332 魔王軍四天王
シャネルが古い新聞を読んでいる。古いといっても一週間ほど前のものだが。
「ま、こんなものね」
「なにが?」
シャネルが組んでいた長い足を、ゆっくりと組み直す。フラミンゴみたいに細い足だな、と俺は色気よりもどこか不安感をもって思った。
「私たちがここに来たとき、列車が襲われたでしょう? あのことについて載ってるわ。同時に5箇所の列車が襲撃された。そのうちの1つだけがきちんとロッドンの駅についた、ってね。これがつまり私たちの乗っていたやつね」
「すごいな、ちゃんとニュースになってるんだな」
自分がそのニュースの渦中にいた、ということがなんだか不思議だ。
「これは偉大なる魔王様の命をねらったものである、だってさ。でも魔王はロッドンに帰って来たらしいわ」
「そう書いてあるの?」
「ええ。偉大なる魔王様は昨日、ロッドンの宮殿に入られた。明日からは北アテルランドの平定の大詰めに向かう予定である、だって。けっこう忙しい人なのね。魔王ってのも」
「ホントニナー」
かたや俺たちは毎日ぐだぐだしているだけである。
いやはや、そろそろ動くべきかもしれない。そう思ってはいるのだが……。どうしてもやる気になれないのだ。
「ああ、そうだわシンク。明日は少し出かけましょうよ」
「出かける?」
シャネルが新聞から目を離す。そして青い瞳で俺を見つめた。
「うん、行きたいところがあるの。言ってたでしょう?」
「そういえばそうだったな、良いんじゃないか」
どうせやることもない。このロッドンの街に来てから俺たちはなにもしていない。ほとんどなにも――。
それは心地よい時間かもしれない、だけどどこか物足りない時間だ。その状況をシャネルがなにか変えてくれるならばそれは嬉しいことだ。
シャネルは新聞を置いた。次の新聞を手に取る。
「シンクはさ、どうなの?」
「なにが?」
俺はワインを飲んでいた。
やることがないなら酒を飲むしかないか。
テーブルの上にはワインの瓶と、コップが。シャネルがその瓶のほうを持ち上げて、中に半分ほど残っていた分を一気に飲んだ。
おいおい、と思って目をみはる。
そりゃあシャネルは俺と違って、アルコールに強いけど……。
「最近の貴方って、どこか物足りなさそうだわ」
まったく酔ってなんていない様子で、シャネルが言う。
「そりゃあね」
自虐的な笑い。
俺の目指していた目標はまるで手の中からすり抜けるようにして、俺の近くから遠ざかった。こんなことなら、さっさと金山を殺しておくべきだった。いまさら後悔しても遅いのだが……。
金山は生きている。
……本当に?
分からない。
実際のところそれは謎なのだ。俺が金山の持っていたスキル、『女神の寵愛~触覚~』を持っていないこと。それだけが金山が生きていることを示す証拠だ。
だがもし、金山が死んでいたとして。その死が俺が殺したものではないと判定されれば? 俺に金山の持つスキルは継承されないのかもしれない。
その判定を下すのがアイラルンかは分からない。そもそも聞こうにもここ最近アイラルンは俺の前に現れない。呼んでも出てきてくれない。
シャネルがワインをもう一本だしてくる。飲んでも良いのだろうか? ラッキー。
シャネルはワインのコルクを抜くと、どうぞと俺に渡してくる。俺はワインの方ではなくコルクのほうを受け取った。それを手の中でもてあそぶ。
「あらん?」
もう一度新聞を読み始めたシャネルが少しだけ驚いた声をだす。
「どうした?」
「ねえシンク、私たち以外の冒険者で魔王のいる宮殿に忍び込んだ人がいるそうよ」
シャネルはクスクスと笑う。その様子だと、たぶん魔王が討伐されたわけではないのだろう。
「で、どうなったのさ」
「八つ裂きだってさ。うふふ、新聞で普通こういう表現つかうかしら?」
「さあな」
シャネルは次の日の新聞を見る。そしてその翌日の分も――。
「こっちにも、あらこっちにも。けっこうみんな頑張ってるのね」
「え、もしかして俺たちだけ? ちゃんとやってないの」
シャネルはにっこりと笑う。
「そうかもしれないわね。なんだか連日魔王の宮殿に賊が入ってるらしいわよ。この分だと、そうね。ほとんど全員が行ってるのかしら。あ、ここ見て」
新聞を見せられる。
……読めない。
「どこ?」
「こんど駅前の広場で反逆者――これはつまり冒険者のことよね。その死体をさらすらしいわよ。見に行く?」
「いやー、行かなくてもよくないか?」
というかなんだよ、死体をさらすって。中世の娯楽じゃねえんだからさ。そんなの見ても楽しくもなんともないって。
シャネルはいかにも楽しそうに新聞をめくっている。
そういうグロテスクなものはシャネルの好みとは少し違うはずだ。つまりいまの見に行くかという提案はある種の冗談なのだろうけど。
シャネルは上機嫌だ。なにかを読む、という行為が好きなのだろう。
けれど、シャネルが新聞をめくる手が止まった。
どうしたのだろう、と俺は不思議に思った。
「どういうことよ……これ」
その言葉の意味が分からない。
「どうした?」
新聞をこちらに投げ出してくる。
開かれた見開きのページには4つの写真があった。それぞれ1枚につき、1人の人間が写っている。
そのうちの2人には見覚えがあった。
1人はそう、この前港町であった男。たしかそう、魔王軍の四天王の1人と言っていた。名前は――エディンバラ。自らの魔力を腕のようにして、敵をなぎ倒すという戦い方をした男だ。
察するに、これは魔王軍の四天王が写っている写真たちだ。
エディンバラと、他の2人には見覚えがない。片目の男――おそらく50がらみ。いかにも歴戦の猛者という様子。そして意地の悪そうな笑顔を見せる子供。不釣り合いなシルクハットをかぶっている。
そして最後に――。
カメラを燃えるような赤い瞳で見つめる女性。その口元には微笑が浮かべられているが、しかし目はまったく笑っていない。腰までありそうな長い髪をたらしている。その白い髪は光がとんでいるせいで、写真の中ではベタ塗りの一枚の布のようになっていた。
シャネルは投げ出された新聞、その写真を指差した。
「ビビアン・ココですって。ご丁寧に偽名までつかって」
その目が憎しみに見開かれる。
「どうして、ココさんが?」
分からない。
だが――。
「そんな理由なんてどうでもいいわ。シンク、悪いけど復讐は私のものを先にさせてもらうわよ。ここを見て。一週間後、魔王の宮殿で晩餐会があるそうよ」
「うん」
「グリース4国の平定を祝ったものだって書いてあるわ。ここにお兄ちゃんは来るかしら? 来てくれなくちゃ困るわ」
「じゃあそこに忍び込んで――」
「お兄ちゃんを殺す。ついでに魔王もやっちゃいましょうよ。一石二鳥だわ」
ああ、ついでに殺される魔王様もかわいそうに。
しかしシャネルの本気の目を見たら、そうやって茶化すことも悪い気がした。
俺はただ頷いた。
シャネルは満足そうに笑うと、新聞を暖炉の火の中に放り投げた。薄っぺらい新聞はすぐに燃えていき見る見る間に灰になるのだった。




