297 Sランクのシンク
大きな瞳が俺を見つめている。
「待ってたんですよ」と、言われる。
金色の髪を後ろで大きな三編みにまとめた美人さん。なんだかサソリの尻尾みたいな髪型だ。
「榎本も捨てたもんじゃないね」
「それな」
やったぜ、まさかこんな美人さんに待ってもらえただなんて。
「えーっと、とりあえずそちらの方はシャネル・カブリオレさんですか?」
受け付けのお姉さんはシャネルに言う。
「いかにも、私がシャネル・カブリオレよ? もしこの世に私以外のシャネル・カブリオレがいるならその限りでもないけどね」
「シャネル……」
なんだ、この子。もしかして受け付けのお姉さんに嫉妬しているのか?
なんだか噛みつきそうな感じだぞ。
「あの、とりあえずギルドカードの通知は見てくれていますよね? ギルドの方へ出頭願いが出てたと思うのですが?」
「そうなのか?」
俺はギルドカードを見ていない。そもそもシャネルにあずけてある。だって自分で持ってたら無くしそうだしね。
「来てたわね」
しれっと答えるシャネル。
「じゃあなんで来てくれないんですか! 私、そのせいで上司に怒られたんですよ。ちゃんと出頭の通知を送ったのか! って」
「ごめんあそばせ。でも来いって言われたから素直に行くのって、犬っころみたいで嫌だったのよ」
「あ、それちょっと分かるかも」
そういう反骨精神、ありますよ俺にだって。
「榎本たち……大丈夫? てきとうすぎない?」
「まあ、それでもなんとかやって来られたからな。それで、出頭ってなんで?」
なんでもいいけど出頭ってあれだね、なんか悪いことしたみたいだよね。
自首みたいな意味に聞こえる。
あれ、もしかして俺たちなんか悪いことしたのか?
心当たりは……あるような、ないような。
「エノモトさんたちはギルドランクが上昇しましたので、それによる記念品の贈呈があったのですが……」
「ギルドランク、上がったの?」
「さあ、知らないわ」
「はい、あの……いま先にこの話しても良いんですか?」
周りには冒険者たちがいる。こいつらはいちおう、何かしらの以来のためにここに来たんだ。他人さまのために待たされるのは面白くないだろう。
けれど、意外なやつが流れをつくった。
「聞いてやろうじゃねえか、いったいどのくらいのランクになったのかをよ!」
シグーだ。
ニヤニヤと笑いながら、こっちを指差している。その指についた爪がウネウネと動く。キモいぞ、これ。
「あの、すいません。じゃあちょっと時間かかるんですが。えっと、エノモトさん。シャネルさん、これどうぞ。Bランク冒険者への昇格を記念するメダルです」
「……あ、どうも」
いらねえ。
銀色のメダルだけど、売ったらお金になるのかな?
「なんだ、Bランクじゃねえか!」
シグーがあざ笑う。
「いいじゃないか、Bランクでも! 立派なもんさ!」
金山が擁護する。
しょうじきどうでも良いのです。いや、マジで。
さっさとこの話終わろうぜ。なんか目立ってて嫌なんだけど……。
「あ、すいません。まだあるんです。あの、こちらがAランクに昇格した記念のメダルです。お二人の分、あります」
「はいはい、どうも」
今度は金色のメダルを渡された。
これは、金でできてんのか? さっきの銀のよりも売ったら高そうだ。
ん? ちょっと待って。
いまAランクって言った?
「ふざけんなよ、こんなやつがAランクだ!? なにかの間違いだろ!」
シグーが突っかかってくる。
「おいおい、シグーくんよぉ。そんなに大切か、ランクが?」
俺は笑ってやる。
だってこいつ、さっき俺のことバカにしたもんね。したもんね。だから今度はこっちが煽ってやる番だ。
「うるせえ、なんでこいつがAランクなんだ!」
「あの、先のヴァチカンでのコンクラーベのさい、現教皇であるエトワール様をお守りしたからということです」
ああ、なるほど。そういやあの時、エトワールさんがギルドの方にもちゃんと話を通しておく的なことを言ってたな。
あれのおかげでAランクか。
「ほう、コンクラーベを」
イマニモが感心したように頷く。
「すごいじゃない、榎本!」
「まあな、というわけでシグーくんよ。同じAランクどおし仲良くやろうぜ」
ついでに、これで俺たちに文句を言う奴らもいないわけだな。
べつにランクに興味はないが、まあ変に絡まれるのは好きじゃないからな。
「あ、あの……それがまだあるんです」
「え?」
「エノモトさんにだけなんですが……これを」
渡されたのはダイヤモンドみたいにキラキラと輝いたメダル。
これは間違いない、売ったらめちゃくちゃ金になる。
「これは?」と、俺は聞く。
「あの、Sランク冒険者のかたへ送られる記念品です」
メダルは高級そうな箱に入っていた。
「……Sランク?」
なんだ、それ。
えーっと、Aどころか、B、Cランクの冒険者より下だな。Sって何番目のアルファベットだ? なーんて、冗談。たぶん一番上なんだろうな。
でも、なんでだろう?
「Sランクだあっ! じゃあなんだ、こいつが勇者級の活躍をしたっていうのかよ! ふざけんな、なんかの間違いだろ!」
「いえ、それが間違いではないんです……本当なんです」
あきらかに周りからの目が変わった。
どいつもこいつも値踏みするように俺を見ている。
「Sランクってそんなにすごいのか?」
俺は金山に聞く。
金山は無表情で答えた。
「すごいよ、それこそ一つの国を救うような活躍をした冒険者だけに、特別におくられる称号さ。そういうこともあって、たいていは勇者なんて呼ばれるような人専用のランクだけどね」
ほうほう、つまり月元なんかもSランクだったのか?
「認めねえ……お前がSランクだなんて認めねえぞ」
「べつにお前に認められなくてもな。俺がくれって言ったもんじゃなくて、ギルドの方からそう言ってるだけだし。ちなみにお姉さん、なんで俺Sランクなの?」
しかもシャネルは仲間はずれだ。
「あの、ルオの国でなにかやられたのですか? いまは違う名前になってしまった国ですが、そちらからエノモトさんのランクについての申請がありました」
「ああ、ルオか――」
もう随分と懐かしくも感じる。
そういうや俺、あの国でけっこう頑張ったな。
あれ、でもルオにはギルドがなかったはずじゃあ?
「あそこの国にギルドなんてあったのか?」
「こんど出来たんです。なので厳密にはSランク冒険者を排出する権限はないのですが、コンクラーベでの件もありますし、いまのところ暫定でSランクなのですが。
しかし我がギルドとしてはもう記念品を送ってしまおうということになりまして。いちおう現在、ドレンスではただの一人のSランク冒険者ですので」
「聞いたかよ、シャネル。俺だけだってさ」
「そうね、すごいわね」
ふふ、つまりこの場所にいる冒険者で俺が一番すごいのか。なんだか照れくさいな。
俺は記念のメダルを受け取る。
そのメダルはなんだか幼いころにもらった運動会でのメダルのように、安っぽく光っているように見えた。
「良いなあ……」と、金山がつぶやいた。
けれど俺はべつにこんなものが欲しかったわけじゃない。
だから、金山が羨ましがる意味も分からなかった。




