表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
309/783

303 ココの怒り


 胃がひっくり返りそうになっている。


 俺はちゃんとまっすぐ歩いてるのだろうか?


 分からない。


「キミ、どこに住んでるんだい?」


 ココさんが聞いてくるが、まともに返事ができなかった。


「あっち」


「そうかい、あっちかい。帰れるかい?」


「もちろん」


 大丈夫かな?


 これ、外で寝ちゃったりしないだろうか。


 ときどきいるよね、外で寝てる酔っぱらい、駅とかに。俺は子供の頃に見てびっくりしたもんだ。あの人はいったいなにをしているんだろうか、と。


 でも自分もアルコールをたしなむようになって分かった。


 酔ってからの睡魔というのは、あらがいがたいものがある。


「大丈夫かい、キミ。ほら、これでも飲みたまえ」


 いきなりコップを手渡される。


 ……このコップ、さっきの酒場からパクってきたな。


 中に入っているのは水のようだ。


「この水を飲めば少しは楽になるからさ。私が魔法でだした水だよ、酔いによくきく」


「魔法は便利だなー、シャネルもこういうのできないかな」


「おや、シャネルはまだ水魔法が苦手なのかい?」


「苦手なんてもんじゃないっすよ。あいつにできるのは火属性の魔法を思いっきりぶっ放すだけ!」


 いちおう少しくらいは治癒みたいな魔法をも使えるけど、そんなのツバでもつけとけば治るってレベルの気休めだ。


「そうかいそうかい、私の妹が迷惑をかけるね。2人での旅は楽しいかい?」


 そんなの答えは決まっていた。


「楽しいっすよ」


 酔っているから言葉は正直だ。


「そうかい、それは良かった。ふつつかな妹かもしれないが、これからもよろしく頼むよ。ときにシンク――」


「なんっすか?」


「キミたちはさっさとこのパリィを出るべきだと、私はそう思うけどね」


「なぜ?」


 水を飲むだけで本当にマシになった。


 これはプラシーボ効果などではなく本当に酔いが覚めたのだろう。


「この国はいまから危険なことになる。その前に、シャネルと一緒にあの村に引っ込むべきだね。私はそう思うよ」


「あの村?」


「シャネルにはあの村で出会ったのだろう? 名もなき村、歴史の影に隠れた……」


「あなたが滅ぼした村でもある」


「そう意地悪言わないでくでれよ、私にだって事情があったのさ」


「その事情って?」


「言えないよ、言いたくもない」


「帰ることはできませんよ、シャネルはこの街を気に入ってる」


 街路灯の光が、どこか無機質に俺たちを照らす。


 最近、電気が通ったというパリィの街には幻想的な雰囲気よりも、むしろ工業的な冷たさがあるように思えた。


「だろうね、あの子はこの街に昔から憧れていた。好きな人とこの街にいられるだけで幸せだろうさ。けれど、この街はいまに戦場になる――」


「革命で?」


「いいや、この国自体がもう戦場になる。それを回避するには山奥にでも隠れ住むしかないのさ。そうだろう?」


 俺は首を横にふる。


「無理ですって」


 いまさら山奥で暮らすって?


 たぶん俺にはそういう生活はできない。スローライフに憧れていたこともあったけど、いまはもう、もっと苛烈な人生を求めているんだ。


 もしそういう平穏を手に入れるとしたら、それは醜い復讐を終えてからだ。


「そうかい、そうだと思ったよ」


「それに俺たち、こんどグリースって国に渡るんです」


「グリースに? なぜ?」


 ココさんの雰囲気が変わった。


 それに気づきながらも、俺は口を滑らせた。


「魔王を討伐しに行くんです」


 それが地雷とも知らずに――。


 一瞬にして、嫌な予感が俺を襲う。


 まるで強制的に痛覚を刺激されるように、俺の皮膚がビリビリと震えた。


 強い、強いプレッシャーが俺に降り注いだ。


 それを放っているのは目の前のココさんだ。


「魔王を?」


 ココさんの口調は冷たい。


 返事をしなければならないというのに声がでない。


 変わりに俺は刀に手をかけた。けれどこれは臨戦態勢ではない、恐怖に体が防衛行動をとっただけだ。


「もう一度聞くよ、返事をしなさい。魔王を倒しに行くんだね?」


「あ、ああ」


「知らなかったよ、キミがそんなにランクの高い冒険者だったとは、シャネルもかい?」


「――シャネルもだ」


 ココさんが背中から細長い剣を抜いた。


 レイピアだが、いったいどこに収納していたのか分からない。まるで魔法のように突然あらわれた。俺にはそういうふうにしか見えなかった。


「そうだな、腕の一本でも落とせば諦めるだろうか、グリース行きも」


 恐ろしいことをさらっと言ってのけるココさん。さすがはシャネルの姉。いや、兄だ。


 それよりもなによりも――この雰囲気。


 強い、間違いなくだ!


 剣を使うのか? 魔法でなしに?


 どうする、逃げるか。あるいは謝って許してもらう?


 まさか。


 戦うしかない。なぜならココさんは間違いなく俺に敵意を抱いているからだ。


 深呼吸を一つ。


「舐められたもんだな」


 大丈夫、俺はまだ余裕がある。


「心配するなよ、殺さないようにしてあげるさ。キミを殺したらシャネルが泣くからね」


 そう言って、ココさんはレイピアをふった。


 空気を切り裂く音。


 それに対応するように俺は刀を抜く。


 鍔鳴りの音。


 なぜココさんがこんなに怒っているのかは分からない。だけどここは――なんとかするしかない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ