316 魔王軍の幹部
「珍しいな、いまどき魔族化していない普通の魔法使いとは」
ロン毛男は嬉しそうに言う。
あきらかに魔王軍の関係者だというのに、周りに転がっている兵士のことはまったく気にしていない。自分にはこの騒動など関係ないとばかりの足取りで、ゆっくりとシャネルの方へ歩き出した。
俺は男の顔先に刀を突きつける。
「ちょっと待てよ」
誰に断ってシャネルに近づいてるんだ。
それ以上進むならばたたっ斬る。そういうつもりだった。
だが男は無造作に俺をよけていく。
その素振りがあまりにも自然だったもんだから、俺は動くことができなかった。
けれど無視されたのだと気づいて、すぐにまた男の前に立ちふさがる。
「おい、人様を無視するとはいい度胸だな」
そう言うと、やっとロン毛の男は俺に視線をやった。
「なんだ、視界のはしでうっとうしい」
視界のはしときたもんだ!
俺は目の前に立っているというのに!
「ふざけた野郎だ」
「邪魔だ、はやくどけ」
「嫌だと言ったら?」
ロン毛の男がため息を付いた。
その次の瞬間、男の肩口から1本の黒い腕のようなものがあらわれた。その腕はいきおいよく振りかぶり、俺を地面に叩きつけようとする――。
だがそうはいかない、俺は腕の出る直前に嫌な予感を覚えて、回避行動にうつっていた。
地面がえぐり取られる。
だが、俺はその場所にはもういない。
「よけた?」
ロン毛の男は初めて俺に関心を向けたようだった。
「あんた、魔王軍の人間かよ」
俺は刀を構える。
いまのは間違いなく俺を殺すつもりの攻撃だった。
「この俺のことを知らないのか? はあ、さてはこの国の人間じゃないな。黒い目……不吉な色だ、魔王様と同じ。気に入らない」
ロン毛の男はどうやら背中から黒い腕を出す能力を持っているらしい。
隠し腕。
しかしそれは不意打ちでこそ真価を発揮する武器ではないか? こうして見えてしまえばその効力も半減といったところだ。
「シンク、あれ魔族よ。間違いないわ」
シャネルが俺の後ろから声をかけてくる。下がっていろ、と手でしめした。
「少年よ、俺は寛大な男だ。その女さえこちらに渡せば、いままでの不遜を許してやらないこともないぞ」
ロン毛の男は尊大に言うと、口元に嫌味ったらしい冷笑を浮かべた。
嫌いな笑い方だ。
「シャネルを渡せだって?」
「ああ、そうだ。その女はなかなかに美しい、それに魔法使いだ。俺の側室にしてやらんこともない、8番目のな」
その瞬間、俺はキレた。
先程までのイジメや理不尽に対する怒りとは違う、シャネルのことをコケにされたことにたいしての怒りだった。
「お前、ちょっと頭おかしいんじゃねえのか?」
俺は言ってやる。
シャネルを渡せだって? バカなことを言うんじゃない。
というか、こいつが人刈りを主導していたのだろうか。最初は商人の娘さんを拉致しようとして、けれどその途中でさらに美人なシャネルに目をつけた。
おおかたそんなところだろう。
「貴様、いま俺をバカにしたか?」
ロン毛の男の雰囲気が変わった。怒っているのだ。
「したね」
俺はさらに火に油を注ぐ。
「そうか、では死ね。この魔王軍四天王の1人であるエディンバラ・マクラーレンをこけにした罪、万死にあたいする」
「――万死にあたいする」
俺はオウム返しにロン毛の男――エディンバラのセリフを復唱した。
昔やられたことがあるが、こうやって言った言葉をそのまま返されるととにかく腹が立つのだ。どうしてなんだろうか、理由はわからないが。
「死ね!」
エディンバラの背中から手が伸びてきた。
速い、しかし避けられない速度ではない。
その手は無茶苦茶に振り回されて、大通りを破壊していく。遠巻きに見ていた人間や、建物、屋台にあたるたび、腕に触れた場所が粉々になっていく。
「周りの被害を考えろ!」
俺はよけながら叫ぶ。
「ふん、ちょこまかと」
エディンバラの背中から出る手が、いっきに4本になった。
その手は外側からまるで俺を囲むようにして攻めてくる。よけきれないと分かったとき、俺は魔力を込めた刀でその腕を切ろうとした――。
拮抗する。
そのまま押し返すも、斬ることはできなかった。
「なんだよ、この手は!」
俺は後ろに下がる。
シャネルは杖を構えたままで警戒体勢だ。
「手伝いましょうか、シンク」
さっき下がっていろと手でしめしたからだろう、わざわざ加勢はしなかったようだ。
「いや、けっこうだ」
女を守ろうってときに、その女に手助けしてもらいたい男がどこにいる?
「あれ、危ないわよ。魔法でもなんでもない、純粋な魔力の塊だわ」
「なんだそれ?」
「魔力とはすなわち生命力、それを杖も詠唱もなしに外界にそのまま放出してるの。だからただの破壊しかできない、そのぶん――」
「強い?」
「そういうこと、気をつけてね」
シャネルが俺の背中を撫でた。
なんだそれ、と思うけれどたぶんシャネルなりのエールなのだろう。
「面倒だ、抵抗するな」
エディンバラの出す魔力の腕は、すでに6本になっている。
その腕はまるで円をえがくようにやつの周りをグルグルと移動している。死ね、などと言うわりには防御よりの構えだった。
あたりにいた人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。昼下がりの大通りだというのに、不気味なくらいに人がいない。
まるで荒野の決闘のように、俺とエディンバラは向かい合う。
――もちろんこいつに恨みはない。
俺は思う。
――けれど、降りかかる火の粉は払わねばならない。
集中する、五感を研ぎ澄ます。
目と耳、鼻と口、そして第六感。
エディンバラのスキルを見た。
『空魔法C』
『魔族B』
2つのスキルが見えた。『空魔法』といえばエルフであるティアさんも持っていたスキルだ。あれは人間の使う魔法とは系統が違うとかなんとか、そういう話しを覚えている。
やはり魔族と呼ばれる存在は人間とは少し違うのだろう。
魔力の手の回転速度はどんどんあがっていき、手の残像で球体のようにすら見えた。中にいるエディンバラの姿は見えない。
しかし――来る!
俺は勘でそれを理解した。
真っ黒い球体が俺に向かってくる。
ああ、ボーリングのピンってこんな気分だろうか? なんてバカなことを一瞬考えて、自分でもあまりのくだらなさに笑えた。
笑いながら、モーゼルを抜く。
抜いた瞬間にはもう笑みは消える、集中して……世界が停まったかのような錯覚すら覚えた。
狙い定めて、的をしぼり、引き金を引いた。
放たれた弾丸はエディンバラの6本の腕の隙間をくぐり抜け、中の本体を貫いた。
狙ったのは喉のあたりだったが、しょうしょうズレたのか当たった場所はエディンバラの頬のあたり。それでも衝撃は凄まじかったようで、向かってきていたエディンバラは足をとめ、周りの魔力の腕はバラバラと音をたてて地面に落ちた。
「がぁ……お、俺の顔が!」
よっぽど自信のある顔だったのか、そうとうにショックを受けている。
たしかに見てくれは良いが、俺は嫌いなタイプの顔だった。
頬をおさえているエディンバラに近づく。
そして俺は刀を鞘にしまった。
「シャネルを側室にする? バカにすんじゃねえぞ!」
拳を握りしめて……下から突き上げた!
エディンバラの顎に強烈なアッパーカットをお見舞いしてやった。
吹っ飛ぶ体が地面に落ちたとき、エディンバラは気絶していた。
「ったくよ、魔王軍の四天王だかなんだか知らねえけど、調子に乗ってんじゃねえぞ」
気絶したエディンバラの腹を蹴る。
いっそのことこのまま殺してやろうかとも思ったが――まわりの目があったのでやめた。
ここまでですませれば、俺は他人のために戦った優しい人間だ。
けれどここでこの男を殺せば、ただの殺人者だ。
「シャネル、ずらかるぞ」
これ以上ここにいれば、騒ぎになるかもしれない。
逃げるが勝ち、誰が言い出したか知らないけれどいい言葉だ。
「そうね、さっさと行きましょう。ふふっ」
シャネルはなんだか嬉しそうだ。
なんで?
レストランの前には金山がいて、遠くで俺たちのことを見ていたようだ。
金山はなにかを言おうとする。けれど俺はそれを遮った。
「ほら、行くぞ金山!」
そういえばこいつのこと、久しぶりに呼んだかもしれない。そう思った。
金山はなにか言いたげなままだ、けれど置いていかれてはダメだと思ったのかティアさんと一緒についてきた。
俺たちはそのまま駅に向かうのだった。勝ち逃げだ。




