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341 最後の晩餐


『最後の晩餐』。


 と、呼ばれる絵がある。


 いわずとしれたイタリアの巨匠、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品である。万能の天才と言われた彼は当然のように絵の分野だけではなく、建築や数学、または人体の解剖学にまで精通していた。また、美しい顔をしたどこか中性的な男性だったとも言われている。


「と、いうわけで。最後の晩餐である」


 俺はワインの入ったグラスをかかげた。


「はいはい、乾杯。最後っていうとなんだか不吉だわ」


 カツン、と音がしてグラスが重なる。


 今日はシャネルも少しワインを飲むつもりらしい。珍しい。


「で、シャネル。明日はいつから行くよ」


「起き次第ってところでしょう? それとも夜闇に紛れてこっそり行く? それも一つの手段だわ。あちらのパーティーが終わったあとに、無粋に」


「どうしたものかね。実際に正面から行くとしたら? 俺はとりあえず魔王を。シャネルはココさんを殺す。ま、考えても答えなんてでないか。あとは好みの問題」


「殺す順番はお兄ちゃん――兄からで良いかしら。魔王を殺して、逃げられたら元も子もないわ。そうでしょう?」


「それで良いと思う。最悪魔王ってのを逃したとしても、俺たちが死ななければまたチャンスは巡ってくるだろうし。逆にココさんを逃せばそれでもう手がかりナシだ」


「納得してもらえて嬉しいわ」


 現実問題として考えれば、俺たち2人で宮殿につめているだろう兵士全員を相手にするのは無理がある。俺たちの戦いは迅速に。電撃戦であるべきだ。


 さっさと宮殿に入る。他に脇目をふらない、ターゲットを見つける、殺す。それを2回。


 なんだ、簡単じゃないか。


 もっとも、それができずに逆に返り討ちにあった冒険者たちの死体を見た。


 それを見て、怖気おじけづいていないと言えば嘘になる。


「にしてもよぉ、つまみの一つもないな」


「ごめんなさいね、どうしても手に入らなくて」


「いや、いいんだ。俺が毎晩毎晩アルコールばっかり飲んでたのが悪いのさ」


 なんて話しをしていると、部屋の扉がノックされた。


 誰だろうか、他人がこの部屋を尋ねるなんてありえないはずなのに。


「誰かしら? いま出ますわ」


 シャネルが部屋の扉をあけた。


 俺は座りながらそれを眺める。嫌な予感はない。なので安心しながらワインを飲んでいた。


「いまいいでしょうか?」


 宿の老婆だった。


 なにかトレイを持っている。甘い、いい匂いがした。


「なんでしょう?」


「もしよろしければこれを食べていただけないかと思いまして」


「あら、パイですわね」


「はい、そうです。残っていた材料をかき集めて作りました。どうか食べていただけないでしょうか」


「ありがとうございます、けれどどうして?」


「これまでさんざんお世話になりまして」


「まさか、お世話になったのはこちらです。シンク共々、こうして泊めていただいて感謝しておりますわ」


 シャネルはトレイから皿をとった。その上にはこんがりと焼きあがったパイが載っている。具材はなんだろうか? いつぞやの魚の変なパイではなさそうだ。


「お2人は明日、出られるのですよね。ご武運を」


 ご武運?


 おや、知っているんだろうか。


 俺たちが何をするつもりか。


「分かっておりますよ、言わなくても。お2人がなにをするつもりなのか。冒険者の方々がいま現在、この国で何をしようとしているのかは新聞にも載っておりますし」


 やれやれ、と俺は首を横に振る。


 たしかにな、俺たちが魔王を殺すためにこの国に来たのなんていまさらバレバレか。


 そもそもこの国には観光客だっていないんだ。


 老人と、そうでなければ小さな子どもばかりの国。霧にまみれた酷い国。人々は悲しい思いばかりをしている。


「このパイは息子が好きだったものです。どうぞお2人で――」


「ありがとうございました」


 俺は椅子から立ち上がり、言う。


「この国はこのままではダメになります」


 もうなっているのではないかと俺は思った。けれど実際に住んでいる人間からしたら、そうは思いたくないのかもしれない。


「そうならなければ良いのですが」


「昔から何度も戦争をしてきた国です。私が幼い頃も魔石のためにルオを――その前にもイッドという国を。他の国をしいたげて、自分たちのためだけに。それで次はドレンスに行くと――」


「人には誰にでも幸せになる権利がありますわ。けれど、他人をないがしろにして幸せにはなってはいけません。そういうものです」


 老婆はそうですねと微笑んだ。


「もしもそんな国でなくなれば、良いのですけど」


 老婆は部屋を出ていった。


 俺はまた椅子に座り直して、グラスに入っていたワインを飲み干した。


「ようするにさ、応援というかエールを送ってくれたんだろ?」


「そうみたいね」


 切り分けられたパイを食べる。


 なんだかよく分からない果物が入っていた。甘くて、美味しかった。


「おふくろの味だな」


 適当に言ってみる。


「あら、お母さん? ふうん、たしかにそうかもね」


 まさかの同意された。


 というかシャネルにも親はいるんだよな? いままであんまり考えていなかったけど、そりゃあ人の子だしな。


「どうしたの?」


「いいや」


 あんまり聞かないほうが良いかなと思った。


 だってシャネルの村はココさんに滅ぼされたのだから。


「にしてもドレンスに攻めるかあ。いまさらだけど、それかもしれないわね。冒険者ギルドの真意は」


「え?」


「つまりね、その前にこっちから魔王を殺しちゃおうってことよ。戦争になる前に。ギルドは世界的な組織だとしても、ドレンスのギルドはドレンスのものよ。もしも暗殺が成功すれば儲けもの。その程度の考えかもしれないわ」


「そういうことか」


 ということは、まさか俺たち冒険者は捨て駒?


 いや、もともとそういう気はしていたんだが。いきなり外国に行ってそこの一番えらいやつを殺してこいなんてどう考えてもおかしいだろ。普通に犯罪だろうし、人殺しなんて倫理観的にもヤバい。


「あるいはあんまり期待もされてないのかもね」


「やってられないぜ」


 そんなことのために、駅前にさらされていたやつらは死んだのだ。


 でもまあ、もしも成功すればこの国の人のためにもなるかもしれない。それだけが、ある意味では救いだった。


 俺たちはそれからパイをあてにしてワインをずっと飲んでいた。


 先に潰れて寝たのは俺。


 いつものことだった。


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