331 配給
配給とやらがあるらしく、足の悪い宿の主人に変わってなぜか俺たちが配給品を取りに行くことになった。
なんでもこの街では人々の生活のために物資のほとんどが配給でまかなわれているらしい。
1人につきこれだけと決まっているとかで。
なんだか戦時中みたいだな、と俺はよく知りもしないくせに思ったのだった。
「どうして俺たちが――って思ってる?」
「いや、逆。なんか楽しそうって思ってる」
「シンクのそういうところ、好きよ」
えへへ、褒められた。
まあもともと野次馬根性で生きてるような男だ――。引きこもりでひどい時期だって、本をたくさん読んで知識欲だけは人一倍だった。ま、それが身になったとも思えないが。
「で、どこで配給あるんだ?」
「そういうところ、ズボラよね」
「まあな」
シャネルが呆れて笑う。
俺は長い棒を。シャネルはバケツを2つ持っていた。ここに配給ぶつを入れて運ぶという作戦だ。
「なんだかこうしていると、あれだな。ルオでのことを思い出すな」
「そうね、シンクが修行なんていって私のことをほうっておくのよ」
「ほうっておいたか?」
「そのあとだって馬賊だなんだ言ってさ、ひどい男だわ」
「うん、それは悪いと思うよ」
よくよく考えればあのときくらいだろうか、シャネルとあんなに長いこと離れていたのだ。俺たちはずっとべったり、一緒にいた。
「なんだかずいぶんと昔のことに思えるわね」
「そうだな」
俺たちは配給場所である近くの公園にいく。公園といっても遊具のあるようなものではなく、どちらかといえば自然公園だ。ロッドンの街にはこういう小さな自然公園がたくさんあるのだ。
もちろん、大きなものもある。
配給の場所にはもう人がたくさん集まっていた。たぶん50人くらいはいる、正確に数えるのは難しいが。こんなに人がいるのか、とちょっと驚くくらいだった。
でも、集まっている人間はたいていが老人だった。
若い人の姿はない、俺たちだけだ。
そのせいだろう、すっごく視線を感じた。
ガスマスクの視線がいっせいにこちらに向くというのは、不気味なものだ。
そして老人の中で面の皮が厚い者が、こちらにやってくる。
「あんたら、どこの人? ちゃんと配給書持ってんのかい?」
「そこの宿に泊まっている客ですわ、一宿一飯の恩義を感じてこうして手伝っている次第です。ほら、ここに配給書もありましてよ」
シャネルはどうぞと紙を見せる。それは正しく、正規の配給書である。
どうやらこれを見せる――あるいは交換する?――と、配給物を渡してもらえる仕組みらしい。代理人でも受け取りはできる、と宿の老婆は言っていた。
「ああ、あそこの宿の? まだ営業やってたの。あなたたちも、よくこんな場所に来たね。知らなかったのかい?」
「まったく――」
「ふうん。まあ、ここまで霧がひどくなったのはいまの魔王様になってから。他の国と貿易もあまりしないくなってて話しらしいし」
「この国の情報は、他国にはほとんど流れていませんわ。ですから来てからびっくりしてしまって。こんなふうに皆さんが大変な思いをしているだなんて」
「大変さ。若いもんもいなくて――なにをするにしても困ったことばっかり」
ぞろぞろと集まってきた。
「ほええー、若い人なんて久しぶりに見た」
「お兄ちゃん、その剣なんじゃ?」
「あらー、きれいなお嬢さんだわ。配給に化粧品もあるからもらっていくといいよ」
みんなガスマスクで表情はよく見えないが、おおむね好意的な反応らしい。
大型のクルマが公園に入ってきた。バスみたいな大きさのクルマだ。
「あれが配給車?」
「たぶんね」と、シャネルはジロジロとクルマを見る。
「どうした?」
「あんなに大きなのもあるのね。何人くらいで動かしてるのかしら」
「さあ? 動かすだけなら1人でできるんじゃねえかな?」
「すごいのね」
配給車からパワードスーツどもが出てくる。1,2、3人だ。まったく、この街じゃあ老人と、この半分機械みたいになったやつらしかいないのだろうか。
クルマの後ろは物資の入った荷台になっているようで、配給書を見せるとそこから食べ物や飲み物なんかを持ってきてくれた。
見る限り、どこの家も同じようなものをもらっえいるらしい。
順番に並んでいる、俺たちは最後尾。もしかしたら物資がなくなるかな、と少しだけ心配だった。
けれどそんなことはなく、手際よく配給はくばられてすぐに俺たちの番になった。
「ここに入れて」
と、俺はバケツを差し出す。
無言で入れられた、しかも乱暴に。
愛想のかけらもなかった。
俺たちで最後だとわかったのか、すぐにクルマが出ていく。次の配給先があるのかもしれなかった。
「あら? 新聞も入ってるのね」
「え?」
俺は手に持ったバケツを見た。たしかに新聞がある。……しなびた野菜と一緒に入っていた。
「でもこれ、何部もまとめて入ってるわ。何日分かしら、新聞ってそういうものだとは思わないけど。どう思う?」
「新聞読まないし」
そもそも読めないし。
なのでどうでもいいです。
俺はバケツの持ちてを棒に吊るした。こうして肩にかつげば簡単に運べるのだが……。
「ねえ、お若いの。ワインいりますかい?」
「え、ワイン?」
そりゃあアルコールは好きな方だけど。
「うちにあっても飲むもんがいないからね。若い人が飲むんでしたらどうぞ」
「じゃあ、遠慮なく」
やったね、もうけたね。
でも、1人から受け取ったらそれに続いて何人か来た。
「あ、じゃあ私も」
「ワシもじゃ」
「持ち帰るのもの重たくて大変ですぞ」
えー。
あっという間に俺の前には10本以上のワイン瓶が。
「よかったじゃない、シンク。これでとうぶんワインに困らないわ」
「いやいや、これどうやって持ちかえるのさ」
「縄でくくって背中にでもかつげば?」
「……そうするか」
そんなこんなで荷物が増えました。
宿に帰ると、とうぜんびっくりされた。
「そんなに配給ありました?」
「いや、これはまあ。ただもらってきたんです」
まあでも、シャネルの言う通りとうぶんワインには困らない。
行ってよかったね、配給に!
それにしても……大丈夫なのだろうか、この街は。というよりもこの国は。
だからといって、俺は魔王をすぐに討伐しに行く気にもなれないのだった。人が行動をおこすにはなにかしらの理由がいる。
心を燃やす情熱が必要だ。
今回、残念なことに俺にはそれがなかった。
魔王討伐、むしろ気合を入れていたのは金山の方なのだから……。




