310 イカサマをするシャネル
シャネルは配られたカードを扇状にテーブルに広げたまま、表面を見ようともしない。
男たちはヒソヒソと話をする。
「お嬢さん、カードを見ないのかい」
おそらくリーダー格の男がシャネルに訪ねた。
「ええ、まだ良いわ。それよりも質問なのだけど――」
「なんだ」
「そこにあるのはシンクの大切な銃よ。それと比べてあなた達の賭けるものがあんまりにも安っぽくないからしら。小さなコインが数十枚」
「じゃあお嬢さんはどれくらいの掛け金が良いのかな?」
「そうねえ、少なくともこのテーブルのものすべてを賭けてもらわなくちゃ」
「おいおい、そりゃあふっかけ過ぎだぜ。お嬢さんが今晩の相手をしてくれるって言うんなら、話はべつだが。全財産だって賭けてやるよ」
「あら、それ本当?」
「もちろんだぜ」
売り言葉に買い言葉だ。
シャネルはこちらを見た。
「冗談じゃない」と、俺は答える。
「ですわよね」と、シャネルはおどけて答えた。「でも心配しないでね」
ウインクを一つ。それで安心しろというほうがおかしい。
ま、シャネルのことだ。負けたらいっそのことこの場を爆破でもなんでもしてご破産にするだろうし、その場合は俺も手伝う。
分かった、と頷いた。
「ちょっと、榎本。どうするのさ。負けたらシャネルさんが取られちゃうよ!」
「うるせえ、黙ってろ」
こいつはまだシャネル・カブリオレという女性がどんな人間なのか分からないの。
シャネルはけっこう頑固だ、やると言ったことはやるし、やりたくないことは絶対にやらない。それにデンジャラスでバイオレンスだ。
それに、勝つというなら勝つのだろう。
俺はシャネルを信じている。
「コール」と、男が言う。
それは掛け金の釣り上げの合図だ。
「こんな美人を捕まえてコールかどうかの質問はないでしょう?」
シャネルは依然としてカードを見ようとしない。
男たちは意味が分からないという顔をする。
「全部コールよ、そんなの勝手にやって。私がすることはただ一つ。このカードを開くだけ」
「おいおい、カードの交換もないのかよ」
男その1が言う。
「ないわ」
「はったりにしてもバカにしすぎじゃねえか?」
男その2が目を吊り上げる。
「ノーコメントで」
「もしかして、じつは俺たちと寝たいんじゃねえかよ?」
男その3が笑った。
それで俺は思わず刀を抜いた。
「ちょ、ちょっとシンちゃん!」
たまらず金山が止めに入る。
「あ、いや。ただ刀を研ごうと思ってな。日本刀は管理が大変だからな」
「シンちゃんって意外と嫉妬深いよね」
「うるせえ、シンちゃんって呼ぶな!」
そうなのだ、俺もシャネルに負けず劣らず嫉妬深い。
いや、だって童貞だから。童貞ってほら、女の子を独占したいから。
本当のこといえばシャネルだってそうだ、小さな箱の中にでも入れてたった1人で愛でていたいくらいだ。その箱はそう、宝箱と呼ばれる。
「さて、交換は終わったかしら? どなたもお手札は上々で?」
「おりゃあ、ブタ」
つまり手はなし。
「俺もブタだ」
けれど、最後は。
「俺はフルハウスだぜ。どうだい、お嬢さん」
ま、そうなるわな。べつに2人が手なしでも良いんだ。あと1人が勝てばそれであっちの冒険者たちの勝ち。もうここまで来たらあっちも3人で結託していることは隠そうともしない。
「あら、良い手ね」
「そうだろう、そうだろう」
フルハウス。
つまりは同じナンバーのカードが3枚と、2枚。5枚全部がきちんと揃った状態。基本的にこれより上の手はポーカーでほとんど出ない。
つまり相手はほとんど最強ともいえる手を用意したわけだ。
しかしシャネルは――。
「はい、ロイヤル・ストレート・フラッシュ」
やりやがった!
俺はまずそう思った。
ロイヤル・ストレート・フラッシュというのは誰でも知っているだろう。同じマークでA、K、Q、J、10、を揃えた手のことだ。これより強い手は存在しない。
シャネルはまったくの無表情。つまるところポーカーフェイス。まさに今、うってつけの表情だ。
すさまじいまでの胆力。特大のイカサマをかましておいてこの表情である。
「あ、こ……これは……」
「お、ま、ちょっ、これって」
「イカサマじゃねえかよ……」
まさか自分たちが逆にイカサマにはめられるとは思わなかったようだ。
「私のこの青いお目々が見たところ、私の手が一番みたいね」
いきり立った冒険者たちが立ち上がる。
俺は刀を突きつける。
金山もとうとう古びた剣を抜く。
「動くなよ、変なことをするつもりなら首と胴体が別れる」
「テメエ……イカサマしておいて」
「先にしたのはお前らさ」
男たちが武器に手をかける。
しかし抜く気などないのだろう、あくまで威嚇のつもりだ。
内心ではビビって動くこともできないのだろう。
「お前ら、行けよ。負けだろ? おい、コインは置いていけよ!」
男たちは迷ったが、けっきょくは大人しくプレイルームを出ていった。
シャネルは満足そうに足を組む。
「ま、なかなか上手くいったわね」
「こっちはギリギリだったぞ。いやはや。どうやったんだ、シャネルそれ?」
「仕掛けはと~っても簡単よ」
そういって、シャネルはカードを裏側した。
裏面が違っていた。
「どういうこと?」と、金山。
俺はすぐに察した。
「それ、入れ替えたんだな。あっちのテーブルのカードと」
「その通り。コツは簡単、素早くやること」
それはコツでもなんでもねえ、と突っ込みたかった。
しかし自信満々に言われたら、こちらとしては何も言えない。
シャネルはゴスロリ・ドレスの裾からバラバラとカードを5枚だす。俺はそれを拾い上げる。
「すげえ、ただのブタだ」
「あらそうなの? 見てないわ」
「お前これ、あっはっは!」
思わず笑う。
言いたいことはいろいろあったけど、どうでもよくなった。
なんだよこの女、イカサマにも上中下とあるだろうが、こんな力技は下も下だろう。ただ勢いとはったり、それと技量でごまかしただけだ。
「さて、コインは全部こちらのものね」
「おい、金山。お前の分だけ持っていけ」
「あ、うん。ありがとう。榎本は昔から気前が良いよね」
「気前が良い? そうかよ?」
「うん、昔も俺にいろいろなものをくれた」
俺はその頃のことを思い出す。
最新のゲームソフト、はやりのトレーディングカード、面白いマンガ本。そういやいろいろなものをこいつにくれてやった。
けれどそれは子供の頃。
俺が人との関わりというものをよく知らなかった頃。
子は親を写す鏡である、という言葉がある。幼い頃の俺は両親のそれを真似して友人に対しても接していた。それが愛情だと信じていた。
ただただ、他人にものを与えるだけのそれを愛情だと。
「忘れたよ」と、俺はうそぶく。
そんなものは愛情でもなんでもないのだ。
ただものを買い与えるだけの親なんて、子供に真摯に接しているとは言い難い。
そして友人関係もそうだ。
ただものを与えるだけなんて友人ではない。
じゃあ友人とは――?
俺には分からない。
「榎本、あとで一緒に夕ご飯を食べようよ。4人でさ」
「そういやティアさんは?」
「いま部屋で寝てる」
……彼女が部屋で寝てる間にギャンブルで負ける男って最低だな。
「あの人、生きてるの?」
シャネルがカードをいじりながら言う。
またそういう失礼なことを言って。
「あはは」
金山は笑う。
けれどシャネルの目は笑っていなかった。
「申し訳ないけど、私たちはあなたと夕ご飯を食べることはしないわ。シンク、行きましょう」
「うん? ああ――」
シャネルはテーブルの上をほうっておいてプレイルームを出ようとする。俺は慌ててコインをかき集めて、モーゼルをしまってそれを追いかけようとした。
「ねえ、榎本」
金山が出ていこうとする俺に声をかける。
「あ? なんだ?」
「その銃、いいよね。うらやましい」
「……あっそ」
べつにこいつに羨ましがられたって嬉しくない。
けど、なぜいまそんなことを言うのか本当に分からない。
それにシャネルもだ、どうしてあんなふうに怒っているのだろうか?
もしかしたら、と俺は思った。
シンプルに見えた今回の旅路は、本当は複雑なのかも知れない。俺の知らない場所でなにかがうごめいているような嫌な感じがする。
廊下に出る。
「シンク」
「うん」
俺とシャネルだけ。
「あなたは勘が良いけれど、同時に人も良い」
「それ、褒めてる?」
「さあ、どうかしらね」
シャネルは俺の先を行く。
俺はどこか新鮮な気持ちで――同時に初めて会った頃を思い出しながらそれを追いかけるのだった。




