317 列車
駅のホームに巨大な列車が入ってくる。ゆっくりとした動きは海の底に住む巨大な哺乳類のようだ。
「とりあえずあれだ、9と4分の3番線から乗るんだよな」
3人に、え? みたいな顔をされた。
シャネルとティアさんはしょうがないにしても金山にくらいは通じてほしかった。
「二等車だから普通に3番線の3つ目から先の席だよ」
「あっそ」
駅を利用する人はたくさんいて、そのどれもが裕福そうな身なりをしていた。でも中にはボロをまとったような人もいて、そういう人たちは三等車の方に乗るらしい。
どんなものかな、と覗いてみたかったがそういうのってあんまり趣味の良いことじゃないと思ってやめることにした。
「あ、新聞売ってるわ」
シャネルが新聞売りの少年を呼びよせた。
駅で新聞を売るっていうのは、異世界でもキヨスクでも同じなんだな。
シャネルに呼ばれた少年はよっぽど仕事熱心なのか、小走りでこちらに来る。
「新聞、500ポンドだよ」
「500? 高いのね、でも1部もらうわ」
「はい、まいどあり」
「それ、危ないからここでは読むなよ。席に座ったからにしろよ」
「分かってるわ」
喧騒の中で、それぞれ人たちは列車の扉が開くのを待っている。
車体はホームに入ったというのに扉はしまったままなのだ。
これはいつ開くのだろうかと思っていると、いきなりホームの入り口からぞろぞろと茶色い鎧のようなものを着た兵士たちが入ってきた。
それでうるさかったホーム内が騒然となる。
ガチャガチャと音をたててパワードスーツを着込んだ兵士たちが我が者顔で駅のホーム内を歩き回る。
まさかと思い耳をすます。遠く離れた兵士の声が聞こえた。
「ココデ怪シイ、オトコ・オンナノ二人グミヲ見テイナイカ」
やっぱりだ、俺とシャネルを探している。
そりゃあそうか……。
「さすがに魔王軍の四天王とかいうのをボコっちゃまずかったな」
あのときはなにも考えてなかったけど、四天王だぜ?
あきらかにヤバそうじゃん、中ボスじゃん。
兵士は2人組でこちらにも来る。ここで逃げたらあきらかに怪しいので、俺たちは4人でかたまって談笑しているふりをした。
「アヤシイ男女ヲミテイナイカ?」
兵士が話しかけてくる。
「はて、アヤシイ男女?」
俺はそらとぼける。
はい、それは私ですなんて言えないからな。
「オトコガ2人、オンナガ2人。コレハチガウナ」
「チガウ」
兵士たちはそれだけ確認すると、次の人たちに聞きに行く。
「え、いまので終わり?」
金山が目を丸くする。
「ザルだな」
口笛を吹いて(吹けていない)、バカにする。
「頭の中までイジってるのかしら、よく分からないけど」
「あれは本当に人間なのかねえ……」
知もなく、血もでなく、まるで機械のように動く兵士たち。
魔王軍とはいったいなんなんだ?
兵士はしばらくホームの中で聞き込みをした。それが終わると出ていく、それと同時に列車のドアも開いた。
「なんだよ、この聞き込みのために待たされてたのかよ、俺たち」
「でしょうね、まあいいわ。さっさと乗りましょうよ」
「あっ、ちょっと待ってよ榎本。あのさ、いまの感じだと俺たちってお尋ね者じゃないか」
俺たち、と金山は言うが厳密に追われているのは俺とシャネルだけだ。
「それが?」
「だからさ、やつらの目をかいくぐるために俺たちも作戦をねる必要があるんじゃないかな。たとえばだけど、俺と榎本、ティアとシャネルさんの2組に別れるとか」
「言いたいことは分かるが……」
もしも次にまた兵士どもが来たとして、あの様子ならば男と男、女と女でいた場合なにも言わないだろう。
けどなあ、金山と2人で列車に乗るってのはなあ……嫌だな。
「どうする、シャネル?」
「どっちでもいいわ」
むう、こういうときにシャネルはちょっと嫌だ。
あまりにも俺の意見を尊重するから、俺が意見をもとめても答えがかえってこないことが多々ある。
しょうがないので自分で考える。
けっきょく、どう合理的に考えても金山の提案は名案であり、断る理由は心情的な不満だけだった。
「そうだな、もし列車の中で戦闘になったりしたらことだ」
走行する列車の中は逃げ場がない。そんな状態で戦うのは危ないし、なによりも他の乗客にも迷惑がかかる、それに俺たちはいま魔王を暗殺しようとしているんだ。
できるだけ、目立たないほうが良い。
ま、こうして追われる原因を作ったのは俺なんだけど。
「じゃあそうしよう!」
金山はなんだか嬉しそうだ。俺に同意されたのがそんなに嬉しいのだろうか?
そういえばこいつは昔からそうだったかもしれない、よく人の顔色をうかがって、自分の意見に自信がなくて、とにかく同意してほしそうに他人を見るクセがあった。
ま、無くて七癖という言葉もある、人の悪癖にたいしていちいち目くじらを立てるのはやめよう。
俺は金山と一緒に列車に乗りこむ。
前の方の席に座る。窓際をもらった。
シャネルとティアさんは後ろの方に行った。
さて、列車が動き出すまでの時間、少しばかり暇である。
走り出せば外の景色でも見て時間をつぶせるのだが……。
「ねえ、榎本」
「うるせえよ、話しかけるな」
座席にいると刀が邪魔だな、腰にさしておくわけにはいかないけど荷物としてよけておくのもな……。
「あのさ」
「眠いんだ、話かけるなって」
嘘だ、べつにぜんぜん眠くなんてない。
「あのさ、さっきごめん」
こいつはもしかしてそれを言うために、わざわざ2人きりになったのかと思った。
たぶんそうだろうな。
ティアさんには聞かれたくなかったのだろうか、それとも2人きりで謝りたかったのか。
「ま、こっちも殴っちまったからな」
意地でもごめんとは言わない。
けど俺もまあ、悪かったかもしれない。ほんの少しな、ミジンコレベルでな。さすがに殴ることはなかったかもなーといまにしたら思う。
頭に血が登っていたのだ。
「寝るの邪魔しちゃったね、ロッドンについたら起こすよ」
「それどれだけ時間かかるんだよ」
「さあ、でも今日中にはつくと思うけど――」
「そうかい」
列車が動き出す。
俺たちを乗せて。
ゆっくりと。
俺はこのままどこへ行くのだろうか? そんなこと、考えても仕方のないことだった。




