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299 年寄りの冷や水


 視界いっぱいをまばゆい光が埋め尽くす。


 それと同時に、体は吹き飛ばされた。


 自分の目の前で爆発が起こったのだと気づいたのは、ギルドの床に投げ出されたあとだった。


 ――なにも考えるな!


 慌てて体勢を立て直す。


 攻撃されたこと、それだけは確かだ。


 けっして油断していたわけではないが、しかし不意打ちにも程がある。悪い予感はあったかもしれない、しかしそんなものを感じる前にすでに爆発は起きていた。


 追撃はこない。


 それもそのはず、老人は現在シャネルと交戦していた。


 シャネルが逆手に握るナイフがギルドの明かりで煌めいてみせた。武芸百般に精通する俺には分かる、シャネルのナイフ使いは無茶苦茶だ。ただ相手を切るため、殺すために振り回しているだけ。


 しかし容赦がないぶん強い。というよりも怖い。


「シャネル、下がれ!」


 俺は刀を抜き、シャネルと入れ替わるようにして老人に切りかかった。


「あの爆発を受けて無傷か――」


 老人は俺の太刀筋を見切っているのか、ギリギリで切っ先をかわす。


「いきなりなにすんだよ、痛かったじゃねえか!」


 実際には痛みはそこまでではない。


 威力が低かったのではないだろう、たぶん俺の刀が相手の魔力のようなものを吸い込んだ結果、たいしたことのない爆発になったのだ。


 それでも体は吹き飛んだ。


 もしかしたら、いま現在痛みを感じていないのはアドレナリンが全開で出て、そのせいで痛みが一時的に麻痺しているだけかもしれない。


 だとしても――。


「ふっ!」


 すねの位置を狙う横薙ぎの刀。


 老人は小さくジャンプしてそれを避けた。


 体が浮いた瞬間、その土手っ腹に開いている左手で掌底を叩き込む。


 小柄な体はまるで紙のように吹き飛ぶ。だがダメージはない、手応えを感じないのだ。なんらかの方法でインパクトをいなされた。


「さすがS級の冒険者、と褒めればよいか? わがはいが防戦一方よ」


「おい、じいさん。いきなりなんのつもりだ」


 俺は警戒して刀を構える。


 いつなんどき、先程のような不意打ちをくらうか分からない。


「なあに、ただの嫉妬よ。わがはいが幼いころより憧れたS級冒険者、そのいただきに上り詰めた男がどれほどの実力か知りたかったというのもあるがな」


「ふざけたこと言ってんじゃねえ」


 老人がゆっくりと間合いを詰めてくる。


 どうするかと一瞬迷い、俺は少しだけ下がる。この間合を意地する。たがいに近接武器を当てられない距離だ。見たところ相手は武器を持っていない。


「S級冒険者、なんと甘美な響きか。その称号のためにこれまで幾度となく冒険者たちがその生命を散らしてきたか。かくいうわがはいもそうだ。これまで死ぬほどの目に幾度となくあってきて、しかしこの歳でやっとこそA級」


「才能ないんじゃねえのか、諦めたらどうだ?」


 老人がいきなり間合いを詰めてくる。


 速い、獣のような動きだ。


 しかし一直線。俺はタイミングを合わせて刀を振る。


 殺しては寝覚めが悪いと思いみねうちでダメージを与えようとする。しかしそれが間違いだった。


 俺が振った刀は、老人の肩にぶち当たる。しかし、手に感触はなかった。掌底を無効化したときと同じ感触だ。


 次の瞬間、老人は俺の首元を狙って噛み付いてきた。


 牙が見える。


 こいつ――半人か!?


 俺は必死で後ろに下がった。だがそれは確実な隙きをうんだ。下がった着地を狙うように老人の腕が伸びてくる。


 服を引っ張られ、そのまま上空に投げ飛ばされた。


 なんという剛力、棺桶に片足を突っ込んでいそうな老人の力ではない。やはり獣混じりの半人のようだ。


 空中に投げ出された俺。


 そのまま落ちて、「ぐふっ!」地面にぶつかった。


 痛みはある。


 しかし、それよりも怒りの方が多かった。


「わがはいのスキル『軟体化』はどうだ? お前の攻撃などなにもきかぬぞ!」


 立ち上がり、老人を睨みつける。


「あんた、俺に勝ってそしたら満足か?」


「もちろんだとも」


「面倒だな……やめとけよ、そういうの年寄りの――」


 なんて言うんだったかな。


 ど忘れしちまった。


「なあ、シャネル。そういうの年寄りのなんて言うんだった?」


「冷や水かしら?」


「ああ、そうそう。それだよ、年寄りの冷や水」


「なんだとっ!」


 獅子王と呼ばれた老人が激昂する。


 しかし俺はもうなにも返事をするつもりはない。


 無言だ。


 なにも、なにも答えない。


「ギルド内での戦闘はやめてください!」


 受け付けのお姉さんが叫んでいる。


 しかし止める彼女に止める力はないのだろう。


「獅子王どの! いきなりなにをなさるか!」


 イマニモはまた止めようとしてくれているのだろう、体がおっきい男はそれだけで威圧感があって嫌いだけど、こいつは割と良いやつそうだ。


「さきほどそこの若造、月下の狂犬が言ったな? その男がAランクであることを認めないと。わがはいも同じだ、その男がSランク冒険者など認めぬわ! わがはいは、その男よりも強い」


「はは、たしかにだ! 俺も認めねえぜ、その青瓢箪がSランクなんてな。すると、なんだよ。俺たちがそいつを倒せば、倒したやつがSランク相当か? がぜんやる気が出てきたぜ!」


 シグーが構えた。


 爪が伸びだす。何度見ても気持ちの悪い技だ。


 それに呼応するように、他のA級冒険者たちもそれぞれの得物を構えた。


 全員で俺を袋叩きにするつもりなのだろう。


 やれやれ、新人イビリってやつか? ま、この場合は優秀な新人への嫉妬でしかないがな。


「シンク、どうする? 殺す?」


 シャネルが俺に小声で聞く。


 作戦会議だ。


「殺したらあとあと面倒だ」


「それもそうね」


 金山は少し離れた場所で不安そうな顔をしてこちらを見ている。


 こういうとき、手を貸すような性格じゃないのはよく知っていた。あいつには自分の意見のようなものはない。大勢の人間がいれば、そちらに流されるだけだ。


 弱い男だ。


 腹が立つ。


 名前も知らない男が、功を焦ったのかこちらに剣を振り上げ向かってくる。


 俺は無造作にモーゼルを抜いた。そして、抜きざまに弾丸を射出する。


 撃たれた弾は吸い込まれるような自然さで、男の肩にあたった。


「ぎゃあっぁつ!」


 下品な悲鳴。吹き出す血。だが気にしない。


「お前ら、寄ってたかって面倒くせえんだよ!」


 俺は怒りにまかせて叫ぶ。


 俺と、ついでにシャネルを囲む冒険者たちをぐるりと見回した。


 それで、冒険者たちはおののいた。


「シャネル、逃げるぞ。戦うのも面倒だ」


「了解だわ」


 俺は刀を鞘に入れた。


 そして、居合の構えをとった。


「隠者一閃――」


 詠唱。


 そして、


「『グローリィ・スラッシュ』!」


 俺はビームを天井に向けて放つ。


「グローリィ・スラッシュだと! あれは勇者の技のはずじゃぞ!?」


 獅子王がなにか叫んでいる。


 だがそんなものは無視して、崩れてきた天井をにまみれて俺とシャネルはギルドから出た。


 まったくバカバカしかった。


 昔からよく言う。金持ちケンカせずってね。


 俺はこういうのが嫌いなんだ。ケンカもそうだし、一人の人間を寄ってたかってイジメるのもそうだ。本当はシャネルの言う通り、殺してやりたいくらいだったのだが。


 しかし我慢したんだ。


「ねえ、シンク。あの人たち置いてきたけど良かったの?」


 たぶん金山のことだろう。


 俺たちはパリィの街を小走りでかける。


 どうやら追ってくるやつらはいないようだ。


「良いんだよ。あんなやつ」


 もしも俺に手を貸してくれる素振りをみせてくれたら、まだ見どころがあったんだけどな。


 転生したところで人間、そう本質が変わるもんじゃないってことだ。


「ま、シンクが言うならね」


「なんだよ、突っかかるな」


「だって友達なのでしょう?」


「まさか――復讐相手さ」


 俺は絶対に金山を殺す。


 あいつがどれだけ俺に媚びても、それは変わらないのだ。


 絶対に、殺す。



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