか」


 木の棒を持っていたほうの少年が、そう言う。そして飽きたように木の棒をそこらへんに投げ捨てた。


「うん、そうだね」


 もう夕方のようだった。


 2人の少年が家路につく。俺はそれを追う。そうしなければいけない気がした。


 少し行ったところで、先程否定された少年の方が立ち止まった。


「あ、ごめん。忘れ物しちゃった」


「え、マジ?」


「先に帰っててよ」


「いいって、一緒に戻ろうぜ」


「ううん、いいのいいの。暗くなる前に帰ってよ。じゃあまた明日ね!」


 少年が走り出す。


 俺は少しだけ迷ってから、走っていく少年を追いかけることにした。もう1人の少年のことも気になったが、こっちはいまはいい。――見たくもない。


 俺は走りながらも混乱していた。


 ――なぜこんなものをいま俺に見せる、神様よ?


 いいや、これは神なんてものが見せているんじゃない。なんらかの人の意思が俺にこれを見せているのだ。


 少年はもともと2人で遊んでいた場所に戻った。


 そして何をするかと思えば、さきほどもう1人の少年が捨てた木の棒を拾い上げた。


「ふふふっ」


 満足そうに笑う少年。


 その執着に俺は異常なものを感じる。


 ――そんなものが欲しいのか? ただの木の棒が。


 そういえば、と俺は自分の腰を触る。


 良かった、刀はちゃんと脇にされていた。


 それにしても……。


 少年は1人で満足そうに木の棒を振っている。それのなにが楽しいのか俺には分からない。けれど少年は笑っていた。


 楽しそうに、どこか病的な表情で……。


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