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322 くずれた橋


 列車の外に出て、屋根の上に登る。


 叩きつける風がロングコートをはらませて、ものすごい抵抗をうむ。立つことはなんとかできるが、前に進むことは困難に思えた。


「よいしょ」


 金山も上に来る。


「気をつけろよ」


「あばば! すげえ風だ!」


 金山は風にあおられて体の重心を崩しそうになる。けれどそこらへんについていた突起をつかんでなんとか事なきをえた。


 テロリストのボスは先頭車両に向かってなんとか走っている。よく見ればボスの右腕には包帯のようなものがグルグルに巻かれていた。その包帯が少しだけほどけ、まるで尻尾のようにボスの後ろではためいている。


「まちやがれ!」


 だが、俺の声は風で流される。おそらくあちらには届いていないだろう。


 この状況ではモーゼルの狙いも定まらない。


「魔法で、狙い撃つ!」


「待て、あいつなにか言ってるぞ」


 テロリストのボスはこちらを向いて、吠える。


「お前らが魔王か!」


 魔王? いったいなんのことだ。


 風にも慣れてきた、先程よりも前に行くことはたやすい。それとも列車の速度がゆるまったのだろうか、線路の先はカーブになっている。


 なんにせよ接近するチャンスだ。


 身を低くして走る。


 空気抵抗を考えて、この体勢が一番良いはずだ。


「くそ、風が目に入る!」


 しばたかせながら走る。


「黒い目、やはりお前が――」


「なんのこと言ってるか分からねえよ、俺たちはただの冒険者だ!」


「冒険者だとっ!」


 今度は俺の声が届いたらしい。


「魔王だとか、意味の分からねえこと言ってんじゃねえよ!」


 金山は後ろの方でうずくまっている。


 いきおいで外に出たは良いが、うまく動けないでいるのだ。


「我々は現在のグリース政府に不満がある!」


「それとこの列車ジャックになんの関係がある、不満があるなら首都でデモ行動でもすればいいだろう!」


「そんな悠長なことを言っていられる状況ではないのだ!」


 ボスは右手の包帯をほどきだす。


 なにが出てくるかと思えば、包帯の下にあったのは義手だった。いや、義手なんて生易なまやさしいものではない、それは手というよりもガトリングガンだ。


 ――なんて日常生活で不便そうな右腕か!


 ボスはそれを俺に向ける。


 ガッチャリ、と音がした。なにかが装填されたのだろうか。


「お前が魔王であろうか、なかろうか、そんなことは今さらどうでもいい!」


「どうでもいいっ!?」


 ダメだ、相手は錯乱している。


 死にものぐるい、というよりも死なばもろともという感じだ。これこそまさに自爆テロというもの。その死には大義があると信じているのだ。


「我らが同士の誰かが魔王を殺せれば、それでッ!」


 腕についたガトリングガンが回転を始める。


 まずい、この場では避けることはできない。


『5銭の力+』は上手く発動するだろうか? 致死量ではない攻撃の場合、そもそもスキルが発動しない。これは明確な弱点だ。


 弾丸が連射された。


 それはまっすぐ俺に向かってくる。


 こうなれば『グローリィ・スラッシュ』でかき消すしか――いや、もう間に合わない。


 だが、ガトリングガンの弾は突如としてあらわれた土壁によって防がれた。


「ナイスだ!」


 一瞬で状況を察する、金山がやってくれたのだ。


 やがて弾丸は打ち尽くされたのか、弾の音が止まった。


 それと同時に土の壁は崩れ落ちた。土ぼこりになって一瞬にして風に流される。


「魔法使いどもが、お前たちがこの国をおかしくしたんだ!」


 なにを言っているのか、意味が分からない。


「俺はあんたの話しを聞きに来たわけじゃない」


 だから、そう言ってやる。


「ならばなぜッ!」


「人が安心するために――その心を痛めつけられないために!」


 大きな力は人を歪める。


 他人に歪められた心は自分の力だけで治すことは困難だ。


 少なくとも俺には無理だった。だからこそ、他の人には――。


 抜身の刀がやましく光ってみせた。


「あんたは殺す、そうすれば他のみんなが安心する」


「お前は、お前たちは! この国がおかしいと思わないのか! こんな危険なものを国中に血管のように通して――」


 テロリストのボスは列車の天井を思いっきり足で踏みつけた。


「人を改造して、魔族をつくりだし――成功したものを特権階級とし、失敗したものはただの機械部品のように使い捨てにする!」


「………………」


 俺はなにも答えない。


 金山は何を考えているのだろうか、やつも何も言わない。


「魔族どもは人を狩る! 連れ去って好き勝手にする、俺の家族もそうされた!」


「だから、どうした」


 それがテロを起こす理由になるのか?


 人を傷つける理由に……。


「いま、この瞬間に首都へ向かう列車のどこかに魔王が乗っている! 我々はそれを調べたのだ!」


「ここにはいないよ」


 確認したわけじゃないけど、適当にそう言う。


「だとしても――いまも他の列車を襲っている同志たちにあの世で顔向けができない!」


 男がガトリングガンの装填をはじめた。


 しかしそれはどう見ても遅い動きだった。


 俺は駆け出した。


 風にあおられても負けはしない。そのまま真っ直ぐに――。そして、刀を上段から袈裟懸けに振り下ろす。肩口から入った刀は、そのまま骨もなにもを断ち切って腰のあたりに抜けた。


「――もう無理さ」


 上半身になった男は言葉を発した。


 そうか、それでも声が出るのかと俺はちょっとびっくりした。人間の体というのは分からないものだ。


「最期の言葉になるぞ」


 それで良いのか? と、言ったつもりだった。


「時間はかせいだ。もういい。俺も……お前たちも終わりだ。これが……魔王を、こ、殺す。こ、う……し」


 男の体は列車の揺れにまかせて、天井からずり落ちていいく。


 地面に落ちた体は見るも無残な姿になったが、すぐに列車は離れていく。


「やったね、榎本!」


 金山がやっとこちらまで追いついた。


 まだ風に慣れていないのか、変な体勢だ。たぶん這ってきたのだろう。


「なにもやってねえよ、戻るぞ」


 むしろ今回のMVPは目の前の金山かもしれないな。中ではテロリストをたくさん殺したし。それにいまだっていちおうは土の盾で援護してくれた。


 列車のドアは俺たちが出てきたところだけは確実に開いている。他の場所はガラスが閉じているかもしれないので、危なっかしくてそこから戻ろうとすることができない。


 まあ、風に逆らって歩くのは面倒だが、風にのって歩くのはまだ楽だ。風にまかせて行きすぎないようにだけ気をつければいい。


 だが問題はただ一つ。


 ――いまだに嫌な予感が消えないのだ。


 なぜだ、テロリストは全員倒した。鎮圧ではなく、ほとんど虐殺でだが。


 それなのになぜ嫌な予感がし続ける?


 ああ、ダメだ。考えがまとまらない。テロリストのボスが言っていた断片的な情報ばかりが頭の中をグルグルと回る。


 ――テロリストは魔王を殺そうとしていた。


 ――魔王はこの列車を国中につくった。自身もそれで移動しているようだ。


 ――魔族というのはこの国の選民であり、人狩りをする権限もある。


 ――あのパワードスーツのやつらは、その魔族の出来損ない。


 いままでなんとなく見えていた情報、そして確定した情報。


 このグリースという国にとって、魔王という存在は強大なものなのだろう。それゆえ、反発もでるのだ。


 分からない、なにが原因でこんなに嫌な予感がする?


 魔王……魔王……魔王?


 なんとなく、察せられることがあった。あのテロリストたちの戦力では絶対に魔王を倒せないだろうということ。


「ねえ、榎本。戻ろうよ」


「ちょっと待て、いま考え中だ!」


 ならばどうやって魔王を殺すつもりだった?


 そういえば、他の列車もいま現在ジャックしているようなことを言っていたな。同士がいるとか……。どうやって魔王を倒すつもりなんだよ?


 列車は緩やかなカーブにさしかかる。


「危ないよ、榎本!」


「うるさい、黙ってろって……」


 俺は考える。


 なにか、なにかカラクリがあるはずなんだ。魔王を倒すための。


 時間かせぎ? そう言っていたはずだ。


 時間をかせげばなにかが起こる?


 起こる……おこる……起動する? なにが?


 そんなの決まってるじゃないか、爆弾だ!


 気がついてしまえば簡単だった。そうだ、力のない人間。魔法も使えない人間が魔族の王たるものを殺すときにつかうもの。それは武器しかない。


 カーブした先には橋梁きょうりょうがあった。


 どうやら下に大きな川が流れており、その上を列車は通るようだ。


 もしもあれが爆発すれば、列車は谷底にある川に真っ逆さまだ。


 それは最悪の想像。


 そして、おうおうにして最悪の想像とはよくあたるものだ。


 閃光、そして次の瞬間には大きな爆発があった。風を切り裂く抵抗ではない、爆風が俺たちに吹き付けた。


 地響きをたてて橋がくずれていった。


「爆発したよ!」


「見れば分かるッ!」


 ちくしょう、最悪だ。


 どうする? 考えるには時間がたりなかった……。



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